オッサン、パーティ追放、チートスキル、スローライフ・・・あとはわかりますよね?

重石昭正

懲戒解雇ではない、自主退職なんです

「もう限界だ! なんで俺たちが、こんな足手まといのオッサンかばいながら戦わなきゃならないんだよ!」


 パーティの前衛である剣士テシカン・マキザシァが怒鳴った。

 私たちのパーティの前には、鳥と蛇と猫を混ぜ合わせたようなキメラが倒れている。

 キメラの体躯は小山のようで、よくもこのような大物を仕留められたと感心しているのは私だけのようだった。


「まあまあ、そういうなよ。これも神託なんだ。このオッサンがいないと、俺たちは魔竜を倒せないらしいんだぜ?」


 魔術師のクデンヤ・ケンランコーオが、ニヤニヤしながらテシカンをなだめる。

 後衛のクデンヤにとっては、時には自分を大楯でカバーしてくれることもある私はそれほど負担にはなっていないらしい。


「たしかに5人のパーティで、一人が完全に戦力外というのには大きな問題がありますね」


 槍使いのウゼ・ツォフノーがテシカンに同意する。


「ヴィーネ神の神託は絶対です」


 神官のビッデ・ビシネリが低いがよく通る声でいった。


「まったくの役立たずのように思えても、神の言葉は絶対なのです。ロワさんは魔竜を倒すのに絶対に必要な存在なのです」


 散々ないわれようなオッサン、ロワというのが私である。

 来年には40になる、畑を耕すしか能がない男が、ヴィーネ神殿で世界を滅ぼす魔竜を倒す救世主であるとの神託を受けたのが1年前。

 それ以来、私はこのパーティの一員として魔竜を探す旅に出ている。

 しかし、当然ながらただの農夫である私が、ヴィーネ神に戦いの贈物ギフトを与えられた勇敢な戦士たちとともに戦えるわけもなく、さきほども身を守るために与えられた大楯を持ってチョロチョロしたあげくキメラの注意を引いてしまい、それをカバーするはめになったテシカンの怒りをかってしまった次第である。


「ロワさんには神が与えたもうた、支払ペイという贈物ギフトがあります。この贈物ギフトが魔竜を倒すのに役に立つはずです」


 神官のビッデはあいかわらず熱弁をふるっているが、ビッデ以外にこのパーティーでそれを信じているものはいない。私も含めて。

 贈物ギフトというのは、ヴィーネ神から与えられた特に優れた才能のことであるといわれている。

 剣士のテシカンには剣の達人ソードマスターという贈物ギフトがあり、クデンヤは呪術師スペルマスターという贈物ギフトを持つ。

 ウゼは普通に槍を使うのもうまいが、槍投スピアチャッカーという贈物ギフトを持つことからわかるように、必殺の槍投擲をおこなう。ビッデは自分の贈物ギフト神への絶対帰依ディボーションといっているが、本当かどうかはわからない。なぜなら、贈物ギフトを読み解くことができるのはヴィーネ神殿の神官だけで、一般人である私たちにはその真偽を判別する手段がないからだ。


「いいだろう。百歩譲って支払ペイという贈物ギフトが、魔竜を倒すのに絶対に必要だとしよう」


 いつもなら、グデンヤやビッデになだめられ渋々ながらも引き下がるテシカンだが、今日は違った。


「このままだと俺たちは、間違いなく魔竜を見つける前にこのオッサンのために全滅する。今日だって、こんな雑魚キメラを倒すのに俺は危うく死にかけたんだぞ」


 テシカンのいうことは、まったくそのとおりで、先ほどはキメラの前腕の攻撃から私をカバーするために危うく蛇の尾からの攻撃を受けるところだった。


「あるいは、魔竜を倒すために必ず必要になるこのオッサンが死ぬ」


 テシカンは私を指さし、他の3人もこちらをみつめる。

 しばらくの沈黙のあと、魔術師のクデンヤが口を開いた。


「ロワのオッサンはどう思ってるのよ?」


 バカにされるのには慣れているし、若造にオッサンよばわりされても、これほどの贈物ギフトを持つメンバー達が相手ならしかたないと割り切っている。そしてなにより、このような冒険を続けていると、そう遠くないうちに死ぬことになるという確信もあった。これはある意味でチャンスかもしれない。大きく一つ息をついてから、絞り出すような声でいった。


