第13話 ナナコと薫と稲荷神社

「葵の図工に使うんだけどさ〜」

 薫は一人でつらつらと話しながら手芸店のフェルトの棚を見つけました。

 ナナコはようやく店のカウンターの椅子から立ち上がり薫の方へ歩いていきます。

「葵ちゃんの?」

 葵は薫の小学四年生の妹です。

「そうなんだよ。葵が風邪ひいちゃってさあ。代わりに色を選んで買って来てって」

「葵ちゃん大丈夫?」

 ナナコは薫と一緒にフェルトを選び出しました。

「ただの風邪だと思う。あっお前さあ暇だったら一緒に稲荷神社に付き合ってくんない?」

 急に薫が顔を上げるもんだから、ナナコの顔とぶつかりそうになりました。

「わっ! ごめん」

 うろたえた薫は顔が真っ赤でした。

「大丈夫だよ」

(へんな薫…)

「良いよ。稲荷神社に一緒に行ってあげる」

「おうっ。サンキュー」

 フェルトは赤白ピンク青緑茶色黒…様々な色があります。

「葵ちゃんは図工で何を作るの?」

「ライオンって言ってたなあ。プリンカップとかにフェルト貼り付けてさ。クラスみんなで動物園を作るらしいぞ」

「ライオンかぁ」

 ナナコは葵のために茶色と黒と白のフェルトを選びました。

「ライオンの体とかに茶色で、しっぽの先は白かな〜。あとは目とひげに黒でどう?」

「良いねー。ありがと。助かったよ」

 ナナコは丁寧に紙袋にフェルトを入れて薫に渡しました。

 薫からお金を受け取ります。

「ありがとうございます」

「はい。ありがと。ナナコさ、今すぐに稲荷神社に行ける?」

「お母さんに言ってくるから待ってて」

 

 薫を待たせてナナコはトントンと軽やかに二階に上がりました。

「お母さーん。薫と稲荷神社に行ってくるね」

「ねえナナコ。あんたみりん干し4尾も食べた?」

「えっ?」

「みりん干しがあると思ってたのにないのよ。おかしいわねー。そんなにお魚をナナコ一人で食べるわけないわよね」

 ナナコの母は顎に手をやり首を傾げています。

(夢じゃなかった? 銀翔くんと青龍くんにごちそうしたから?)

「あっ出掛けてくるからお店よろしくね」

「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」

「はーい」


 外に出るとナナコは薫に聞きました。

「稲荷神社のお参りは葵ちゃんの風邪が早く治りますようにってお願いするため?」

「うん。まあ」

「優しいんだね薫」

 腕時計の針は4時を回っていましたが、ジリジリとまだ焦げつきそうな暑さです。

 蝉しぐれがあたりいちめんに騒がしく響いています。

 稲荷神社にはあっという間に着きました。

 二人を稲荷神社のおきつね様が出迎えます。

 ナナコは稲荷神社の階段の上の狛ぎつねがジロリとこちらを見た気がしました。

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