第125話 ぬらりひょんのあがき

 大妖怪ぬらりひょんは一時退散することにした。銀翔から受けた傷の痛みに脂汗を垂らしながらも必死に空を飛行する。

(一刻も早く根城に逃げ帰り、傷を治し、そこらの妖怪から力を奪い取ってでも回復してやろうじゃねえかよ!!)


「ちきしょう、ちきしょうめっ! 俺様はまだくたばらねえぞ」


 傷を癒やし、またジメジメとした闇の根城ねじろの中で作戦を練り直し今度こそはと思ったのだが。


「チッ」

(忌々しいキツネめ。もう追いついて来やがったか)


 おきつね銀翔はとうとう大妖怪ぬらりひょんを追い詰めた。

 ぬらりひょんの背後には高天原のなだらかな山並みと大人の背丈ほどの岩が迫る。


 ジリッジリッと銀翔がぬらりひょんににじり寄り間合いを詰める。

 ぬらりひょんの顔は、大量の血液を失ってか敗北を感じているからか、初めて蒼白している。

 銀翔は一種憐れみにも似た瞳を向けた。


「観念せい……、お主はもう終わりじゃ。ワシはお主の命を奪う気はないでの。心を入れ替えるのじゃ、良いな? ぬらりひょん」

「……てめえっ、馬鹿言うな! 俺様に憐れみの目を向けやがるのかっ。たわけがっ」


 ぬらりひょんが最後の力を振り絞り大鎌を振るうっ! 銀翔が流星激風剣で受けようとしたが、あろうことか大鎌は、草原や大地に倒れたぬらりひょん軍の妖怪を磁石のように次々と遠方から引き寄せ始めた。

 

「往生際の悪い奴じゃっ! 何をするつもりか?」

「……ふへへへっ。――逃げるんだよ」


 ぬらりひょんは妖怪たちを次々と飲み込み吸収していく。口から体から吸引する力は凄まじい。

「くぅっ。どこまでもあざとくしつこいのう」

 銀翔までも吸われそうな勢いに堪えて大地に踏ん張る。


 ぬらりひょんは仲間の残る妖力を吸い尽くし、再び黒龍に姿を変化して空を高く這い上がり駆け上がるようにして逃げ出した。


「もう逃さないからっ!!」


 巫女装束に身を包んだナナコが青龍の龍太に乗って現れて、銀翔はナナコを守るために大地を蹴って空に飛んだ。


「銀翔ー!! 角よっ! ぬらりひょんの角を狙ってぇっ!」

「ナナコっ!!」


 逃げ出したぬらりひょんの前に回りこんでから、銀翔は流星剣を、ナナコはスズネの槍をぬらりひょんの頭の二本の角に向けて、力いっぱい振り斬った!


「ぎぃゃあぁぁぁっ――!!」


 辺りが目が眩むほどの閃光と、ぬらりひょんの断末魔の如き叫び声に包まれる。

 銀翔とナナコの二人の渾身のひと振りが、黒龍のぬらりひょんの角を叩き斬り折った。

 

 黒龍の変化が解かれたぬらりひょんの体が、力なくひゅらりゆらりと高天原に落ちて行く――



 ナナコはその光景を見ながら、くらっくらっと視界が揺れて意識が遠のいていた。


「銀翔、ごめん。……私、……疲れちゃった」

「ナナコっ!」


 ナナコは空中でガクッと意識を失った。慌てて銀翔がナナコの体を抱きとめる。

 ナナコから出て来た珠が二つ、本来の姿に戻る。玄武の薫はムスくれた顔でナナコと銀翔を面白くなさそうに一瞥して、朱雀の緋勇は清々しい顔で笑った。

 青龍の龍太は少年の姿になり、白虎のスズネは少女の姿に戻った。


 ぬらりひょんの体から、吸収した妖怪たちが出て来る。


「「わぁー!!」」

「「勝ったぞー!!」」

「「わあーっ! 勝った、勝ったあっ」」

「「ぬらりひょんたちをやっつけたぞーっ!!」」

「俺たちが勝ったー!」


 銀翔たちの妖怪同盟が勝利した。


 その喜びの歓声でぬらりひょんの敗北は、高天原にいた妖怪たちが直ちに知ることになる。


 あちらこちらから歓喜の声が上がる。

 高天原を震わすほどに、妖怪たちの勝鬨かちどきがいつまでも響き渡っていた。


 これで、銀翔たちとぬらりひょんとの永き積年の戦いにようやく決着がついた――


 風森町にはいつも通りの平穏さが戻り、また日常の時を刻み出す。





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