第28話 パーティーグッズ

 決意の日の晩餐は、最初はお通夜のような雰囲気で始まった。主催者であるガレアッツォとコンラーツィアが落ち込んでいたからである。

 あの後、ウォルフガングは自室で当面、謹慎処分になり、総督と第二夫人に対する叱責はブランシェットが行った。

 イルモーロの宮廷を知る彼女からすれば、今の宮廷の気の緩みようは信じがたいほどだった。もちろんこうなったのにはそれなりの理由がある。

 イルモーロの戦死と言う非常事態を受けて、ブランシェットを含む宮中貴族の大物たちが、一斉に隠居したからである。戦犯とまではいかなくても、ラインハルト王からすれば、自分に敵対したイルモーロ総督を支えた者たちだ。

 人事を一掃することで、スーペルビアは、新王への誠意を示さなければならなかったのだ。

 穴埋めをしたのは、若い世代や伯家から提供された人材たちだったのだが、彼らは総督家の統治に不慣れであった。

 ウォルフガングのことも、しょせんは伯家のうちうちなら子供にありがちないたずらで済ませることが出来るのだが、ウォルフガングは総督子である。これから付き合う相手は他属州の総督子や王族になる。ちょっとしたいたずらが「国際問題」になりかねないのだ。

 伯家の子供であれば、転移陣のことも、そもそも利用が許されないので、今回のような「叛逆罪」になりようがない。


 ガレアッツォは10歳まで、スーペルビア城で育ち、その後、将来の婿養子になる予定でファーレンべジア伯家に移動した。貴族学校でも「伯家の子弟」として通っていて、総督子扱いをされていない。貴族教育は伯家子弟としてのものしか受けていない。


 ガレアッツォとコンラーツィアを別室で叱責するにあたって、ブランシェットはまず謝罪から始めた。グィネヴィア王女の側近だったブランシェットは、いくら要請されても当時の情勢的には身を引くのが最善と判断した結果、宮中から下がったのだが、教育掛かりとして残るべきだったかも知れない、と後悔の弁を述べた。


「スーペルビア宮廷は総督家の水準に達していないね」


 ブランシェットははっきりとそう言った。ガレアッツォが早めに他属州から総督妃を迎え入れていれば、その総督妃が建て直していたはずだが、第二夫人には手に余ることである。

 マーヤの下に伺候して短い期間の間ですら、ブランシェットが気づいた諸々を具体的に事細かく、ブランシェットは指摘した。事情を考えれば、総督家の規律が弛緩していることについては、ガレアッツォには同情的になるべき点が多々あり、今更それを責めるつもりはないが、とブランシェットは言う。


「しかしながらね、前総督の総督子であるマーヤ様をカエルで脅かそうとするなんざ、ウォルフガング様も大概だね。あなたたちは気づいていなかったかも知れないけど、私が抑えていなければゼックハルトが斬りかかっていたよ」


 ブランシェットは言う。マーヤはみだりにカエルであっても命を危険にさらしたことについて怒っているようだけども、本当の問題点は、イルモーロの子をガレアッツォの子が侮辱したと言うことにある。

 子供のいたずらで許されるのはせいぜい5歳6歳まで。

 13歳からは準成人なのだ。

 世間はまさか総督子であるウォルフガングがそこまで幼稚だとは思わないはずだから、意図的な侮辱であると解釈するだろう。


 マーヤはインヴィディア総督子の孫になり、ルクスリア総督子の曾孫になる(リヒトホーフェン伯夫人アンジェラの母親がルクスリア総督子であるため)。ルクスリアはともかくインヴィディアは黙ってはいないだろう。マーヤが騒ぎ立てればそう言うことになる。


「ウォルフガング様の側近は総入れ替えするのが、マーヤ様が言う通り、一番だね」


 今、側近を形成しているのは、子供の世代ではマーヤとウォルフガングだけだが、ウォルフガングは、好みで選んだ結果、遊び相手にしかなっていない。

 ウォルフガングは実は、座学の成績は良い。12歳としては上位にいる。だからガレアッツォは安心していたのだが、問題は座学以外のところにあった。


「ブランシェットがついてくれるわけにはいかないのでしょうか」


 コンラーツィアがすがるように言ったが、ブランシェットは首を振った。


「私はマーヤ様の臣下だからね」


 とブランシェットははっきり断った。しかし早急に進められる人選に関しては協力を約束した。


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 そう言う次第で、今まで見えていなかった落ち度をはっきりと指摘されたことで、ウォルフガング不在の晩餐会では、ガレアッツォとコンラーツィアは目に見えて落ち込んでいたのだが、メイフェアは、ウォルフガングをやり込めたことで上機嫌だった。

