第77話 河童の長の息子

「綺羅川のお主らの領域を荒らしたことはすまんかった」


 銀翔が謝りこうべを垂れたが、河童の顔つきは憎々しげでいて態度が変わらない。


「俺は河童の長、八束やつかの息子の緑星りょくせいだ」


 名乗りをあげるあたりは道義を重んじるようではある。

 河童の緑星はちらりと銀翔の背後のナナコと青龍、そして朱雀を見た。


「ワシは稲荷神社のうかのみたまの神が眷属けんぞくの妖狐銀翔と申す。お主らがもし、ぬらりひょんがたに付いていないのであれば、ワシはあまり河童の一族と戦いたいとは思わぬ」


 銀翔の発言に河童の緑星は低い声で笑った。


「けっ! ぬらりひょんか。あいつはいけ好かねえやつだ」

「ぬらりひょんがたにはワシらは付かない」


 緑星の左隣りのやや恰幅かっぷくの良い河童がせせら笑った。


「あんな奴に河童一族の力は貸せない」


 今度は右隣りの背の高いヒョロっとした河童が吐き捨てるように言った。


 ぬらりひょんが、どんなやり方で河童の一族を自分の配下にしようとしているのかは分からないが、河童たちの態度を見る限りはあまり好ましいやり口ではないようだ。


「だからと言って、銀翔っ! お前の味方にもなる気もないわっ」


 緑星は銀翔を睨みつけ鋭く言い放った。


「だめだ。ワシはお主らも守らねばならぬ」

「ふんっ。はあっ? なんでだ?」


 銀翔は遠い目をした。

 昔の記憶を呼び覚ます。


「河童の一族はその昔に、稲荷神社を火事から守ったからじゃ」


 山火事が起こった時に河童の一族が稲荷神社を守る手伝いをしたことがある。


「緑星。何をしてる?」


 綺羅川から大きな河童がまたやって来て、ぬうっと緑星の背後に立った。

 緑星よりも貫禄があり、声音に厳しさがあった。


「遅くなったなあ。銀翔」


 その河童は、親しげに銀翔ににかあっと笑いかけた。


 ナナコは朱雀を抱きかかえながら、遠目に銀翔と河童たちのやり取りを見ていたが、あとから来た河童に見覚えがあったのだ。


「しばらく留守にしていたら、この有り様。まさか神の使いのおきつね銀翔に、俺のバカ息子が喧嘩を売るとは情けないこと」

八束やつか。ずいぶん久しぶりじゃの」


 銀翔は屈託なく笑った。

 緑星たちは八束やつかの銀翔への態度に面食らっていた。


「ああ。しかしもう神獣使いはいるし、朱雀も青龍もいる。河童は出遅れたか?」

「いいや。……そういや、先日は川を荒らしてすまなかったのう」


 一触即発の緊迫したムードは八束の登場ですっかり吹き飛んで、八束の息子の緑星は拗ねたような顔になった。


「あんなもの大したことはない。嵐が来たら川底は毎回荒れ狂うさ。最近は世間がのんびりとしてたからな。悪い悪い、俺がうっかり若い息子たちに酷かった戦の話や銀翔お前の話をしてこなかった」


 ハハハッと八束は豪快に笑っていた。


「ワシはてっきり代替わりしたのか思うとった」


 銀翔がそう笑うと八束は銀翔の背中をぶっ叩いた。

 銀翔はじろりと睨んだ。

 八束は気にせず言葉を続けた。


「俺は耄碌もうろくしとらん。まだ息子に家督を譲る気なんて更々ないからな」


 緑星がジロジロっと敵意をむき出しにして銀翔を見ていると、八束は厳しく制した。


「無駄な争いなどしてられないからな、緑星。ぬらりひょんに足元すくわれて、俺たち河童一族が滅ばされかねない」


 八束が緑星に釘を指したが、緑星は構わず銀翔の前にズイッと進み出た。


「俺はアンタといつか戦いたい」

「なにゆえ」


 銀翔は緑星の瞳に鋭い眼光を向けた。


「強そうだから。それに……」

「なんじゃ?」


 緑星はナナコを指差した。


「アンタを倒してあのめんこい神獣使いを嫁にもらいたい」


 銀翔は緑星の一言に、瞳をギロリと光らせ静かなる怒りを爆発させた。

 さらに強く増すように瞳に熱と力がこもる。


「それは出来ぬ。なにがあろうとナナコを賭けの対象になどしない」


 銀翔が強い思いを込めて言うと、緑星は押し黙っていた。

 八束は「がっはっはっ」と大きな声で笑い、銀翔の肩を叩いた。


「相変わらず微笑ましいほどに一途なおきつね様だな。お前は」

「ワシはナナコと離れる気はない」

「ハハハッ。そんな銀翔だからこそ、信じるに足る。俺はお前と一緒に戦いたいと思う。河童一族はお前につくぞ」


 おきつね銀翔に思いがけず、またかつての味方が加わった。





 

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