パライソのどん底
芦花公園
贄
常夏
彼の腿に滴るひとしずく、それを舐めとると、彼はかすれた声でああ、と言った。
サイズの合っていないシャツの隙間に手を滑り込ませる。今まで触ったどんなものよりもすべらかで、吸い付くような感触。堪らなくなってシャツをひきむしり、彼の胸に顔を埋めた。ほとんど脂肪のない、それでいて女性的な柔らかさを持った胸部は、彼が呼吸をする度小さく震えている。何度も無意味に頬を擦り付けるうち、熱くなった肌はやがてどちらがどちらの肌なのか分からなくなる。
そうして一つになっていると、ふいに頭を持ち上げられる。目線が合う。彼と目線が合う。彼はしっかりと俺の瞳を見ているのだろうか。自分がこれほどまでに美しいと知っているのだろうか。だから微笑んでいるのだろうか。
「抱いて」
と彼が言う。俺は勃起した陰茎を挿入する。
「そうだけど、そう、じゃ、ない」
非難めいた口調と裏腹に彼は俺を咥え込んで離さなかった。もう会話は必要なかった。彼は俺の口唇を貪りつくし、俺もまた同じようにした。
「灼ける」
絶頂が近付くと彼は少女のような声で叫んだ。
「灼けるっ、お願い、抱きしめて」
灼ける、灼ける、灼ける、その声に促されるかのように俺は果て、同時に彼をきつく抱きしめた。そしてようやく、これが抱いての意味かと気付く。味わいつくされた彼の口唇がひくひくと痙攣している。もう一度深く吸う。陰茎を引き抜こうとすると、彼は足をきつくからませ、それを拒んだ。きゅう、と強く締め付けられ、再び下半身に血液が集まっていく。
「ずっとこうされたかった、こんなふうに大事にされたかった」
彼の涙が蛍光灯を反射して光っていた。
今が一番幸せだ、これ以上はない、だからもう、殺してください、君のものを深くくわえ込んで、君に抱かれて、そしてこのまま死にたい、殺してください、殺してください、殺してください、殺してください、殺してください。
――今でも夢に見る。決まってあの夏の夢だ。俺は彼を幸せにしたかった。
薄茶色の瞳、口元の黒子、内腿に残るケロイド、柔らかい脇毛、彼が首を傾げると、そのミルクのような肌に皺が寄る、その皺さえも覚えている。しかしなぜ彼が今ここにいないのか知らないのだ、覚えていないのだ。俺は彼を殺したのか、あるいは彼は自ら死んだのか。
今も俺はあの夏にいる。あの暑い噎せ返るような部屋にひとり取り残されている。
俺は彼を幸せにしたかった。
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