 マーヤのことはお姉様、と呼び愛想よく振舞う。

 下の子たちとはうまくやっていけそうで、マーヤはほっとした。


 食事中はともかく、歓談の席ではメイフェアは四六時中しゃべり続けていた。とにかく座持ちがいい子である。なにか1つ話の種があればそれを100にも200にも膨らませることができる少女だった。

 ジギスムントとデジオも、マーヤが優しいお姉さんだと言うことが分かったので、失礼にならない程度にまとわりついていた。


「ゲームを考えたのよ、オセロをお願い、フェルカム」


 マーヤはそう言って、用意させてあったオセロを、フェルカムに持って来させた。

 リヒトホーフェン伯領は工芸の盛んな土地である。「こう言うゲームを思いついた」と言うことにして、マーヤは、リヒトホーフェン伯に頼んでオセロの試作品を作らせていた。


 精緻な木工が施され、漆塗りされたオセロ盤であり、枡目地は青いフェルト生地が貼られている。オセロの石は、半面が灰色の大理石が貼られ、もう半面では漆黒のオニキスが輝いている。両面に金字でスーペルビアの紋章が描かれていた。


「贈答品としてどうかと思って。インヴィディアだったら州石がアイオライトでしょう? オニキスの代わりにアイオライトを使えば、それぞれの属州への贈り物になると思ったのよ」


 メイフェアに説明しながら、メイフェアに言う振りをして、興味深げに見ているガレアッツォに、マーヤはそう伝えた。


 試しに1局と言うことで、メイフェアとやってみて、マーヤはメイフェアに花を持たせた。メイフェアは、きゃっきゃと喜んでいた。ルールはすぐに理解したようである。

 ジギスムントとデジオが、「僕も僕も!」と言うのでやらせてみるのだった。


「こんなものを作っていたのか…」

「どうでしょうか? 貴族学校では社交も必要になると聞いたものですから。スーペルビアの工芸力も示せるのではないかと思いました」


 フェルカムが手配して、それ以外の「廉価版」を5セット、運ばせた。「廉価版」の方は高価な素材は用いていない。

 そちらの方で、ガレアッツォとコンラーツィアもゲームをやってみる。


「これは、単純だがなかなか奥深い」

「高価な贈答用の物は、各属州、王家向けにそれぞれ数セット、リヒトホーフェンで作らせています。ヒースクリフが王都に帰任する際に持ってゆく手配になっています」


 一度遊びだすと止められない中毒性があるゲームだ。


「このスーペルビア仕様1台と廉価版5台は、叔父様に差し上げます。追加発注はリヒトホーフェン伯家にお願いします」


 マーヤはにっこりと微笑んだ。

 オセロと言えば、石色は白黒だが、それをそのままは使えない。黒はスーペルビアの州色であり、白はルクスリアの州色だからである。

 そのため、片方の色をどの州色ともかぶらない灰色にした。そして片方の色は、贈る相手の州石にすればいい。

 インヴィディアは濃い青紫、グーラはモスグリーン、ピグリティアは空色、イーラは薄いピンク色、アヴァリティアは赤、そして王家は黄色である。

 著作権も無い世界で、簡単な機構の物なので、どのみち模造品は大量に生じるだろうが、純正品であることを示すために、石の灰色面に、マーヤは金字で、スーペルビアの紋章を描かせた。紋章を偽造すれば死罪である(総督家が贈答用に他総督家および王家の紋章を描かせることは認められている)。

 灰色面の反対側の色は、それぞれの州色を用いても良いが、州石を嵌めこんでもいい。

 スーペルビア仕様の場合は、オニキスは州石なので、黒光りするオニキスが嵌めこんである。そのオニキスの上に、そこにもスーペルビア紋章が金字で描かれていた。

 仮に模造品が出回るとしても、貴族は沽券にかけて、純正品しか使わないだろうから、スーペルビアに発注するだろう。それは最終的にはリヒトホーフェンの工芸産業を潤すはずである。


「このゲームはスーペルビアの武器になりましょうね」


 ブランシェットが、ガレアッツォにそっと囁く。

 ブランシェットも驚いている。境遇の変化があってからわずかしか経っていないのに、マーヤは、スーペルビアの国益を考え、実家となるリヒトホーフェン伯家の利権を確保したのだった。

 

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