第112話 玄武覚醒

 佐藤薫が目を覚ました時、自分の胸の当たりから妖気がドクドクと漏れ出しているのを薫は両手で押し戻そうとした。

 半透明のクジラが飛び出しかかっていたが、驚きはしなかった。


「お前、よく夢で会ったよなぁ?」


 クジラの頭を撫でるようにすると、クジラは姿を大きな亀に変えていく。シロナガスクジラはどんどん縮んでいく。


 薫は玄武の記憶が同時に解き放たれていくのを、痛みを伴ったり心地よく感じたりしている。


 視線を上げると自分を背中から支える銀翔の姿。

 薫には憎々しいキツネが心配げに見て妖力を分けていて、そばには主のうかのみたまの神が見守るように神力を注いでくれる。


『まつ……ひめ』


 ナナコが松姫だったんだ。

 玄武の記憶と一体化した薫は、藤島ナナコをしっかりその双眸そうぼうに焼きつけるように見つめ、目を細めた。


 しゃぼん玉の結界をうかのみたまの神が解いたので、ナナコは巫女装束のまま慌てて飛び出した。

 荒れ狂う海のような激流に向かって、扇をたもとより出して広げる。ナナコが扇から朱雀と青龍の力を合わせて放ち、虹のようにアーチを描きながら舞のように美しい動きで流れをしずめた。


 銀翔はナナコと神獣の力で勢いが収まり凪ぐ水に体を向かう。

 次に銀翔が両手をパンッと合わせ開くと妖狐の火炎で出来た燃え盛る剣が出現する。

 狙いを定めたように銀翔は剣を握りひと振りして、瞳の前で構え直した。

 剣を縦一文字にして銀翔は術を唱える。

「玄武、手伝うのじゃ。お主の妖気を取り戻せ」

「むぅっ。仕方なし……だな」

 薫は妖気で出来た亀に、念を込めるように両の手の平を甲羅につけた。


 亀は口を開け、みるみる水を吸い上げていく。

 これにはうかのみたまの神が、高らかに笑った。


「ふふふっ。傑作だよ!」


 どんどん辺りの妖気の水は玄武の従える大亀が飲み込んでいき、とうとうすべての水が消え去った。


 大亀は、今度は黒紫色の瘴気にまみれた妖気だけを口からフーッと吐き出すと、銀翔はぬらりひょんの妖気のみの穢れを妖狐火焔剣ようこかえんけんで祓っていく。


 そうして純粋に玄武の力だけを選り分けていくと、力は吸い寄せられるように持ち主である佐藤薫に戻っていった。


 大亀は無事に役目を終えると薫の足元に戻り、体を擦り寄せた。

 うかのみたまの神が、大亀に優雅に扇をあおぎ風を送りつけると金色と銀色の花吹雪が起こった。


 不思議と大亀は、水流を纏う大斧に変化へんげした。大斧は美しい装飾が彫られた長い柄を持っている。

 ふわりと空中を漂い、玄武である薫の手に収まった。


 ズシンとした、うかのみたまの神からの贈り物の武器に薫は目を見開いていた。


「薫、私たちと一緒に戦ってくれる?」


 薫の前にはナナコがいた。

 ナナコの厳かで凛と張り詰めた雰囲気に薫は息を呑む。


 少しナナコが薫に微笑みかけて、彼女からの緊張感が紐解ひもほどけすっと消えると、巫女装束の格好は煌めき光った後に溶けるように無くなっていた。薫は眩しくて目を瞑った。

 次に目を開けてみると、ナナコは薫には見慣れた彼女らしい服を着ていた。

 緋勇と龍太がナナコの体から珠のまま出て来て、地面に降りると人の姿に変わる。


 ナナコの痛いほど純粋で真摯な眼差しが薫を見ている。

 薫には、銀翔たちの事の顛末を見守るようなぴりぴりとした真剣な瞳が痛い。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る