「じ……自分でも、これ以上は……ちょっと無理かなって……」


 話はとんとん拍子に進んだ。

 一年ほどの旅の中で、ヴィーネ神殿にとっても未知であった支払ペイという贈物ギフトがどんな力であるのかわかるか、私がメキメキと急成長するようなことがあれば、また話は違ったのかもしれない。

 ほんの数日で、ハリシルという近くの町を支配する大貴族であるレンユミネ伯のところに一時預けられることに決まった。

 このままでは、いずれ誰かが大ケガするか、私が死んでしまうと思っていたらしい。

 今のところ役に立たない存在であっても、魔竜を倒すために私の支払ペイという贈物ギフトが必要になる可能性がある限り、私を自由にするわけにはいかないことは誰にでもわかる。ただ、4人が理解していなかったのは、今まで自分たちのいいなりであった40近いオッサンが、パーティーからだけでなくレンユミネとかいう伯爵からも逃げ出そうと考えているということだった。


 もちろん4人には感謝している。

 農家の次男坊として、けっして見ることのできなかった場所にいき、考えもしなかった食べ物を口にし、信じられないような人たちと出会うことができた。

 ふつうの農家の次男は、あくまで長男の予備であり、長男が嫁をもらって子どもが生まれれば役目を全うとうする。そのあとはタダでこき使える奴婢ぬひと同じ。

 三男や四男ははじめから口減らしで、わずかながらの現金のために奉公にだされるから、才覚があれば伴侶を見つけ、それなりの人生を送ることができるぶんマシかもしれない。

 次男であっても見た目がよいとか、頭が良いといった何か取り柄があれば婿にむかえられることもあるのだろうが、私にはそのどちらもなかった。

 しかし、広い世界を見知ったがゆえに、私は死にたくないと思うようになった。

 そもそも支払ペイという贈物ギフトの名前からして、私が魔竜退治の生贄にされることはまちがいないと思っていた。戦いの役には立たず、魔法も使えない農民が、どうやって魔竜を倒すのだろうか。きっと自分の命を支払ペイして、魔竜を倒すとかそういうたぐいの贈物ギフトに違いない。

 一年間の旅の中で、私はそれをますます確信するようになっていた。

 世界が救われても、私が死んでしまえば意味がないのではないか。

 世界のために命を投げ捨てるような英雄の魂は、ヴィーネ神とともに天国で永遠の幸福をえるというものもいる。

 それが真実なら、私は喜んで命を捨てるだろう。

 誰も天国があることを約束してくれないなら、少しでも長く生き延びたい。

 好きなところにいき、好きなことをして、好きに生きてみたい。


「ロワ様、今日はこの宿場町に一泊します」


 警護の兵士に声をかけられ、我にかえる。

 ハリシルへ向かう馬車の乗客は私一人で、御者と兵士が御者台に、警護の二名が馬車の後ろから馬に乗ってついてきていた。警護するとともに、私が逃げ出さないようにという見張りも兼ねているのだろう。

 私がいま、どのあたりを進んでいるのかわからないし、ハリシルまで何日かかるのかもきかされていない。そもそもハリシルなんていう町の名前も、生まれて初めてきいたのだ。ハリシルという町が存在しているかどうかも怪しいと考えるのは、疑いすぎだろうか。

 だが、そんなことはもうどうでもいい。ハリシルという町に着く前に必ず逃げ出してやる。

 自分自身の人生を取り戻す。

 このためにコツコツと準備してきたことは、誰にも気づかれていないはずだ。生贄の山羊も、自分が殺されることがわかっていれば逃げ出すのだ。

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