第13話 フェルカムの思惑
城に戻って直ぐ翌日には、総督ガレアッツォは、領軍・護民官を通して、レニングス兄妹の供述調書を得ている。レニングス兄妹には、マーヤの身柄は今後総督預かりとすることを早々に通達した。
「該当者の証言を得られました」
「随分早いな」
総督執務室に入ってきたフェルカムに、ガレアッツォは驚きながらそう言った。
「注意観察対象の人物だったので、居住地などはあらかじめ調べていましたので」
「注意観察対象?」
「私が個人的に注意観察していたのです。前総督妃に仕えていた側仕えはそれだけで裏の事情を知っている可能性が高いですから。前王家関連で何か動く可能性があると考えていました」
前総督妃グイネヴィアは、死の7ヶ月以上前に大量の側近たちを異動させている。手元に残されたのは最低限の要員のみであり、いずれも王家から連れて来た者たちばかりであった。
おそらくはその時点ですでに敗戦を覚悟していて、最終的には自決を覚悟していて、人的損失を最低限にするために、実家から連れて来た者たち以外は早々に遠ざけたのだと考えられていたのだが。
そこには更に妊娠を気づかせないと言う意図があったのかも知れなかった。
その際に異動になった元側仕えから、フェルカムは細かく事情聴取を行い、その側仕えが「もしかしたら」と総督妃が妊娠している可能性を考慮したことがあるとの証言を得た。
「状況証拠としては、かの娘、いえ、マーヤ様がイルモーロ様とグイネヴィア様のお子であると断定して差し支えないかと」
「そうか ― 」
ガレアッツォは目を閉じて考える。
「いかが処遇なさいますか?」
「ジークフリート王家の王位継承権を持つ最後の王女 ― 。危険だとは思わぬか?」
ガレアッツォはじろりとフェルカムを睨む。
「さりながらあの膨大な魔力は得難い貴重な人材かと。成長期前の今ですらあれほどならば、おそらくは成長の暁には伝説の大賢者様にも迫られるのではないかと」
「その貴重な魔導師が同時に王位継承権を持つ王女である。なおのこと危ういとは思わんか?」
ガレアッツォは威圧するかのように、指で机を叩いた。
「どうした、フェルカム?」
「はっ?」
「いつものおまえならば真っ先に私が指摘した危うさを言うはず。おまえも、兄上の、イルモーロの子を殺すのはしのびないか?」
「…」
親衛隊長のゼックハルトがそうであるように、フェルカムもイルモーロに見いだされた男である。上級貴族でありながら、フェルカムの父は、暴虐があったとして、処刑された人物であった。平民だけでも百人以上が殺害されている。被害者が平民だけであればおそらくは処刑にはならなかっただろうと言う点がこの国の暗部なのだが、フェルカムの父は下級貴族の娘まで、性的趣味のために殺害に及んでいた。
フェルカムの母は犯罪者の妻であることに耐え切れず、自殺した。
フェルカムは後ろ指をさされ陰口を叩かれながらも、貴族学校を優秀な成績で卒業した。文武に治癒術と全方向の有能さを示しながらも、それでも卒業後、どの部局も殺人者の息子を採りたがらなかった。
それを聞いたイルモーロは、「親の罪を子に及ぼすなどくだらぬことよ」と言い、新卒のフェルカムをいきなり枢要職の総督秘書官に抜擢したのだ。
フェルカムを総督秘書官に抜擢したのはガレアッツォではない。ガレアッツォは兄から引き継いだだけである。
総督イルモーロの最期の戦いには、もちろんフェルカムも同道したかった。最期まで恩人のために尽くしたかった。
だが、イルモーロは、フェルカムを今後の治世の要となる者とし、スーペルビアに残留させた。
「ゼックハルトがな」
「は?」
「私のところに言いに来たよ。万が一、マーヤを処分するならば、自分が連れて逃げるので黙認して欲しいと」
「ゼックハルトには、マーヤ様が総督子であることは話していないはずですが」
「あれは自力で気づいたのだ。あれはマーヤの顔を見ている。武人の洞察力は侮りがたい」
「そうですか…」
「マーヤを処分すれば、私はスーペルビアの剣と我が右腕の両方を失う羽目になるな」
マーヤを現総督が処分すれば。少なくとも自分はもはやこの職にはとどまらないだろうことをフェルカムは否定しなかった。
「どうすればいい? おまえの策で、兄上の子を助けて見せろ」
「…幸い、マーヤ様は、イルモーロ様に瓜二つです」
