第107話 玄武の力と佐藤薫

 ナナコは龍神の青龍くんと共に佐藤薫の心の中に入って来た。そこはナナコの想像とはまったく違うものだった。


 遥か先まで延々と浅い水が広がっている。その水位はくるぶしまでも無い。青空が鏡面のように水に映っている。

 ナナコは青龍くんの背中に乗り、低空飛行をしながら玄武の生まれ変わりの佐藤薫を探す。


「これは海かしら?」

『そのようだね。これは心に作り出した幻影の海だ。玄武は元々は亀の化身の神獣なんだ。水が好きなんだよ。力も回復する』

 ナナコの問いかけに青龍くんが答えたあと、ハッとしたように止まった。


『ナナコ! あれを見て!』

「あっ! 薫……」

 ぽつんと岩が一つあってうずくまる薫がいた。ぬらりひょんの気配がしない。あたりを見回してもナナコと青龍と薫しかいないのだ。


『降りるよ? ナナコ。気をつけて』

「うん。ぬらりひょんはどこ行ったのかしら? 薫しかいないね」


 青龍はナナコが着地しやすいように水面ぎりぎりまで体を下ろした。長い体はくねりくねりと漂う。

 ピチャン。

 ナナコは青龍くんの背中から降りると静かに水の中に足を入れた。


 温かい。

 もっと冷たいかと思った。

 明るい空間は薫そのものだった。ナナコが小さい時から一緒に過ごしてきた佐藤薫という友達は優しくて親切で大切な存在だ。冗談を交わしながらもここぞという時には助け合い、彼との思い出はたくさんある。


 松姫として生きていた前世では、四神獣の玄武は常に背後で守っていてくれた。少し離れた所で彼はいつも穏やかな微笑みを向けてくれていた。

 

「薫はまだ自分が神獣玄武だと分かっていないかもしれない」


 先ほどの青龍くんよりわずかばかり低い声だった。ナナコが横に立つ者に視線を向けるとそこには朱雀の緋勇と同じ年端としはほどの姿があった。

 青龍くんが人型に変化へんげしナナコのそばにいる。薄い色素で茶色いの髪に瞳は黒曜石こくようせきたたえている。


 ナナコと青龍はそっと薫に近づいた。





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