第4話 オークとのトーク

 座り込んだオークは肩をすくめて首を振った。


「ボクのことはもういいよ。それよりキミは何者なの?」

「僕は……」


 馬鹿正直に異世界から来ました、っていうのも危ないかもしれないな。このオークは大丈夫でも、他の誰かに狙われたりする可能性はある。

 

「なんというか、まあ……記憶喪失なんだ」

「記憶喪失!」

「そう。気づいたらこの森をうろうろしてた」


 驚くオークにうなずいて答えると、オークは心配そうに目を細める。

 

「大丈夫なの? 頭打ったりしてない? お医者さんに見てもらった方が……」


 オカンか、このオークは。

 いや、僕は母親というものについてはよく知らないのでなんとも言えないけど。

 

「あー、大丈夫大丈夫。それよりさ、ここがどこなのか教えれくれない?」


 いい機会だからこの世界のことを聞き出しておこう。


「ああ、もちろん。ここはロドッカの森だよ」

「ロドッカの森ね」


 それは知ってる。

 

「近くには何がある?」

「近くには……ええと、ロドッカの森はちょっと特殊な場所でね。王国と旧魔王領の境にあるんだ。森の東側にはボクたちオークの村とゴブリンの村があって、西側にはエルフの村と、キミたち人間の村。あと北にドワーフの村がある」


 どれも馴染みのある種族の名前になってるのは自動翻訳のおかげか? この方が覚えることが少なくていいけど。

 

「魔王領って?」

「うん? ああ、そこも記憶にないんだ」


 オークはあごに手をやって、話すべきことをまとめるための間をとる。


「大体200年くらい前かな。当時は今の旧魔王領も王国の領土だったんだ。でもあるとき、その中心都市で突然反乱が起きた。反乱を起こした者たちは自分たちを魔族と名乗った。魔族はいわば人型の魔獣で、王国の市民に紛れ込んで少しずつ勢力を拡大していたんだ。当時、もうその都市の市民はすべて魔族にすり替わっていた。その首謀者は自らを魔王と名乗って、新しい国家の樹立を宣言した」


 魔王とか魔族とか……本当に元いた世界とは全然違うんだな、ここは。

 

「ちなみにボクたちオークその魔王に作られた種族なんだ。罪人の魔族を実験台に動物の魔物をかけ合わせて、ボクたちのようなパワーに優れた大柄なオークと、小さくてすばしっこいゴブリンができた」

「なんか可哀想な話だ」


 僕が言うと、オークは首を傾げた。

 

「そう? 確かに実験の犠牲になった魔族は可哀想かもしれないけど、そのおかげでボクらがここにいるわけだし、ボクたちとしてはなんともいえないね」

「それはそうだな」


 世界が変われば価値観も変わる。ましてや何もかも違う種族に自分の常識を当てはめたってなんの意味もない。

 

「それでボクたちやゴブリンの先祖を従えて王国と戦った魔族は、魔王国の領土を広げた。最終的には王国に敗北するんだけど、魔王の支配が及んだ地域は今も旧魔王領と呼ばれていて、ごく一部の魔族の生き残りや魔物、それにボクたちやゴブリンの住処になってるんだ」

「エルフやらドワーフやらは?」

「もともとも王国の市民として認められてたからね。ドワーフは武器を作って協力したし、エルフは知識と精霊術で貢献した」

「なるほど」


 おおまかなことはわかった。まだこの世界の知識としては全然足りないだろうけど、多少背景がわかってるだけでかなり違うからな。推測だってできるようになるし。

 とりあえず、僕としては西側にあるとかいう人間の村まで行きたいところだ。

 

「人間の村に行きたいんだけど……ここからは遠いか?」


 オークがいるってことは森の中でも東寄りなんだろう。森の大きさによってはかなり歩かないといけなくなる。

 

「まあ歩いて40分くらいかな。ここは結構西寄りだし」


 西寄りであることを意外に思っていると、察したオークが苦笑した。

 

「ほら、花を摘みに来たって言ったでしょ? 旧魔王領の方は花とか少なくて」

「そういうことか。でもなんでわざわざ花なんて? 普通の人間とかエルフと鉢合わせしたらまずいんじゃないのか?」

「強い精霊術使いのエルフと、一部の魔術師の人間以外ならボクたちの方が強いから。ボクらの方は危ないことはないよ。ボクは違うけど人間やエルフを襲うオークの方が多いから、普通逃げるのは人間の方だね」


 そういえばこいつの第一声も「怖くないよ」だったっけ。まあ実際は僕の方がよっぽど危ないやつだったわけだけど。

 

「そうか。いろいろとありがとう。おかげで助かった」

「ううん、ボクも久しぶりに人と話ができて楽しかったよ」


 なんというか、そのいかついというか威圧感のある顔でそんな無邪気なことを言われると、違和感で頭がおかしくなりそうだ。

 歩いて40分。面倒ではあるけど、杖に頼んで変なところに飛ばされてもかなわない。ここはおとなしく徒歩を選択しておくことにしよう。

 僕は苦笑いしつつ踵を返し、西へと向かった。


 