「うむ」
「その分だけ、グイネヴィア様にはさほど似てはおられません。いえ、似てはおられますが、グイネヴィア様のお母上は…」
「インヴィディアから王家に入ったお方だ。つまりは、兄上とグイネヴィア様は従兄弟同士。両人の母親同士は異母姉妹だからな。仮にグイネヴィア様に似ているとしても、兄上に似ていると言い切ることも可能だ」
「そこを利用して、マーヤ様のお母上としてのグイネヴィア様を抹消します」
「…つまり?」
「イルモーロ様の第三夫人は選定中であり空位でした。しかしながら第二夫人はいらっしゃいました」
「リヒトホーフェン伯令嬢ヴィクトリア、か」
その女性こそは気の毒な境遇であった。総督妃はほとんどの場合、外部から迎え入れられるが、そのバランスをとるために第二夫人には領主上級貴族の娘から、総督妃の結婚とそう時をおかずして送り込まれるのが通例である。
イルモーロの場合は、その第二夫人がヴィクトリアだった。リヒトホーフェン伯家は、スーペルビアでも有数の穀倉地帯を抑える上級貴族の名門である。
慎ましく大人しい性格だったが、総督夫人に相応しい知性と美貌を兼ね備えた女性だった。しかし、第二夫人が総督妃よりも先に男子を産むことを懸念したイルモーロは、総督妃が嫡男を上げるまで、第二夫人には手を付けなかった。そして、総督妃のグイネヴィアは結局、男子を産むことは無かった。
「あの人は確か…」
「はい。イルモーロ様の戦死の報を受けて、総督家を出て、実家に戻り、一年半後に病没なさいました。この方を、マーヤ様のお母上と言うことになされればよいのではないでしょうか」
「だが…あの頃は長らく兄上はスーペルビアに不在であったはず。計算が合わないのではないか?」
「…一時、戦線が膠着した頃、イルモーロ様はヴィクトリア様を呼び寄せていらっしゃいます」
「戦線にか? さして愛してもいなかった第二夫人を? 何のために?」
「それは…私は総督秘書官でしたので、多少は事情を知っています。既に死を覚悟なさっておられたイルモーロ様は直々にこれまでのことをヴィクトリア様に詫びられたのです。そして清い体のまま実家に戻すので、別の男と再婚して幸せになってくれと」
「そうか…兄上のお気持ちは分かるが…女からすれば男の勝手な言い分ではあろうな」
「十分な財産分与の後、実家に戻られたヴィクトリア様には、ご先代の遺命もあり、私なども適当な再婚相手を見繕ってリヒトホーフェン伯家に話を通したのですが…面会することすら叶いませんでした」
「抱きもしなかった夫ではあったが、かの女なりに操を通したのだな」
「抱かれたのです、総督様。あの、戦線での一時の逢瀬で」
「なるほど…そう言うことにするのだな?」
一個人としてはひどい話だとガレアッツォは思った。総督家のために一生涯を無駄にした女性に、死んでからも都合よく使われろと言うも同然ではないかと。
だが、ヴィクトリアを母とすれば、マーヤはイルモーロも子ではあっても王女ではなくなる。
「それに、先代様から見て、本来はマーヤ様は直系にして嫡出の長女です。傍系にして庶出の総督弟であらせられる総督様よりも…」
「総督継承権が上位だな」
「はい。ヴィクトリア様をお母上ということにすれば、イルモーロ様の娘ではあっても庶出になり、男子である総督様の方が継承順位で上になります。どのみち、グイネヴィア様がお母上であることは公には出来ないのです。ヴィクトリア様がお母上であるならば、マーヤ様は王女ではなくなり、問題もなくなります」
「現王ラインハルトから見れば謀反人の子であるには変わりは無いだろうが」
「謀反人ではありません。戦後、融和のためにイルモーロ様の戦犯としての責任は追及されていません。ジークフリート王家と無関係ならば、騒ぎ立てることもなく見過ごしにされるでしょう」
「北の防衛を一手に担っているスーペルビアの崩壊は現王も望んではおるまいからな」
「さようにて」
「問題が二つ、いや三つあるぞ」
「ひとつは、リヒトホーフェン伯家がこの話、了承するかどうかですね?」
「内々の話だ。総督命令で強制するのも難しい」
総督が挙げた三つの問題についても、フェルカムが対応することになった。
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