スマート杖とストーカー美少女はいるけどゴブリンとオークだけが友だちさ

明野れい

第1章 ボーイ・ミーツ・オーク!

第1話 助けておまわりさん!

「まあ座りなよ」


 交番にやってきた僕は、30歳前後の若い警察官に促されて椅子に座った。

 交番の中にはデスクが2つあって、空いている方の椅子を引き出しておまわりさんと向かい合っている。椅子の脚についたキャスターがキィキィうるさかった。

 

「それで相談っていうのは?」

「ええと、なんというか……ストーカーについて」


 僕はどう表現したものか迷ったけど、ひとまずストレートに口にしてみた。


「あー、女の子に言い寄るのにどこまでならセーフかって話? 高校生にしちゃ世知辛い恋愛観だね」

「いえ、そうじゃなくて」

「うん? じゃあご家族が被害にあってるとか?」

「いや、被害にあってるのは僕で」


 おまわりさんは目を瞬かせて僕を見つめた。

 

「相手は?」

「同級生です」


 おまわりさんは眉間にしわを寄せて僕を見つめた。

 

「それは、なんというか……」

「はい」

「ただの恋心では?」


 まあそう言いたくなる気持ちもわかる。というか僕自身、どこまでが情熱的な恋愛でどこからがストーカーなのかはよくわからない。だから相談に来た。

 実害があるわけではないけど、なんかちょっと怖い。できればやめてほしいけど、無理やりどうにかしたいと思うほどではない。

 

「そう、なのかもしれませんけど……」

「俺が高校生のときなんて、ラブレター1つもらうだけでウッキウキだったけどなぁ。相手の外見がよっぽど気持ち悪いとか?」

「いえ、すっごい美少女です。モデルみたいに顔が小さくて、まぶたは二重で、まつげが長くて、肌が透き通るように白くて、瞳が緑色」


 おまわりさんは目を細めて僕を見つめた。

 

「帰れ。土に還れ」

「いや真面目な話なんですよ、本当に」

「美少女につきまとわれて嬉しくない男がいるか」

「ええ、ここに」


 僕が即答すると、おまわりさんはちょっと真面目に考え込む。

 

「あー、えーと、それは……」

「同性愛者ではないですのでお気遣いは不要です」

「やっぱ帰れ」


 おまわりさんはため息をついてしっしと手を振った。

 

「本当にからかってるわけじゃないんです。僕女性が苦手で」

「苦手というと?」


 どう説明したものか、と腕を組んで考え込む。

 そうだ。この人相手なら名乗ることで説明を簡略化できるかもしれない。

 

「僕、鏡野優星といいます。そこのアパートに住んでる」

「いきなり何……って、あー……鏡野」


 何か思い当たったようで眉を上げる。多い名前ではないし、聞く機会が多ければ頭の片隅くらいには引っかかっていると思う。


「そうです。トラブルで何度かうちに来ていただいてますよね」

「うん、全部痴話喧嘩だったけど」

「それです、それ。父は女癖が悪い上に女運も死ぬほど悪いんです」

「ははー」


 おまわりさんは真面目な顔でうなずいた。

 僕はため息をついて続ける。


「父は10回離婚しているんです」

「10回か……。離婚ポイントカードとかあればいいのにな」

「次回離婚時に慰謝料半額! みたいな?」


 間違いなく父さんはプラチナ会員だ。いろいろ優待されるやつ。

 もう呆れなんて感情は遠い昔に置いてきてしまった。あれはそういう現象だ。春が来れば花が開くように、父は存在する限り女を引っかけ、女に引っかけられ続ける。

 

「あのアパートに住むようになったのも、歴代の結婚相手に金をむしり取られ続けてあそこにしか住めなくなったからです」

「それは、なんというか……」

「なんとなく想像はつくと思いますけど、そんな父親や悪い女性を間近で見て育った人間が、女の子とどうにかなりたいと考えるようになると思いますか?」


 僕が言うと、おまわりさんは肩を落としてうなだれた。

 

「なんか、ごめんな」

「いえ、いいんです。わかっていただければ」

 

 さすがに中学生のころはクラスメートにからかわれるわ、あれこれ実害はあるわで散々だったけど今はもう本当にどうでもいい。一応衣食住は足りてるし。

 

「なので、その女子のこともどうでもいいんです」

「なるほどね。事情はわかったからどの程度のストーキングか教えてくれる?」

「はい。最近でいうと……」


 数ある戦慄の記憶を手繰って、とりわけ印象深いものをいくつか思い返す。

 

