第79話 朱雀の出生と神獣伝説

 『朱雀』緋勇が、ゆっくりと瞳を開けると、あたりは薄暗く見たことのない部屋だった。

 上半身を起こしてみると、足元に小さなトカゲみたいのが丸まっていた。

「お前は龍か?」

『そうだよ、朱雀』

 青龍はピピッと鳴いた。

「こんなん見えちゃって。やっばり俺は普通の人間じゃあないんだな」

 緋勇が青龍に左手を差し出すと、緋勇の手の上に乗っかった。

 左手に乗っかる青龍を右手でゆっくりと撫でてやる。青龍は気持ち良さそうに目を細めた。

「しっかし腹減ったなあ!」

 緋勇は起こした体をまたバタンと横たえた。

 天井を仰ぎ見ていると、なにやら匂いが漂ってくる。

「フンフン。なんだろ、いい匂いがする」

 甘い匂いや香ばしい醤油が焦げる匂い。たまらない。

 腹が減った少年、緋勇はすっくと立ち上がり匂いの方向へ向かった。


(キッチンか?)

 そうっと暖簾のような布を少しだけ、上に上げて緋勇は中の様子を伺ってみた。

 立派だが時代劇に出てきそうな古びた屋敷だと思っていたのに、キッチンは真新しく現代的で広々している。

 そして……。

(嘘だろっ?!)

 犬やうさぎがエプロンをつけて二本足で立ち、小さな鬼や妖怪らしき者が何匹もキッチンをウロウロして働いていた。

 

 まだ夢を見ているのかと思った。


 あのお姉さんもキッチンにいる。

 ナナコって言ったよな?

 銀翔きつねもいる。

 二人でニコニコ笑い声を時々あげて、フライパンで何か焼いている。


「ピイーッ!」

 緋勇の横をついて来て飛んでいた青龍がひと声鳴くと、皆がいっせいに緋勇の方を振り向いた。

「うわっ! 鳴くなよ青龍!」

 慌てて緋勇が青龍を押さえたが、もう遅い。キッチンの様子をそうっと覗いていた緋勇の存在はバレバレだ。


「緋勇?」

 ナナコが近づいてくる。

「味見する?」

 ナナコは緋勇に卵焼きをひと切れ小皿に入れて渡すと、緋勇は出された箸も使わずに卵焼きを手でつまんでペロッと食べた。

 口の中に卵と優しい甘さが広がる。

「うまいよ! ナナコ! 俺、もっと食べたい」

「ふふっ。待ちきれないよね。じゃあ運ぶから、さっきの部屋で待ってて」

 ナナコがにこっと緋勇に笑うと、緋勇にはなんだかナナコが眩しく見えた。


 言われたとおりに部屋に戻った緋勇だったが、所在なさげに立っている。

 すぐにナナコがやって来た。ナナコの後ろから入ってきた小鬼たちがパパッと布団を片付けて、大きな四角いテーブルを掛け声をかけながら運んで来る。

「さあそこに座って」

「ああっ。うんっ」

 素直にテーブルの前に正座した。

 緋勇の前にごちそうの数々。

 大人が数人は座れそうな茶色い木のテーブルに、ところ狭しと並んでいくのだ。


 ハンバーグに卵焼きに、肉じゃがやサラダやミートソースのパスタ、オムライス、焼き団子に味噌汁におにぎりがたくさん乗った皿が次々と運ばれて来た。

「いただきますっ!」

 緋勇は食べ始めるとどんどん料理を平らげていく。

「ふふっ」

 ナナコは緋勇の前に座り、微笑んでいた。

 おきつね銀翔は腕を組みながら部屋の隅で壁に寄りかかり、ナナコと緋勇を優しく見つめる。


 この少年のどこにそんなに入るのか、用意した料理をすべてあっという間に食べ終えてしまった。

「ごちそう様でした」

「お腹いっぱいになった?」

「うんっ」

 ナナコは緋勇の弾けるような笑顔を見てホッとした。

 また小鬼たちがやって来て、今度はたくさんの皿を手分けして片付けていった。

「ありがとう」

 ナナコは小鬼たちに礼を言うと、小鬼たちは照れながらもますます張り切って働いた。


「緋勇、話をしようじゃないか」

 銀翔は緋勇の正面に座った。正座をしていたから、緋勇は足が痺れた様子でモジモジしている。

 ナナコは笑って「足をくずして良いのよ」と緋勇に声をかけた。

 緋勇は足を畳に投げ出して座り、しばらく足をさすりながら、足のジワジワとした痺れに堪らずしかめっ面をしている。



「自分が何者かは自覚はしておるのかの?」

「分からないけれど、ただの人間じゃないんだとは感じている」

「お主は伝説の四神獣じゃ。朱雀という鳥。おそらくは父親が朱雀かな? ワシと松姫が戦った時の四神獣ならば。朱雀は長生きな上に、生命力が強い。最近まで生きていて人間の娘と結ばれたのかと思う」

 おきつね銀翔の話を緋勇はじいっと聞いていた。

「そんな鳥と人間が結婚なんか出来るのかよ?」

「出来る。神だって妖怪だって人が気づかないだけで、案外と人間世界に紛れ込んで遊びに来たり生活したりしているのじゃ」

 緋勇は涙をポロポロ流した。

 ナナコは慌てて緋勇の横に来て、背中をさすった。

「迷惑だっ! 生まれてきた俺はこんなにも不幸だというのに。普通の人間が良かった……」

「緋勇……」

 ナナコと銀翔は緋勇にそっと寄り添った。

「お主が行く場所あてがないのなら、ここに住めば良い。元いた家の者にはワシが父親の友として連絡をつけよう」

 銀翔は緋勇の頭を優しく撫でながら提案をすると、緋勇は「それは本当かっ?! 本当に良いのかっ?!」と喜んだ。

 ナナコはホッと胸をなでおろした。

 緋勇の心の傷がいつか癒えますようにと、ナナコは願っていた。


 この子を決して一人にしないとナナコと銀翔は胸に誓う。

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