第14話

「三浦結さん、朝ごはんですよ」

 看護師さんに起こされて僕は目が覚めた。

 ベッドにテーブルを持ってきて食事を運んできてくれた。

「起きれる?」

 看護士さんに言われて、僕は起き上がろうとした。

 お腹に激痛が走って顔をしかめたが、

 ゆっくりとではあるが起き上がることが出来た。


 そして僕は食事を食べ始めた。

 病院の食事は美味しくないと聞いているが、

 味は塩気が少ないようで薄く感じたが、

 聞いているほど不味いとは思わなかった。

 血圧が高かったり、肥満だったりして、

 塩分を控えられていたり、

 食事の制限が無いからだと勝手に思った。


「ご飯を食べ終わったらもう一回来てちょっと検査するから、

 そのままテーブルの上に置いておいて良いからね」

 朝には血圧を測ったり、問診があったりするから

 そのときに看護士さんが片付けてくれるらしい。

 血圧ってご飯を食べ終わってから測るものだったのか?

 ご飯を食べる前にするものだと思ったんだけどどうだろう。


 ご飯は全部食べきることが出来た。

 見た目に少ないと思ったんだけど、おなかがいっぱいになった。


 昨日はカーテンで仕切られていたと思ったけど、

 看護士さんが朝にカーテンを開けてくれたので

 僕が入院している部屋を十分に見渡すことが出来た。 

 個室になっていて入り口からベッドまで離れていた。

 

 看護士さんが来て血圧を測りに来た。

 今、痛いところは何処か?何か変わったことは無いか?とか

 なんか色々と聞いてきたが、

 僕には真っ先に行きたいところがある。


「トイレに行きたい、トイレってどこにあるの?」

 個室の入り口の近くにそれはあった。

「大丈夫?立てる?」

 看護士さんにちょっと助けてもらったが立てることが出来た。

「ありがとうございます。歩けるので大丈夫です。」

 そう言ったものの殴られたお腹に痛みが走るので、

 まだ本当に大丈夫というほど大丈夫ではなかった。


(なんだよこの部屋、ユニットバスが付いてるじゃん)

 トイレ、洗面、シャワーがある部屋だった。

 手を洗い、頬のガーゼを濡らさないように顔を水で洗った。

 鏡で自分の顔を見た。

 左頬に大きくガーゼが貼り付けられている。

 まだ腫れている感じだった。


「ひどい顔……」

 鏡に映った自分の顔を眺めながらそう言った。


 顔を濡らしたのはいいけどタオルが無い。

 トイレットペーパーで顔を拭いた。

 濡れて細かくちぎれた紙が顔にたくさん付いた。

「本当にひどい顔」


 ユニットバスの扉を開けて僕はベッドに入った。

(もう一回寝よう……)

 なんか何もかもがイヤに思えてきた。


(あんなに楽しかったのにな)

 朝の家での事、学校の事、友達の事、

 部活も楽しかった。放課後の寄り道も楽しかった。

 でも今はとてもブルーな気分になっていた。

 僕はベッドにもぐって寝ることにした。


 それからも検査があって起こされたり、

 診察で起こされたりして、

 ゆっくりと出来ずにいて病室に戻ってみると、

 ベッドのところにテーブルと食事が用意されていた。

 僕はお昼ご飯を食べて、そしてまた寝ることにした。


 目が覚めて起きてみると花が花瓶にいけてあり、

 テーブルの上に置かれていた。

 看護師さんに聞いてみると男の子が面会に来て、

 部屋に入ってみたら僕が寝ていたのでそのまま出てきて

 ナースセンターに花を置いていったという。


(男の子?だれだろ?クラスメートかな?)

 それよりも僕は寝顔を見られたことがすごく恥ずかしかった。

 あ~!もう!すっごく恥ずかしい!

 これから見られないように顔を隠して寝ることにしよう。

 うん。そうしよう!


 お花を見てると、午前中にあんなにブルーな気持ちだったのが、

 気持ち的にだけど、ちょっと晴れる気がするから不思議だ。

 誰が来たのかわからないけど、お花ありがとうございます。


          ☆彡


「結ちゃん、結ちゃん」

 僕を呼ぶ声がして起きた。

 お母さんだった。

「お母さんごめんね、なんか寝てた」

「早く治さないといけないから寝てていいんだけど、ちょっといい?」

 なんだかお母さんの顔が真剣になっている。

「恭也君って覚えてる?あの子に女の子の体の事は話した?」

「誰にも言ってないよ。知っているのはお母さんとお姉さんだけだよ」


 今、病室の外に恭也が来ていると言う。

 お母さんが恭也と話をするときに、

 今のところは恭也に言わないようにしているのだが、

 僕と恭也が親友だったことを知っている母が

 もしかしたら僕が相談して話しているのではないかと思い

 恭也と話をする前に体の事を知っているのか聞いてみたという。


「恭也君と会う?どうする?」

 今は髪がボサボサだ。すごく変な顔になっているしどうしよう。

 なんか焦ってしまう。


「なんで恭也がきたのか知らないけど、一応会ってみる」

「なんできたのかって、倒れている結ちゃんをみつけて、

 救急車を呼んでくれたのは恭也君だよ。

 ちゃんとお礼を言いなさいね」


 お母さんからその事実を告げられたとき僕はとても驚いた。

 なぜあの時あの場所に恭也が居たのだろうか。偶然なのか。

 助けてくれたお礼といっても、

 僕は恭也にどのように言えばいいんだろうか。

 ただ普通にありがとうだけでいいの?

