3. 悪態
俺は46億年前からそこに浮いていた。
信じられないだろうけれど、本当なんだ。年齢はそのまま46億歳という事になる。
それぐらい年齢を重ねていると正直、端数はどうでもよくなる。細かい数字なんて数えるのも、覚えるのも面倒だ。
もうひとつ面倒な話をしてやろう。俺が
おっと悪かった。ついついまた口癖が出てしまった。実はな、俺は興奮すると言葉が汚くなるんだ。
昔はとても紳士的な言葉遣いだったんだが、ある時を境にこんなになってしまった。
教えてやるとな、むかし俺の顔に着陸して、小さい旗を立てていったやつらがいたんだ。どいつもチビのくせに、似合わないブカブカの服を来ててな。
まあ放っておいても良かったんだが、やつら俺の顔の表面にある石を、手当たりしだい叩いたり壊したりし始めた。それで俺はちょっとムカっときて、ちょっと脅かしてやったんだ。なあに、ちょっと顔を震わしてやったとか、そんな程度の話さ。
そいつら途端にびっくりしてさ! あわてて豆粒みたいな乗り物の小さな入り口に、全員が殺到しやがった。ギューギュー詰めで入るわけがないよな。そのうち確か仲間から「ニッポンジン」とか呼ばれてたやつが怒って、わめいたんだよ。「お前ら! 俺がこの隊の隊長だぞ! さっさとどきやがれ、バカやろう!!」ってさ。
俺はその言葉がいたく気に入ってしまったらしくて、つい話に夢中になると、ポロっと出てしまうんだ。
何の話をしていたかな――
そうだ、ヤツの事だ。え、知らないのか? 星だよ! あの真っ青ないまいましい
むかしは俺とヤツはひとつの星だったんだ。ある時――アイツのせいじゃないけどな――でっかい隕石がぶつかってきて、俺は衝撃で星からもぎ取られた。惨めだぜ、半分の岩みたいな形になっちまったからな。結局、空へ飛び出したけれど星からは離れられず、グルグル周りながら時を過ごし、何とか丸くなったわけよ。
だけどな、そのぶん何度も何度も石がぶつかったから、俺の肌はズタボロなんだ。身体だってあの星に比べたら小さすぎて、海だって捕まえとけなかった。だから俺の
でもな、ある時とんでもない事が起きた。
スゴイ話だろ? 俺が吹き飛んだあの時より、さらに巨大な塊が遠くの
星の表面に住んでるあの豆粒みたいなチビたちも、頑張ってたくさんの花火を塊に向かって打ち上げてた。けど駄目だったね。最後は自分たちで作った箱に乗って、星を見捨てて飛んでった。
そして運命の時――
星の
最後まで見ていなかったのかって? そいつは無理な話さ。運が良いんだか悪いんだか、特等席にいた俺も、ただじゃすまなかった。
星が吹っ飛んだ勢いで、体が粉々に裂けちまった。さいわい俺の体の芯には熱いものがなかったから、自分から爆発して宇宙の塵にはならなかったがね。だが、せっかく丸くなった体とも、おさらばだった。
そのあと俺はとんでもない勢いで、かけらごと遥か彼方まで吹き飛ばされた。星から離れたいと思っていたけれど、こんな形で実現するとは思わなかった。
本当ならその旅を楽しみたかったんだが、粉々に砕けちまったせいで、俺の意識が飛んじまってね。どこをどう飛んだとか、こうしたとか、全く覚えていない。どうやら俺らは、ある程度の大きさの体を保ってないと、考える事を止めちまうみたいなんだ。まあでも、憎い星もいなくなったし、もうどうにでもなれって感じだったけれどな――
「なるほど。実に興味深いお話だ。そして次に気づいた時には、あなたは
そうなんだ。まったく不思議なもんさ。
いままでと違って、まったく動けない体になっちまった。これがまたすごく変な感じでさ。体は地面にへばりついてるし、体の形は丸じゃなくて、トゲトゲした三角だし…見ろよ、俺の体にはいつも緑のものがたくさん貼り付いていてる。その緑の中をチビみたいな生き物が歩き回ってさ。こいつらが耳元で鳴いたり、こしょこしょ動いたり、くすぐったくて仕方ない!
なあ、あんた。教えてくれ。俺はいったいどうなっちまったんだ?
「あなたは私の記憶でいう太古の昔に、この星に向かって、空からやってきたのですよ。ものすごい火柱と轟音を伴ってね。その
なるほど…そいつはすまなかった。
「いえ、これも星の必定です。すべての破壊者であったがあなたが、今はそのように優雅な姿でそびえ立って、命たちを宿していることも」
そうそう、それで俺はどうなった?
「あなたは――あなたであった塊は――、大地深くに刺さり、地表に出ていたその殆どが砕け散りました。時を遡って訪ねる事が可能であれば、巨大なお椀型の跡地をその大地に見れたでしょうね。もちろん何も残っていませんが。やがてその地には膨大な雨が降り注ぎ、溜まった水はお椀の形すらのみ込んで、大海を作りました。
ご自分はどうなったのか、という質問でしたね。あなたは衝撃で完全に消し飛んで、存在すら無くなってしまったのでしょうか? そうではありません。その地表から気の遠くなるほど深くに、記憶の一部とでもいいましょうか。あなたの
あなたは深い海の底で、気の遠くなる歳月を過ごします。そのあいだに、怯えていた星はやがてその力を取り戻し、再び必定の流れにのって、脈動を始めました。星の
そのひとつが俺ってわけだ。ふうん、なるほど。あんたの星の一部に溶け込んで、こうして俺はまた考えられるようになったわけだ。
それに血液ね――どうりで俺の体の底の方に、熱いものが流れてるわけだ。むかしは俺の肌にもたくさんの山々があったんだが、あいつらはみんな冷たかった。
しかし山か…俺も小さくなっちまったもんだ。
「いえいえ、あなたは偉大な存在ですよ。久遠より宇宙を旅し、今もこうして我々に知識と恵みをくれているのですから」
そんな偉いものではないと思うがね。しょせん、元はただの光らない石っころさ…
そうそう、これまでの話だけれど、ひとつだけ誤解していたよ。こうしてずっと、地にへばり付く身になって分かった事さ。宇宙にいた時には恨みばっかりで、考えもしなかった。
「なんですか?」
空さ! 見上げてみると青い空ってのは、こんなにも美しかったんだな! それに見てくれよ、この夜の空! 宇宙からと違って、星々が宝石みたいに瞬いて見えるじゃねえか。
それによう――恥ずかしいんだけどな…
「どうしました?」
言わすなよ! ほら、見てくれ。 ああして天空に輝いている月の美しさ! 金色だったり銀色だったり、なんて神秘的なんだ。俺は勝手に自分が灰色まみれだと、思い込んでたんだな!
何だよ、こいつ。笑いやがったな!
「ふふっ、失礼。いや、偉い変わりようだと思いましてね。昔のあなたも、さぞかし美しく輝いていたのでしょうね」
へん、お世辞なんかいいやがって! そうさ、認めてやるよ。空ってのもイイもんじゃねえか。
このバカやろう――
(3. 悪態 終わり)
そして空をながめた まきや @t_makiya
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