第106話 青龍と共に

 凛と澄んでいてよく通る声だった。

 一同がその声のぬしを探して上方じょうほうを振り仰ぐと、そこには小さかったあの青龍が大きく育ち、少女を背に乗せ空中に優雅に飛行していた。


「「ナナコっ!」」

「ケッ。神獣使いか」


 おきつね銀翔と緋勇が同時に名前を叫び、うかのみたまの神様は片眉をわずかに上げた。

 ぬらりひょんは「チッ」と面白くなさそうに短く吐き捨て、吹き矢を握り改めて構え直した。


「神様っ!」


 ナナコの体が淡く光り出すと、うかのみたまの神が目を見開いた。龍神の青龍くんがナナコを乗せたまま一気に加速して結界内に飛び込んで来る。


「来てくれると思ってましたよっ」


 うかのみたまの神が印を結んでいた両手を解き手の平をぬらりひょんに向けるとたちまち眩しい強烈な光が放たれた。


神域呪文しんいきじゅもん爆裂光砕線弾ばくれつこうさいせんだんっ」


 うかのみたまの神は攻撃の光を幾重にも編んでいき、神聖な力で出来たまるで太い縄のようにするとぬらりひょんをがんじがらめにした。


「銀翔ーっ! 【ばく】呪文を!」


 ナナコは銀翔と視線を交わし彼に呪文を唱えるよう促して、そのまま青龍とあろうことか、ぬらりひょんの体に……正確には佐藤薫の体に吸い込まれるように入って行った。


「――【ばく】――」

 ナナコに言われるままに銀翔が呪文を唱え、うかのみたまの神の攻撃した光の縄の強化を計る。


 バチッバチンと火花が散る。


 ぬらりひょんは銀翔とうかのみたまの神による攻撃で一切の動作を封じられ未動きが取れずに、電流のような妖力にギチギチと締め上げられた。

「うぐぐっ……小癪こしゃくな真似をしおって」

 ぬらりひょんは全身にしびれと痛みを感じている。額からから脂汗が一筋垂れる。


「ナナコが入っちまった……」


 緋勇は朱雀から人型に戻ると神社の境内の床に両膝をついた。まだ力のコントロールが完全に出来る訳じゃない。加えてナナコと青龍くんが自分の目の前で佐藤薫のつまりは玄武の体内に入ったことが少なからずショックで、彼女が心配で仕方なかった。


 銀翔もナナコのことが気がかりでたまらず、更には己の無力さが全身を刻むように鋭く傷をつけていく。

 銀翔の責め苦とナナコを想う気持ちがひしひしと緋勇にも伝わる。


「銀翔……」


(ちっくしょう。これ以上は、俺には何も出来る術がない――)

 ただ見守るだけ。事の顛末てんまつを見ているだけしか出来ない。どうにももどかしい。ナナコは人間でただ一人俺になんの偏見も持たず優しくしてくれた。

 そう緋勇が打ちひしがれた思いを抱いているとさとすようにうかのみたまの神が優しくささやいた。


「緋勇、行きなさい」

「はっ?」


 続けて銀翔が懇願するように緋勇を見て言葉を重ねる。


「お主は四神獣じゃ。玄武の中に入ることが出来る。頼めるな? ナナコと青龍くんを助けてやって欲しいのじゃ」


 銀翔の瞳は真っ直ぐに緋勇を見つめる。その瞳にはナナコへの愛情が込もっているのを緋勇は痛いほど感じた。


(銀翔、お前って……そんなにナナコが好きなんだな)


 緋勇は銀翔の想いを受け、元より自分もそうしたかったし何より自分にもやれそうなことが出来た。

 じっと待っているのは性分じゃない。


「俺も行くぜっ!」


 朱雀の姿に再び変化して、助走をつけてから羽ばたいて飛び上がりそのまま玄武の体に飛び込んだ。

 ナナコや青龍のように吸い込まれて行く。

 ぬらりひょんは意識が混濁しているようだ。銀翔とうかのみたまの神様の術で静かになっている。


「ナナコを頼んだぞ、緋勇」


 銀翔は祈る思いで縛呪文をかけ続ける。ぬらりひょんをのがすわけにはいかない。

 ヤツの体内には大事な者たちがいるからだ。





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