第9話 高度な柔軟性を維持し臨機応変にとは意外と真理かもしれない話

「しかし……クローディ様の機転には驚きましたな」

「そう? 機転も何も行き当たりばったりなんだけどね。脳筋ゴリ押しの結果だし……ってビーよ、そろそろ離れろや」

「いやですっ!」

「あっ、そう……」


 何やかやとございましたが、殿下襲来に関してはいい感じで着地出来たように思う。

 そう言う意味も含め、あの数日後である今、しばらくの間は屋台の仕事を休む事にき決め俺はグータラしてた。

 それは心情的な物も当然ある。主にベアトリスの荒れた気持ちが落ち着くまでは傍にいてやるか的なバブ味のあるロリババァを目指す俺の優しさという意味で。


 なので朝のお勤めを済ませたサイードと、のんびりリビングでお茶をしていたのだ。

 で、問題は一気に色々な事が起こって気持ちの整理が付かないだろうと思われるベアトリスの甘え癖が酷い事になった事か。


 騒動があった日の夜はいつもの様にベッドに潜り込んできたのだが、気が付くと全裸に剥かれているのは普段と同じだが、母親の様に甘える事で心を落ち着けたいという宣言から、ほぼ膨らみの無い俺の乳を延々と吸われるという謎の行動が繰り返されたのだ。

 真顔で言ってるのが本当につらい。


 ハイエルフとして自覚を持った今の俺には性欲らしい性欲はほぼないもんで、この粗末な乳でいいなら好きなだけ吸えやと俺はあきらめモードだった。

 まあ後半何やら下半身をモジモジさせながら両足で挟まれるという行動に移行した事で、流石にこれは例の変態巫女同様、頭にゲンコツを落とすべきかと考え始めた所でベアトリスが睡魔に負けて寝オチしたので有耶無耶になったけれども。


 で、起きてから朝の身支度をしていると、珍しく教会にシーナが迎えに来たんだ。

 昨日の騒動は街中にひろがっていたからね。

 シーナもその噂を聞いてハラハラしたらしい。

 なので広場での待ち合わせよりも前に来たという。


 そしたらベアトリスがシーナにやたらと攻撃的な雰囲気を出して絡み、俺には浮気はいけないのですと説教を始めた。

 苦笑いするシーナがフォローに走ったが、ベアトリスは最後までツンツンモードだったのだ。


 シーナには休む分の日当として一週間分の金を渡し、それで親父とメシでも行って来いと言い含めて帰した。

 スキップしながら帰っていったわ。あいかわらずポンコツである。

 その後いまに至りお茶をしてるわけだが、ベアトリスはソファーに座る俺の左半身をがっちりとホールドし、何故か首筋に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅いでいる。

 

 なんだか若エルフと同じ反応だなぁ……。

 そう思いつつも拒否できない俺である。

 で、その後の顛末だが、散々殿下を脅した後、ハイエルフと老エルフのエゲつなさが身にも心にも浸透した所で手打ちを申し出た。


 今回は不幸な行き違いであると思っていると、こっちから譲歩したのだ。

 と言っても別にそんな風には思ってないし、これはただの八つ当たりの結果であるからして、連中にしてみれば酷いひき逃げに遭ったようなもんだろうが。

 ただまあこっちもイモ引く訳にもいかんので、立場はこっちが上だという前提で譲歩を見せれば交渉もしやすいだろうという俺の打算の結果に過ぎない。


 まず王子側のドロドロはまあ、貴族社会では日常茶飯事であることはご承知であるし、今後はこっちに迷惑を掛けなければ、つまりベアトリスからは完全に手を引くなら、こっちは特に今回の件での責任は問わないと言ったのだ。


 安堵する王子たちに、それでもエグい恐怖を与えた事で、どこかでこいつホンマか? って疑念は当然ある様に見える。

 それにハインリヒは次期王になるのだろう?。

 なら国のトップって視点で見れば、アンタッチャブル過ぎる存在であるハイエルフを野放しにしておくヤバさも当然感じているだろう。


 そこでだ。

 俺は表向きは街の気さくなロリババア生活を続けるにしても、裏ではハインリヒを支持すると約束してやった。

 具体的には今後、俺がハイエルフの威光を使って表で政治に関わる事は一切しないが、裏では3回程、ハインリヒが何か困難を感じた時に手助けをしてやることをサイードの作成した精霊魔法による制約付契約書で契約を交わしたのだ。

 

