第114話 ナナコとうかのみたまの神

「やっと四神獣が揃いましたね」


 一同は銀翔の家に戻って来ていた。ぬらりひょんの襲来も収束した。

 だが、決戦は迫って来ている。


 ナナコはうかのみたまの神に呼ばれて、中庭が見渡せる銀翔邸の一番奥の部屋の縁側に座る。


 隣りにうかのみたまの神の儚い横顔を見て、ナナコは胸が騒いだ。

 心なしかうかのみたまの神様の色素が薄くなっていっている。


「ふふっ。分かってしまいましたね。私は朝には神界に還らねばなりません。神の世界にも制約は色々ありましてね、また実に多くのね。長くは下界にとどまれません」

「ぬらりひょんとの決戦は……? 私たちだけですか!?」


 うかのみたまの神は立ち上がると中庭の池のふちに足を乗せた。満月に扇を向け、月光を糸のようにして集めて、数個の組み紐を編み上げた。

 月の光で出来た紐は不思議な色合いだった。ほのかに光を発している。


「私の神力をこめました。組み紐はシンラ、バンショウ、北斗羅ほくとら、雪菜、空知葉そらちは荒天丸あらてんまる八束やつかに渡します。彼らと銀翔、オロチや神獣たちを戦わせて修行してもらいましょう」

「みんなで修行を……?」

「そうです」


 ナナコは急に不安になった。

 うかのみたまの神に駆け寄ると、ナナコは真っ直ぐにうかのみたまの神の優しげな瞳を見つめた。


「私はっ? 私はどうしたら強くなれるんですか?」


 ナナコの思いは一途だった。純粋でけがれの知らない神獣使いの魂はうかのみたまの神の心を震わせた。


「あなたは怖くないのですか?」

「えっ……」

「戦うことですよ」


 うかのみたまの神様はナナコのまなこをしっかりと見つめました。覗き込むようにしてからナナコの額にうかのみたまの神様は両手をてた。

 じんわりとナナコにうかのみたまの神の暖かな力が流れ込んでくる。


「松姫の時に、あなたは散々な目にあったはずだ。事の発端ほったんが妖怪ぬらりひょんのせいだとしても、戦の火種はそこかしこに転がったり潜んだりしている。人間は愚かで怖ろしい……。そうは思わないのですか?」

「怖い時もあります。人間には残酷な面も。ほんの小さな行き違いやいさかいで人が人をあやめたりしてきました。だけど、私は愛を知っている。人間には家族や恋人や、時には出会ったばかりでも、困っている人を助ける優しさや愛情があって、ああ、これは妖怪たちだってありますね。……ふふ」

「銀翔ですね?」


 うかのみたまの神からの問いかけにナナコは頬を染めました。


「あなたはまだ力を秘めています。開放するには彼が必要だ。銀翔をここに呼びましょう」

 うかのみたまの神が扇を開くと、かつての戦場の悲惨な光景がナナコの目の前に広がっていました。


 目を見開き涙をためた銀翔が現れて、ナナコの横に立っています。


「銀翔あのね、私はうかのみたまの神様に助けてもらったの」


 言わない約束でした。

 でも話す時が来たのです。


「私の寿命を分けて下さいって。死にかけているあなたを治して欲しいと、うかのみたまの神様に頼んだの」


 それは銀翔には辛い現実でした。


 松姫はまだ生きられたのです。

 おきつね銀翔はぬらりひょんを封印する際に命を落としかけていました。神の眷族の妖狐おきつね様としては、役目を全うしていましたから、生を終えればうかのみたまの神のそばで仕える為に天界に昇ることは決定事項でした。


「ど……うして」


 おきつね銀翔はポロポロと涙を流しながら、ナナコの瞳をじっと離さず見つめます。

 ナナコはポケットからハンカチを出して銀翔の涙を拭いてあげました。背の高い銀翔の涙を拭くためにつま先立ちをして。


「私、あなたに生きていて欲しかったの。どの道、松姫の魂はぬらりひょんの術で傷ついてしまっていたから、転生には時間が必要だったけど……もう一度また銀翔に会いたかったの」


 ナナコはそっと銀翔の頬に口づけました。


「だって銀翔が天界に行っちゃったら、簡単にはあなたに逢えなくなっちゃうもん」

「……ナナコ」


 涙を流しながら悪戯っぽく笑うナナコが可愛らしくて、銀翔はたまらずナナコを抱きしめていた。


(ナナコ、あなたの強みは慈愛と誠実さですよ)

 

 そんな二人の仲睦まじい様子に、うかのみたまの神様は目尻を下げ優しく微笑むと、あたりの景色は元いた銀翔邸に戻りナナコは睡魔に襲われていました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る