落ちこぼれの女の子が史上最強の魔女に弟子入り
百合好きマン
第1話 落ちこぼれの少女
この世界は力のないものには限りなく冷酷であるーーというのがクロナ・ディオドールの思想であった。
いや、それは彼女に限らず誰もが内に秘めた思想ではあるだろう。だが、クロナにとってはその思想は常に意識せざるを得ないものとして身近に存在していた。
というのも、彼女は力を持たない立場にあるからだ。
彼女は弱い。非力とかそういう肉体的な弱さではない。むしろ、肉体的には至って健康的で、その身の基礎能力も世が違えば天性のものとして輝いたことだろう。
だが、にも関わらず彼女が弱者として扱われていることには理由があった。
それはこの世界に満ち溢れた魔法といわれる奇跡の技術……、それが原因だった。
端的に言ってしまうと彼女はその技術を扱うことができない。
無論、知識不足というような単純な話ではない。そもそも扱うことができない。
理由は分かりきっている。魔法とは魔力というエネルギーを使い、発動させるものであるが、彼女の体にはそのエネルギーそのものがない。
なので彼女は魔法を発動させることができず、また誰もが当たり前のように出来ることを出来ない彼女は、無能な落ちこぼれとして扱われるようになった。
「あはははははは! おら、早く立てよ!」
だが、彼女の不幸はそれだけではなかった。
「……げふっ、ごめ……なさ、……許して」
腹部を抑えながら無様に地を転がり、懇願するクロナの真の不幸は、その生まれた家庭かもしれない。
彼女の家は貧乏というわけではない。むしろ逆だ。
彼女は八大貴族『ディオドール』家の宗家の長女として生まれ落ちた。
それが彼女にとっての一番の不幸だった。
「あ? おいおいなんて言ったんだ? 聞こえねえよ、はっきり喋れよ!」
彼女の鳩尾に靴の先がめり込み、みしっと嫌な音が体内を駆け巡る。
「……がっ!!」
鳩尾を蹴り飛ばされたせいか、彼女は呼吸困難に陥り、水槽から追い出された鮮魚のように地べたを転がり回る。
彼女は貴族の生まれだ。その生まれた環境のせいで今こうして理不尽な暴力の苦痛が彼女のことを襲っている。
「……ぁ、が」
別に無能な落ちこぼれだからと両親から虐待されているわけでもない。兄妹から虐められているわけでもない。かといって使用人の鬱憤晴らしに使われているわけでもない。
全く身内とは無関係な人間からの暴力だが、しかし原因は彼女が貴族であることにあった。
貴族とは要するに上流階級の金持ちだ。しかも、その中でもさらに優れた貴族であるディオドール家。その時点で一般にとっては妬み嫉みの対象になる。
だが、上流階級であるということはそれだけ権力を持っているということなので、まず一般では手を出すことはできないだろう。当然だ。もしも嫉妬に駆られて手を出せば、必ず報復が待っていることだろう。
だが、そこで彼女だ。
クロナは確かに貴族ではあるが、無能で落ちこぼれ故に親から見放されているといってもいい。
なので彼女をどれだけ痛め付けても、貴族による報復はない。
つまり一般の貴族に対する嫉妬の捌け口が彼女へと向かったのである。
それが彼女の不幸であった。
(もう、嫌だ。どうして私ばかり)
蹴られた部分を抑えつつ必死に息を整える。
身も心もボロボロである。
「くく、ははは、はぁー、今日もスッキリした」
彼女に暴力を振るってた連中の一人が大きく伸びをして、笑いながら言った。
「さあ、帰るか。なあ帰りにどっか寄っていかね?」
「いいね! あたし肉食いたい」
「おっ、じゃあ肉にすっか」
ストレス発散を終えたのかいじめっ子たちはゾロゾロと引いていく。
が、未だ痛みの引かないクロナはその場で蹲ったまま立ち上がらない。
そんな彼女に、彼らの一人が最後に言う。
「じゃーな、クロナちゃん。また明日も頼むわ」
と。
それからどれだけ時間が経ったのかは彼女には分からない。
被虐の途中で時計式魔道具も壊された為、正確な時間を知るための術が今の彼女にはなく、ただ茜色に染まった空が彼女に日没であることだけを分からせる。
「ぅ、ぐ、ゲホッ」
ゆらゆらと立ち上がり、白い制服についた砂利を手で軽く叩き落とす。
「……また制服が汚れちゃった。明日も学校だし、早く洗わないと」
ふらふらとなりながらも彼女は歩き出す。
足を動かす度に体の至る所から鈍痛が滲み出し、途中途中で適当な外壁に寄りかかって休憩する。
すれ違う人達からは奇妙な目で見られたりしているが、それらを無視しつつただ帰路へとつく。
そうしてしばらく歩いていると彼女は、信号へと差し掛かり、立ち止まった。
立っているだけでも辛く座り込みたい衝動に駆られたが、彼女は何とか耐えつつも信号が変わるのを待つ。
と、その視線の端を黒い何かが横切った。
「……え」
驚き、その黒い何かを目で追った。
「にゃあ」
それは金と銀で両の瞳の色が異なる不気味な程の黒い毛並みの猫だった。
(……変な猫)
クロナはその猫の小さな姿を目で追っていると、そこで一つのことに気が付いた。
「……って、あぶない!」
とてとてと信号を無視して行こうとする黒猫の小さな背中に伸ばす。
ズキンと肋が痛むが、そんなのは気にしてる余裕はなく、ただ反射的にあの黒猫を助けるためだけに手を伸ばしていた。
「にゃ?」
がしっと黒猫を掴み、自分の方に引き寄せるクロナ。
突然のことに黒猫は頭の上に?を浮かべて小首を傾げる。
「、いったぁ」
引き寄せた勢いのまま尻餅をついたクロナは、その際の衝撃で再燃した全身の痛みでのたうち回りそうになる……が、何とか耐えて、涙目のまま胸元の黒猫を睨む。
「あの、あぶないですよ。赤信号は止まれ、です!」
そのまま説教を垂れ、びくっと黒猫は驚いた。
「あ、ごめんなさい。っていうか猫に言っても分かりませんよね」
クロナは猫を抱えたままゆっくりと立ち上がる。と、それと同時に信号が青に変わった。
「とりあえず向こう側まで送りますよ」
クロナは信号を渡り、渡り切ったところで猫を手放した。
「いいですか。もう二度と信号を無視してはいけませんよ」
言っても分からないだろうと理解しつつも一度そう注意をして、それからクロナは歩いていく。
その後ろ姿を黒猫は金と銀の瞳で見送った。
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