 もちろんそれは誰かを暗殺したいとか、どこぞの敵対勢力の軍を潰してこいとか、そう言う単純な戦闘力が求められる事に限るけれども。

 ハインリヒが王になる為の過程で、或いは王になった後の未来で、とにかく累計3回までは何でも叶えると。

 なんで3回かはあれだ。魔法のランプとかが悪魔が魂を対価にとか、その手のお話だと3回だったなーって理由だよ。


 まあ今回の件は、俺達の理不尽なヤバさは別として、非は向こうにある。

 これが誰にも文句を言われる事も無い大義名分がハインリヒにあったのなら、別にコソコソせずとも正面から命じればよかった事だ。

 しかし結果的にとは言え、部下をコントロールできず暴力的で姑息な手段を取ったのはアカン事だわな。


 ぶっちゃけるとベアトリスが平民になっている時点でアウトなんだよ。

 血はたしかに大公家なんだけど、大公自身はその事がネックになるから娘をわざわざ平民の家に養子に出している訳だし。

 それに大公には長男でベアトリスの母親にすると弟になる嫡男がいるのだ。

 嫡男ってのは現当主が後継者として内外に認めているって意味だ。

 

 大公は今回の件で中立をわざわざ宣言している中で、しかも大公家には後継者が既に使命されている状況で、平民となった血縁者をわざわざ掘りおこして政治利用するってのはどうかんがえても悪手の極みだろうよ。


 殿下自身も冷静になると、これらの一連の出来事が、事情を知らない民衆に露呈すれば王家の信頼が失墜するだろう愚策である事は理解した様だ。

 なので3回の願いを叶えるよりもまずは、昨日の襲撃は、不届きな反社会勢力が、王家の評判を落とし、国に混乱を導くためにやった欺瞞であると喧伝させる事にした。


 具体的にはここの代官とハインリヒに街の一番の広場に民衆を集め、今回の一連の騒動についてのセレモニーをやらせた。

 まあ俺が散々殿下を街中で引きずりまわしている時点で隠しようもないし。

 そこにこの騒ぎを鎮圧した立役者としてサイードを表彰させ、騒ぎの収束を宣言。

 このマッチポンプな理由を声高に宣言してもらい、第一騎士団の鎧や恐れ多くも王家の家紋を偽造した不届きな賊であったと一席ぶつ訳だ。


 娯楽に飢えてる民衆は事の真偽なんかどうでもいい。

 実際ハインリヒの顔を誰も知らんからな。

 そんな底辺の平民が王族の顔なんか見る機会もないし。

 ただ敬虔な聖職者で、街の住人にもスラムの住人にも一目置かれているサイードが、王国やこの街を脅かす悪党どもを成敗した! ってのを素直に信じ、結果サイードは英雄扱いである。


 ただ英雄として矢面に立たせる為にこれをさせた訳じゃない。

 当然裏取引があってである。

 俺だけじゃなくサイードもハインリヒを裏で指示すると確約した。

 で、見返りとして、今回の騒ぎを鎮圧した功績に、ハインリヒの立太子または王の死亡で次期王に即位した後、このスラムを王直轄の特区として、サイードが代官になる事が決まっているのだ。


 そしてサイードには念願の孤児院をスタートさせる。

 要はそのスポンサーをハインリヒにしたって訳だ。

 これで懸案事項だった孤児院開院がクリア出来たのである。

 

 元々この街は貿易港のある商業都市であるし、領主と言っても代官に過ぎない。

 つまりここは王家の直轄地であり、王様の財布なわけだ。

 ここの税は国庫では無く王が自由に使える予算になるらしいし。


 そんな訳で結構な大事にはなってしまったが、サイードには念願の孤児院の開院が具体的になり、俺はこの街中に顔が売れた。

 まあハインリヒがこの後どうなるかは知らんが、少なくともベアトリスが今後安全だってだけで暴れた甲斐があるってもんだな。

 



