第5話

 午後一時

 僕は少しではあるが落ち着いてきたので服を着替えた。

 そして鏡を見た。

 服という服はすべてブカブカだ。

 ズボンの丈が長すぎたので

 丈を短くするために折り曲げた。


 Tシャツもダボダボで首周りが広く開いてしまっているので

 胸の谷間が大きく見えてしまっている。

 Tシャツズボンインさせてベルトを閉めた。


「かっこわりぃ……」

 自分が女性になり、自分の服を着てみた初めての感想。


 自分がこのように見られていたのかと思うととても恥ずかしい。

 しかし自分で食事が作れない以上、お弁当を買わないといけない。

 空腹には耐えられないのだ。


「長い髪だな。しかもボサボサ……」

 ブラシでといてみたものの気に入った感じにならない。

 お姉さんがいつまででも髪をといている姿を見て不思議に思ったが

 自分が女性になると意味が良く判る。こういうことだったのか……。

 服も自分が外に出てギリギリ許せるレベルのものに着替えたものの

 髪がうまくいかなくて気に入らないので外に出る勇気が無い。


 いつもの男なら寝癖があっても平気で外に出て行くのだろうけど、

 女性になるとなぜか外に出る勇気が出ない。

 理由は『髪がまとまらないから』

 感情まで女性化をしたようだ。


 一階に降りていくとお姉さんのヘアゴムがあった。

 ヘアゴムで束ねると気に入らなかったのがうまくまとまった気がする。

 ヘアゴム万歳。


 財布を持って家の鍵を持ち玄関に行く。

 靴を履いたが靴がでかすぎる。

 僕の靴のサイズは27センチだ。それが巨大に感じる。

 靴箱の中にお姉さんのスニーカーがあった。

 靴のサイズは23.5センチ

(ちっちぇー……)

 駄目で元々、お姉さんの靴を履いてみるとぴったりだった。

 おいおい、マジかよ……。

 今の自分の足が見た目に確実に小さくなっているとは思ったが、

 3.5センチも縮んだ現実に僕自身がついていけない。


 お姉さん、靴借りるから。

 僕は女性の身体で初めて外に出ることになった。


          ☆彡


 家の中ばかりいるのは良くない。

 気分転換に外へ出てどこでもいいから歩いてみなさい。

 休みの日になると、特に連休のときには母に言われたものだ。


 確かに家の中でくすぶっているより、

 今の僕には気分転換がとても重要だと思う。

 玄関のドアを開けると新鮮な空気が流れてくるのを感じる。

 (お母さんの言っていたことってこういうことなのかな。)

 いつも口うるさくてムカつく母と思っているが、

 今日の僕には母の小言一つ一つがとても嬉しく感じた。

 

 歩いていると近所のおばちゃんたちが井戸端会議をしている。

 いつもながら毎日毎日長い時間突っ立っていて、

 よく話すことが出来るものだと思う。


 そして今日は女性の僕を見てなにか話をしている。

(女性になっても僕の事を見て何か言っているのかよ。)

 近づいていくとおばちゃんたちが『こんにちは』と挨拶をしてきた。

 驚いたものの平静を装い、僕も「こんにちは」と挨拶をした。


「三浦さんのお宅から出てきたようだけど、どなた?」

 おばちゃんの1人が尋ねてきた。

 僕の家を見張ってるのか?

 少なくともここから30メートル以上は離れているぞ。と思いながら、

 このおばちゃんたちに怪しまれては、

 後々面倒なことになると思い、上手くごまかそうと思った。

「私は三浦家の親戚のものです。

 昨日、こちらに来たので家に泊まったんですよ」

 僕の家の事情を知ってる人であればはっきり言うと、

 バレバレな嘘だったが、仕方ががなかったのだ。


「三浦さんのご親戚なの?お名前なんていうの?」

 名前!?大輔とは言えない……。どうする!

 お姉さんの名前、三浦由依……ゆい……ゆう……ゆう

「三浦ゆうっていいます。翔子おばさんの遠い親戚で、

 翔子おばさんのところに昨日の夜に着いたんです。」


「結ちゃんっていうの。可愛い名前ね。どこから来たの?」

 おばさんたちの質問攻めは続く。

 まだまだこのおばさんたちは僕を開放してくれる様子は無い……。

「実家は京都府で両親は東京都に住んでいます。」

 口から出任せとはよく言うものだ。

 京都府にも東京都にも親戚はいない。

 母は愛知県の出身で、亡くなった父親も愛知県と聞いている。

 そして親戚は愛知県近郊に集中しているが事実を言う必要は無い。


「結ちゃんは今は高校生かな?」

 まだまだおばちゃん達の質問攻めは終わる気配が無い。

「はい 高校一年生です。現在、東京の高校に通っています。」

 おばちゃん達は顔を合わせていた。

「高校一年生というと三浦さんの弟さんと同じよね?」

 あちゃー……地雷を踏んだぁ……。


「弟さんというと大輔さんですか?」

「そうそう大輔君。昨日の夜にお見かけしたけど、

 今日は学校に行っていないのね。どうしたのかしら」

 このおばさん達って本当に僕の家を監視してるのじゃないか?


「大輔さんなら体調が悪い様子で家で寝ていますよ。

 私が家に居るので、翔子おばさんや由依お姉さんは出かけて

 私が看病することになったんです。

 ちょっと遅くなったのですが、今から大輔さんと私の食事を

 コンビニに行って買いに出かけるところだったんです。」

 自分の事を大輔さんと言って気持ちが悪くなった。


「そうなの?大輔君の体調は大丈夫なの?」

「病院に行くまでもなく寝ていればいいと言って眠っていますよ。

 だから大丈夫だと思います。」

 僕はなぜかこのおばちゃんたちが

 後々になって家に来る気がして仕方が無かった。


「早く食事を買ってきてあげなくてはいけないので、失礼します。」

 僕は逃げるようにおばちゃんたちから去っていった。

 僕は予言しよう。

 あのおばちゃんたちは食べ物を持って家にやってくる!


 コンビニには歩いて15分、往復で30分。

 飲み物やお弁当を急いで買っても35分から40分。

 お弁当屋さんまで歩いて7分、往復14分。

 しかし注文から出来上がるまで15分以上かかる。合計29分以上。

 さてどうする。


 歩きながら考えて品揃え豊富なコンビニに行くことに決めた。

 お弁当2つ、お茶ペットボトル2つ。お菓子もそろえてジュース2つ。

 帰りもおばちゃんたちの監視の目があることがわかり、

 お弁当一つでは怪しまれる。

 二人分を購入するべきだと思ったのだった。

 そしてすぐに家に帰った。



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