 

 あのときの声、

 とても懐かしく感じた声、

 意識が遠のいたとき僕を呼ぶ声。

 あの声は恭也だったに違いない。

 

 お母さんが病室の外に出ていき、

 病室の外で待っている恭也に何か話している様子だった。

 そして病室の扉が開き、恭也が病室に入って来た。

 恭也は僕の顔を見た。

 このひどい顔を見られてしまうのはやっぱりショックだった。

 すごく恥ずかしい。


「恭也くん、救急車を呼んでくれてありがとう」

 僕はそう言うだけで精一杯だった。

 女の子の身体で初めてあのいつものところの神社で出会い、

 僕はもうこれで二度と会うことが無いであろうと思っていた。


 その恭也が僕を助けてくれて、急いで救急車を呼んでくれて、

 今、僕の目の前に居る恭也は恩人であった。


 僕の知っている恭也が違って見えた。

 どのように違って見えたのかよくわからない。

 なんか胸が痛い。すごくドキドキする。

 心臓の鼓動がとても早くなる。

 そしてなんか少し暑い、

 顔が熱くなり、身体が熱くなる。

 こんなひどい顔を見られたことが恥ずかしいから?

 こんな姿の僕を見られているから?

 今の僕にはよくわからない。

 女の子の身体って一体なに?

 なんで恭也が近くに居ると、こんなにドキドキするの?


「こちらこそありがとう。僕の友人を助けてくれたんだってな」

 恭也があの日の出来事を詳しく教えてくれた。


 あの苛められていた男の子は恭也の学校の友人だった。

 あの日、待ち合わせをしていて約束の時間に遅れた。

 待ち合わせ場所に着いてみると、

 恭也の友人は怯えていて何も出来ない状態で立っていた。

 そして僕が倒れこんでいて男たちに蹴られていた状態だったという。

 

 警備員を呼んだふりをして男たちを逃げさせ、

 救急車を呼び、倒れて意識が無かった僕を救急車で運んだ。

 そして僕が大輔の家に居ると知っていた恭也が、

 お母さんやお姉さんに連絡してくれて、

 駆けつけた僕の家族に病院で事情を話したということだった。


 のちに恭也は友人から真相を聞かされる。

 苛められていたら女の子が助けに入って来て、

 その女の子が三人にボコボコに殴られて倒れたと聞いた。


 そして一度、面会に来たが

 病室を見ると僕が眠っていたのでそのまま帰り、

 再度面会に来ると病院の一階でお母さんと出会い一緒に来たとのこと。


 この花瓶に飾ってある花は恭也が持ってきてくれたのか。

 僕は机の上で綺麗に咲いている花を見た。

 僕の胸の鼓動がさらに早くなった。

 もういちいち反応するな!僕の身体。


「なんで、男たちに立ち向かって行ったのさ」

 恭也は少し怒ったような口調で僕に話した。

 僕は恭也の目を見た。

 恭也の目は私をしっかりと見ていた。

 怒っている目、でも優しい目をしていた。

 私の事を心から心配してくれている、

 私の事を大切に見守ってくれている目。

 私の話をしっかりと聞いてくれる目をしていた。


「苛めが許せなかったから」

 私は恭也の目をしっかりと見て、恭也に言った。


「なんで、誰かを呼ぼうとしなかったのさ。

 なんで、誰も呼びに行かなかったのさ。

 手足がこんなにも細い女の子が、

 男三人相手に勝てると思ったのかよ?」


「とにかく苛められていて、それが僕には許せなかったんだよ」

 

「もうちょっと自分のことをしっかりと考えろよ!お前は女の子だろ!

 お母さんに心配かけてさ。すごく泣いていたよ。

 俺のせいで、俺が遅れなかったら君はこんな事にならなかったさ。

 だから俺もすごく辛いよ。本当にごめん。そしてありがとう」


 恭也の目がとても悲しい目をした。

 その目を見てると僕はとても心が痛い。

 恭也を見てると、とても辛いよ。


「私のほうこそ、本当にごめん……」


「早く元気になれよ。」

 そう言って恭也は病室から出て行った。

 僕は恭也を引きとめようとしたが言葉が出てこなかった。

 

 そしてお母さんが病室に入ってきた。

「恭也君と話をした?」

「うん。お母さん、本当にごめんなさい。」

 僕はお母さんに心配をかけてしまったことに反省していた。


「結ちゃん、あなたが以前のように男の子であったのなら、

 助けに行くという選択肢は普通にあったでしょう。

 でもね、女の子には男の子とは違った選択をしなくてはいけないの。

 男の子と殴り合いの喧嘩をして、力と力の勝負をして、

 あなたは力の差というものを十分に感じたでしょう。

 問題はそれだけじゃない。

 こんなに沢山の怪我をして、こんなにも顔が腫れてしまって、

 周りがどんなに心配になるか、どれだけ辛い思いをさせたのか。

 どれだけ多くの人を傷つけたかをしっかりと反省をしなさい」


 お母さんの厳しい言葉があった。

 でも、今の僕には十分すぎるほど効き目があった。


「それとね、結ちゃん。病院で検査をしてもらって判ったことがあるの。

 検査の結果で、結ちゃんは完全に女性になってることがわかったの。

 子宮も卵巣もしっかりとあったの。

 つまりね、結ちゃんは子供が産めるの。

 たぶんこれは予想なんだけど、いいえ確実なことだけど、

 結ちゃんはもうすぐ生理もくるようになると思う」


 衝撃的な事実を突きつけられてしまった。

 もう僕1人で考えれることが出来なかった。


「僕はどうしたらいいの?」

「これから家族みんなで考えていこうね。わかった?結ちゃん」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る