 ☆



 突然だがあのポンコツ女ことシーナが居なくなってしまった。

 と言っても失踪した訳じゃない。

 屋台を休みにするってんで結構なお小遣いを渡していたが、そのせいで盛り上がったのか、彼女は長い旅行に行っちまった。


 行先はジルの故郷で、人間の足で片道1か月はかかるという。

 何でもジルが貴族から依頼された薬の材料がここらでは手に入らず、なら故郷の森に取りに行こうとなったらしい。

 それで懐の暖かいシーナが、父親に甘えたいからとついていった。

 なので暫く店番を頼めないのだ。


 まあ営業自体は不定期というかさ、そこまで根を詰めなくても良いスタイルだからいいのだけど。

 ルールの街は商業に特化した街であるからして、商人たちは忙しなく毎日を過ごしているが、ここの住人はのんびりしたもので、毎日真面目に店を開ける店なんかそう多くない。


 昼休みもくっそ長いからなあ。

 あれだな、地球で言うイタリアっぽい気質かもしれん。

 全体的にゆるーく時間が流れていて、あくせくしていない。

 まあ何かを買いたいと思っても店の開いている時間になかなかタイミングが合わずにイライラする事も多いが……。


 さてそんな風に時間の空いてしまった俺が何をしているかと言えば、鳥小屋に続いて内政っぽい事に手を出そうとしている。

 具体的には風呂に入りたい。

 地球と言うか、日本スタイルで、全裸でドボンするタイプの湯舟が欲しいのだ。

 なら作るかって事になった。俺の中で。


「クロお姉さまと一緒にお風呂に入れるのですねっ!」

「ちげえよアホか。風呂はのんびり一人で入る派なんだよ俺は!」

「えー……」

「えーじゃないっ! これは譲らんぞっ!」


 朝のお勤めを終えたベアトリスが横にいる。

 完全にロックオンされている。育て方を間違ったな完全に。

 そんな俺達は風呂を作ろうと街の木工所から買ってきた材木の山を眺めている。


 あれだね。完全に無計画に思いつくまま散財したねコレ。

 オークっぽい木が製材された状態のを20本くらい買ってきたんだけど、特に完成形をイメージした訳じゃない。

 というかとりあえずやってみるかとここに来たんだが、こういう事には素人の俺でも風呂は無理ってちょっと思い始めている。


 改めて考えてみるとだ、家の浴室とか、スーパー銭湯や温泉施設の内装ってどうなってるよ。

 タイルとか撥水素材の樹脂製だろう?

 タイルでも目地はきっちりシリコンとかでコーキングされているし。


 当たり前なんだけど自分で作るってなって初めて気が付いたわ。

 冬場の結露で窓の周囲がカビだらけになるけどさ、木材の部屋に風呂なんか作ったら、あっという間に木がダメになるだろうよ。

 駄目だぁ……詰んでるぅ~。

 

 それにあれって風呂の湿気対策もあるけれど、同時に熱を外に逃がさないって効果もあるよな。じゃないと浴槽に張ったお湯はあっという間に冷めるだろうし。

 なので普通の部屋に浴槽を置いても駄目だと思うんだ。

 後は排水関係だな。

 浴室の床って水平じゃ無く、水を流す方に向かって傾斜が微妙についているよね。

 そこに排水口があって、下水に流す。


 街でちっとばかりリサーチしたんだが、結構金持ちの家でも風呂は無い。

 地下で大暴れした領主の館にも風呂は無い。

 つまりそうそう作れる施設じゃないっぽいな。


 風呂って割とその手の小説とかじゃ定番の内政系だと思うけど、無理だわ。

 下水なんてないもんよ。

 じゃゴエモン風呂でもやるか?

 ドラム缶なんて洒落たもん無いし、鍛冶屋で作るのもなんか違うと思うわ。

 だったら浴槽作れって話しだし。


 うーん……これは困ったぞマジで。

 でも入りたいんだよなぁ……。


 ん? 待てよ。

 部屋をタイル張りにして風呂っぽい区画を作るのはやめて、風呂だけの建物を作ればいいんじゃね? まだ教会の敷地には空いてる場所も多いし。


 それに孤児院を近い将来開業するとして、まともな医療なんか無いここなら、ガキ共を風呂に入れるのは理に適っているよな。健康維持って意味で。

 ならばゴーだな。

 いっそサイードに頼らず、街の大工に依頼して作るか。

 その方が金を落とせるし。うんうん、そうしよう。


 計画はこうだ。

 風呂の為の建物を街の大工に作らせる。

 それと同時進行で、建物予定地の横に掘りを作る。

 勿論それは俺がハイエルフパワーで。

 スラムが街の外壁沿いにあるから、壁向こうにある川に繋げばいいのだ。

 そこに風呂の排水を流す。


 これなら教会を湿気でダメにする事無く風呂に入れる。

 まあ今日明日でどうこうって訳にはいかないが、きっとサイードも賛成してくれるだろう。

 なら思い立ったが吉日って言うし、早速動くか。


「よし出かけるか」

「お姉さまは全てが唐突ですわね……そして私はまたおいてけぼりなんですね」

「ショボンとするんじゃあないよ。普段着に着替えて来い。今日は連れて行ってやろう」

「や、やったー!」


 あれやね。そう言うリアクションを求めてたの。

 無邪気に笑ってぴょんぴょん跳ねてる今のお前みたいな。

 ふふっ、年相応って言うの?