 多分、オークの言う40分はあの巨体の大股で歩いたときの計算だった。

 結局、体感にして1時間以上の時間をかけ、僕はその村へとたどりついた。最初に飛ばされた、ドラゴンのいた街とは違い道も舗装されておらず、あちらを「街」とするならまさに「村」という感じ。

 ただ、行き交う人もまばらだけど暗いという印象はなかった。


「来てみたはいいものの……」


 これからどうすればいいんだろう。まずはとにかく寝床を確保しないといけないわけだけど、宿に泊まろうにもお金が要る。僕は当然ながらこの世界のお金なんて持ってないわけで……。

 

「…………」


 僕は思わず手元の杖を見た。


「お金作るのはまずいよなぁ……」


 通貨偽造はいたずらじゃ済まない。経済を乱し、国そのものを壊しかねない重罪だ。

 となるとどこかで働く必要がある。ただ、この世界に疎い僕にでもまともに務まる仕事があるかどうか。誰にでもできそうな仕事というと……。

 

「うーん……」


 と考え始めたところで、ぐーっと腹の虫が鳴いた。

 

「とりあえずなんとか腹ごしらえを……」


 辺りを見回してみると、どこかから香ばしく食欲をそそる匂いが漂ってくる。匂いを頼りにたどり着いたのは、食堂か酒場かという風情の店。看板には『のどかな森』と書いてあった。

 中から人の声が聞こえてくる。

 

「がっははははは! お前また太ったんじゃねーのか!」

「うるせえ! てめーこそますます禿げ散らかしてんじゃねーか!」

「あん!? この頭はとーちゃんのせいだからな! お前の不摂生とはちげえのよ!」


 ……いやぁ、のどかな森だなー。

 まあいいか。とりあえず入ってみて、哀れんでもらえそうな経歴を適当にでっちあげて店主に話をしてみよう。皿洗いかなんかの雑事と引き換えにご飯を食べさせてくれないか聞いてみて、あわよくばそのまま雇ってもらう。よし、それでいこう

 というわけで僕は、西部劇的なパカパカした扉を押して恐る恐る店へ足を踏み入れる。

 

「いらっしゃーい!」


 ちょうど近くの空きテーブルを拭いていた、僕より少し歳上のようにみえる女の子がすぐに反応して声をかけてくる。

 

「ちょっとお店のご主人にご相談があるんですけど……」

「あ、厨房にいるので今呼んできますね!」


 女の子はトテトテを小走りで店の奥へ引っ込んでいき、僕はその場に取り残される形になる。

 雇ってもらおう、といっても僕は特別料理がうまいわけでも人当たりがいいわけでもない。ウェイターならできるかも、とも思ったけど今のあの子の元気のよさを見るとそれも甘い考えに感じられる。

 

「なあ君、ちょっと顔をよく見せてくれないか?」


 横から肩をつかまれ、そんな声をかけられる。思わず振り向くと、なぜか怪訝そうな顔をした中年の男が立っていた。

 

「は、はあ……。どうかしましたか?」

「君は……」


 男はつぶやいて、僕の顔をまじまじと見つめた。

 

「やっぱり間違いない! 魔女の言ってた黒髪黒目の男!」


 そして突然、興奮した様子でそんなことを叫びだした。

 

「……はい?」


 なんて、僕が首を傾げてるうちに周りが一気に騒がしくなった。

 

「本当だ、よく似てる……」

「あの絵の男そっくりだ」

「そもそも黒目なんてこの国にはそうおらんしな」


 口々にそんなことを言うのが聞こえてきて、僕は困惑に首を傾げる。

 

「なんのことですか? 魔女? 黒髪黒目?」

「何をとぼけてるんだ。魔女が君のことを探しているぞ。捕まえた者には、褒美としてなんでも願いを叶えてくれるとか。しかも何人かで協力して捕まえても全員分叶えてくれるんだと」


 男は目を輝かせて言った。男の背後から、さらにもう少し歳上に見える男が出てくる。

 

「今この店にいる全員で、褒美は山分けだな……!」


 なんかやばそう……と思ったときにはもう手遅れだった。周りを完全に客たちに取り囲まれていて、抜け出る隙が見つからない。

 ……わけがわからない? 魔女? 何者? なんで僕を?

 

「俺たちもあんまり乱暴はしたくねえんだ。おとなしくお縄についてくれや」


 筋骨隆々の若い男が、指を鳴らしながら近寄ってくる。

 1歩後ずさりした僕は、背後からも圧を感じてとっさに振り返る。後ろからも同じくらい屈強な男が迫ってきている。こんなやつら相手にして勝てるわけがない。

 ……あくまで素手なら。


「くそっ……」


 僕はとっさに杖をローブから抜く。

 

「ヘイ、杖!」


 さすがに攻撃するわけにはいかない。下手をすると店どころか村そのものが吹き飛びかねない。特に罪のない人たちを虐殺するのはごめんだ。

 転移するしかない。でも今は一刻を争う事態だ。1度でも認識に失敗すればおしまいだ。そうなると――。

 僕は鋭く息を吸い込み、杖に向け叫んだ。

 

「ロドッカの森に転移!」

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