「本屋に買い物に行ったとき、先にその女子が店にいました」

「まあそれくらいなら普通にあるだろ」

「そうですね。でも入店するなり、僕が買おうとしていた本と漫画の全部、漏れなく渡してくることはそんなにないと思います」

「…………」

「あとそれとは別に1冊本をおすすめされました」

「…………」

「面白かったです」

「買ったんかい」


 だって断ったら何されるかわかんないし、実際タイトルも表紙も僕好みだったし。

 でも衝撃としてはそれの数日前にあった出来事の方が何倍も上だ。

 

「あと、お腹が痛くなって休み時間にトイレの個室に入ろうとしたんですよ。そしたらすでにその女子がいて」

「男子トイレに?」

「男子トイレに。それで、『便座きれいに拭いて温めといたよ』って」

「おお……」

「どう温めたのかって聞いたら、『うふふ』って」

「おおお……」

「家に帰るまで我慢しました」


 おまわりさんが恐れおののいていた。それでも僕のあのときの腹痛にはとてもじゃないけど想像が及ばないと思う。恐怖でもとの痛みが何十倍にもなっていた。

 

「とにかく、本当に僕の行くところどこにでも現れるんですよ」

「確かにそれはストーカーっぽくはあるけど……何も要求はないんだよね? 付き合えとか何かをするなとか」

「そうですね。本屋もの件そうですけど、場合によっては助けになることもあります」


 僕がうなずくと、おまわりさんは背もたれに体を預けてうなった。


「うーん、そのくらいならさすがに警察が手出しするレベルではないよなぁ」

「そうだろうとは思います。でもやっぱり怖いんですよ。何かアドバイスとかいただけないかなと思って」

「家の中まで監視されてるわけじゃないんでしょ?」

「いや、顔を合わせたことはないですけど……視線は常に感じてます。家でも外でも」


 僕はいいながら少し背筋を震わせる。おまわりさんは苦笑して手を振った。


「それはさすがに思い込みなんじゃないの? 神経が過敏になってるっていうか」

「いえ、でも多分今もそこにいると思いますよ」


 僕は静かに首を振って、交番の奥へと続くドアを親指でさした。

 

「まさか。ここ交番だぞ? 俺ずっとここにいたし、奥には別の警官もいるからな。どうやったって入り込みようがない」

「じゃあ試しに開けてみてください」

「……はあ、わかったよ」


 僕が言うと、おまわりさんはため息をついて立ち上がった。そして肩をすくめながらドアノブに手を伸ばす。

 

「これでいなければ少しは気が楽になるんじゃないか? いくらなんでもいつでもどこでもなんて、幽霊でもない限りあり得ないって」


 言いながらドアを引くおまわりさん。ギィーっという音が鳴って扉が開く。


「やっほー」


 ドアのすぐ近くで、モデルみたいに顔が小さくて、まぶたは二重で、まつげが長くて、肌が透き通るように白くて、瞳が緑色の女の子が笑顔で手を振っていた。

 

「…………」


 おまわりさんは真顔で、ゆっくりとドアを閉め直した。そして椅子に腰を下ろして、難しい顔になってこちらを向いた。

 

「あの、疑ってすいませんでした」

「いえ、わかっていただければそれで」


 僕らはそれきり黙り込む。それから10秒くらい固まったあと、そろってもう一度交番の奥に続く扉に目をやった。

 

「――うわあ幽霊だああああああ!!」


 おまわりさんが叫んで立ち上がり、ホルスターから拳銃を抜いて扉に向けた。

 僕は何も言わず、出動要請のかかった消防隊員のような機敏さで椅子から立ち上がって駆け出した。いや本当まじで怖いです。

 

「――あっ、待って!」


 ドアの向こうからそんな声が聞こえて走りながら振り返る。慌てた様子の美少女が、僕に向かって手を伸ばしていた。

 待てと言われて待つ人はそうそういない。特に恐怖にかられているときは。

 その原則通り動いた僕は聞く耳を持たず、そのまま交番を飛び出した。

 

「――あ」

 

 視界の隅に大きな鉄の塊が映ったのは、ほんの一瞬。

 気づかないうちに道路まで飛び出していた僕が小さく声を上げるのと、鉄の塊が甲高い悲鳴のような摩擦音を上げるのはほぼ同時だった。

 激突の衝撃で宙を舞う僕の目に、僕をはね飛ばしたものが映る。

 

「……ゴミ収集車」


 ああ、やっぱり女子と関わり合いになんかなるべきじゃなかった……。

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