 なんだか和むわー。

 転ぶなよ~なんつって。へへっ、いいぜ。


「ふふっ、クロお姉さまとのデートですわね……」


 うん、そう言うのじゃあないんだ……。

 やっぱ育て方間違ったなコレ。

 反省反省。



 ☆


「邪魔するよ~」

「お、また来たのか嬢ちゃん」

「ああ、ちょっと相談があってな」

「んじゃ茶でも出すからその辺に座ってくれ」

「了解っと。ほらビー、そこらの荷物蹴りよけて座れ」

「ご、豪快ですわね……」


 返す刀でやってきたのは鍛冶屋の隣の木工所だ。

 山から運ばれてくる材木を建材に加工するのを生業としている。

 と言っても結構な広さの倉庫だな。


 内装は無骨なもので飾り気は無く、いくつもの作業台と建材の積まれた棚。

 作業台では幾人もの職人が忙しなく働いている。

 ここには鳥小屋の時もそうだし、俺の屋台を作る時にも世話になっていて、なんだかんだで結構足を運んでいるんだ。


 俺に声を掛けて来たのはここの棟梁であるジョルジュだ。

 50絡みの小太りのオッサンだが、ハゲの癖に服のセンスが良くて中々様になっている。

 空色の作業服で首元にスカーフ撒いてんだぜ? 伊達男って感じだな。

 俺はそこらに積まれた木材の上を手で払って腰かける。

 ビーは恐々と俺のマネをして座ったが、苦笑いしてら。

 

「おう、お待たせ。何とかって葉っぱの茶だがうめえぞ」

「適当かよ。ってこれ紅茶じゃん。流石あこぎに稼いでますな親方」

「人聞きの悪い事言うんじゃねえよ。で、今日はどうした?」


 戻ってきた親方は紅茶の入ったマグカップを寄越した。

 砂糖もミルクも無いのが親方らしいが、飲んでみると普通に美味いし香りも強い。

 

「実はな、教会の裏に結構な建物を建てようと思っているんだけど、今時期手の空いている職人を紹介してほしいんだ。仲介料はあんたの裁量に任せるけど、腕は確かで面倒臭い注文でもやってくれそうなやつがいいな」

「ほー……嬢ちゃんの事だ、金の事は心配してないが……うーん、今時期は結構で払っているんだよなぁ。ほら、もうすぐ秋だろう? 冬を前に家の直しを頼む奴が多いのさ」

「あーなるほどな。けど親方の顔の広さなら誰かいるだろう?」


 この辺は海の傍だから、冬に雪は降らない代わりに強風が凄いんだ。

 なので雨漏りや隙間風を今時期に直す奴が多いという。

 

「まあいるっちゃいる。そいつは偏屈だが、新し物好きだから、嬢ちゃんのけったいな注文も喜んでやるだろうな。ただ……」


 にやりと笑って言いかけた親方は、途中で顔を曇らせた。


「ただなんだ?」

「うーん、そいつドワーフの職人なんだ。気に入った仕事以外やらねえって頑固な奴だが、仕事だけは確かだ。領主館の屋根みたろう? あの絶妙な曲線のついたやつだ。あれもそいつ、ギダルの仕事さ。でもなあ嬢ちゃんはエルフだしその辺どうかなってな」

「ああ、エルフとドワーフがソリが合わねえってやつか? 俺は小粋なハイエルフだから関係ないさ。偏見もねえしな。仕事さえできるなら魔王だって構わないよ」

「ハッ、相変わらず太いこって。んじゃ一筆書くから直接行ってみな。ギダルの工房は街の北門を出て直ぐにある林の中にあるからよ」

「悪いね。んじゃ上手い事話しが纏まったら手間賃払うわ」

「毎度。あんた程ゼニ離れのいい客もそうそういないな。建材は是非うちで頼むわ」


 それで話は纏まった。

 ビーは親方と俺の会話のアダルトっぷりに一言もしゃべらなかったな。

 借りて来た猫みたいで可愛いが。


 俺は書きつけを貰うと、ビーの手を引いて北門へ向かった。

 北門ってのは街の北西側にあるゲートで、その先には基本何も無い。

 ただ山に続く森が広がるだけで開発はされていないのだ。

 そんな場所に工房を持つって相当変人だな。


 とは言え仕事が確かならなんでもいいさ。

 俺の手をニギニギしながら機嫌良さそうについてくるビーを揶揄いつつ、俺は散歩気分でゲートを潜った。

 いいよね、こんな穏やかな日常ってやつ。


 毎日何かしらの仕事をしたり、誰かの手助けをしたり。

 何だか生きてる! って実感があるというか。

 まあ天使のような彼女を作る的なアレは当分ないだろうけど。

 

「なあビー。親方とクールに交渉する俺に見惚れてただろ?」

「……え? あ、いえ、大人の方と会話をしているクロ姉さまってシーナさんが言ってた通り、おじさんっぽいなーって思ってたのです」


 あ、そうっすか……。

 うーむ、やっぱこう威厳が足りないのかな?

 どうにか変態巫女イーシャみたいなボインボイン姉貴的なボディになりたいと切に願う俺であった。



 ☆


 北門を抜けた先には確かに工房らしきものは見つけた。

 ただこれは工房か……?

 ただのボロ屋じゃねこれ。

 前世でよくやっていたPCゲームでは序盤に誰でも作る粗末な家、豆腐ハウスなんて言われてたが、まさにそんな感じ。


「……ボロくね?」

「お姉さま、その、言い方が……」

「いやぁだって、コケだらけじゃんこれ。石を積んだだけのデカい箱だろコレ」

「ま、そうとも言えますが」


 ベアトリスも苦笑いだ。

 うーむ、森の切れ間みたいな広場に鎮座するグレーの正方形。

 ゴツゴツした見てくれに緑色のコケの差し色がってそんな上等なもんじゃねえ。

 しかも入り口だろう両開きのドアはあるが、それ以外に窓らしき物もない。

 とりあえずビーにすこし離れてろと後ろに押しやり、俺は恐る恐るドアを開けた。


「誰かいるかい?」

「…………ッ!?」

「なんかくせえな……って死にかかってるぅ!?」

「えっ!?」


 中は酷いもんだった。

 何かが腐ったような臭いがひでえ。

 窓は無いが中は明るい。

 それは天井が吹き抜けで、ガラスじゃあないが、白く濁った半透明が屋根板になってるから採光は良さげ。

 ただその光に照らされた所に仰向けで倒れている小さいオッサンがいた。


「ちょ、おい、アンタがギダルか? どうした? 病気か?」

「……った……」


 慌てて近寄り揺り起こすと、瞼がピクピクして少し動いた。

 ドワーフって感じの立派なヒゲだが、何故かガリガリに痩せている。

 頬を加減して叩くも、何やらボソボソ言ってるけど聞き取れねえ。


「何だって? もう少し大きい声で頼むよ」

「……った、腹ァ……減った……」

「はっ?! 腹が減ったってまたベタな……おーし待ってろ。良いモンをやろう。ほら喰え。遠慮すんな」


 何だよ腹減ってんのかよ。

 こんなガリガリになるまでって。

 断食でもしてたのか?

 

 とりあえず腹が減ってるなら丁度いい物があった。

 弱ってるから無理やり食わすか。

 俺はポシェットから美味そうに湯気を立てている串焼きを取り出した。

 それをオッサンの口に突っ込んでやった。

 

「モガッ!? モガガガガッ!??」

「ハッハッハ、美味いか? 遠慮すんな! まだまだあるぞ!」

「モガガガガガガッ!? グハッ!! こらクソエルフ、殺す気かッ!!」

「おー元気あるじゃないの。ほら喰え喰え!」

「ちょ、お姉さま! そのお方の顔が青くなってますよっ!?」


 まあとにかくそうして、死んでない事が判明したし良いじゃないの。

 ドワーフが簡単に死ぬかよ。

 サイードが言ってたもの。

 ドワーフはゴキブリ並にしぶといって。



 ☆


「あー……死ぬかと思ったぜ……お前さん、見た目に似あわずエグいな……」

「そんな褒めるなって。ほらまだあるぞ。好きなだけ喰え」

「お、おう……悪いな。半月メシを食ってなかったんだわ」


 その後落ち着きを取り戻したギダルは、ポシェットの中の屋台料理を貪るように食って人心地着いたようだ。

 

 事情を聞けばしょうもなかった。

 仕事をえり好みしてたら貯蓄が尽きて今日のメシも覚束無い程に食い詰めた。

 流石にこれはヤバいと思ったギダルは、森に生えていた美味そうなキノコを食ったらしいが、満腹になったと思えば急に意識を失ったという。


 青くて綺麗だったから美味そうだったとか言うけど、完全に毒キノコだろそれ……。

 味は結構イケたらしいけどさ、野生児すぎひん?

 結局ギダルは俺が買いためていた屋台料理の殆どを食いつくしたわ。

 ドワーフの胃はどうなってんだよマジで。


「ふぅ~いや~助かったわ。で? ハイエルフがこんな場所に何の用だ?」

「ああ、それな。木工所のジョルジュから紹介されたんだわ。ほれ、これが紹介状だな。ちょっと変わったモンを作ってほしくてな。偏屈だが腕はいいって聞いたから頼めるかい?」

「あ? 家建てるくらいのモンなら街の職人に頼めよ」

「んー家とは違うんだよな。まず話を聞いてくれ────


 食べ終わった串焼きの串を名残り惜しそうにしゃぶってるギダルに本来の目的を話すも、仕事を頼みたいと言った瞬間あからさまに面倒臭そうな顔になった。

 まあこいつが言うように普通の家なら別に誰でもいいんだよ実際。

 でもそれならサイードで事足りるが。


 なのでまずは話してみる事にした。

 考えているのは日本で言う銭湯だ。

 男湯と女湯にわかれていて、広い脱衣所がある。

 その先には広い洗い場があって、広い浴槽がある。

 いわゆるベタな銭湯だな。


 番台と脱衣所は床がフローリングで壁に埋め込みにした棚を作って籐カゴを入れる。

 まあそこに脱いだ服を入れる感じで。

 

 洗い場とか浴槽とかは全部タイルを張る。

 後は壁の絵もいるな。

 浴槽は男湯も女湯もライオンみたいな湯の出口を作ってだ、裏の釜から沸かしたお湯を送る感じにしたいな。


 ただ問題は温泉じゃないから無尽蔵なかけ流しは出来ないだろう。

 となれば上手い事湯を循環させなきゃいかん。

 つまりは建物だけじゃ無く、お湯をどうにかする設備込みで作らないといかん。

 鉄を使う部分は鍛冶屋のオッサンにも協力を仰ぐ必要があるだろう。

 当然汚水を流すための設備もいるだろうし。


 まあそんな構想を、地面に棒で絵を描きながら説明したのだが。

 話の途中でギダルの目が爛々と輝きだした。

 どうやら興味を持ってくれたらしい。


「おいクソエルフ、報酬はいくらでもいい! 俺にやらせろっ!!」

「お、おう、ぐいぐい来るのな」

「ギ、ギダルさんっ! 私のお姉さまに気安く触れないでくださいましっ!」


 結局、ちっさいオッサン事ギダルにベアハッグされ、それを阻止しようとビーが喚くという謎の茶番が続いたのである。

 因みにまともに話しが出来たのは小一時間先の事だった。


 まあ掻い摘んで言うと、ギダルは依頼を受けた。

 しかも俺が思うよりもずっと、あんな大事になるなんてなぁ……。 

 俺はここにきて、異世界の非常識さを身をもって知る事なったのだ。




────――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


 今回あまり推敲してません。

 仕事が忙しいのでやっつけです。

 その内直します。

 正直あまり話の繋がりとか気にせずに書いてしまったです。

 以下ここまで解説的なあとがき


王子相手に大立ち回り!からの貴族と絡むルート――――にはせず、相変わらず街に引きこもるクローディアであった。


今回の構想としては、チートだからって漫遊記する必要ってあんま無いよねってポイントでした。

一定以上の力量を持つワンマンアーミーだと、本編で描写した様に、襲われようが各個撃破で対応は出来るかなーと。


結局刺客を送る度にすり潰された結果、手駒だけが減っていくってのは向こうのストレスも大きいかなと考察。


クローディアの中の人は最悪逃げだせばいいというのが前提にあるので、実はあまり土地に固執していないのです。


テンプレをやりたいとは思うんだけど、ご都合主義のさじ加減が作者には難しいので、この作品での主人公は相撲の大横綱の様に相手を受けきり、その上で己を通すというのがコンセプトかもしれませんネ。


安易に色々食い散らかす方が読者受けは良いのは理解していますが、どうも私には無理そうなので、基本まったり路線で今後も行こうと思います。

勿論王族と絡ませたのは、将来的には回収しますけれども。


当面はスローな進行で、教会を中心にクローディアの居場所を固める話になるかと思われ。

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