エピローグ
みんなの、『幸せな家族』
第79話 俺と、俺の家族
あの事件から半年後。
俺たち家族は、とある写真館にいた。
「肩が凝ったー」
俺はソファに座ったまま背を反らし、両腕を天井に突き上げる。肩甲骨が鈍い音を立てて鳴り、それにつられて背中の筋肉が伸びる。
存外気持ちいいが、俺の隣からはため息が聞こえた。
「まだ一枚の写真も撮ってませんよ」
そう言われ、視線を向けると、
その滉太は、髪を今時のアイドル風に整えられ、黒いタキシード姿だ。貸衣装係のお姉さん方から「ジャニーズみたいよ」と褒められるたびに、複雑な表情で俯いていたのを思い出す。
「お前、ピアノでも弾きそうだな」
芸能人みたいだな、と言えばまた困り顔をしそうなので、そう言ってみた。
滉太はちらりと俺を見上げ、
「
と返してくる。どうやら俺の声掛けは成功だったらしい。
「
俺は部屋の出入り口を眺める。板チョコレートを張り付けたような扉は、さっき係員が出て行ったっきり、ぴたりと閉じられていた。室内にはCDらしい弦楽器の曲がエンドレスで流れ続け、ヨーロッパの城でもイメージしたかのような室内に高級感を持たせようと必死だ。
だが、室内にいるのは、楽器の弾けないピアニストと、鳩を出せないマジシャンだし、どうあがいてみても外見『日本人』なので、俺には苦笑の対象にしかならない。友人がこんなところで写真を撮れば、「お前たち、馬鹿なの?」と笑うところだが。
だけど。
『写真とか、撮りたいですよね』
そう、おずおずと奏良ちゃんに言われれば、もうこれはするしかない。
結婚式も挙げられず、今年は滉太の受験の関係で新婚旅行らしいものもできず。
そんな結婚生活がスタートしている中で、唯一奏良ちゃんがお願いしてきたのが、これだった。
『式もいらないですし、旅行も別に行きたいとは思わないんですが、写真だけは取りたいんですよね』
あの日。
田部家の前で養子縁組と、告白とプロポーズを同時にし、滉太と奏良ちゃんがそれを承諾してくれたその日から、俺は猛烈に動き回った。
大学時代の友人に紹介してもらった弁護士を雇って、滉太と養子縁組をしたい旨を相談した。俺としては、『特別養子縁組』をして、今後一切、実両親との縁を切りたかったのだが、あれは子の年齢が決まっているのだそうだ。それで、『普通養子縁組』というものを、滉太と取り交わすことにした。
滉太の実両親との話し合いには、弁護士も立会い、制度の説明を双方にしてもらったのだが。
滉太の実両親は諸手を上げて、「良い先生に巡り合えてよかった。滉太も先生に育ててもらえたら幸せだろう」と喜んだ。
ようするに。
ていよく厄介ばらいをしたのだ。
聞けば、父親にも別れた母親にもそれぞれすでに、恋人がいるという。
弁護士は口の端を何度もひきつらせながら書類の説明や今後の流れを伝えたが、ほぼ、話しを聞いていないのは俺の目から見ても明らかだった。つくづく、滉太を同席させなくてよかったと思っている。あとでいざこざが起こっても困るので、弁護士に契約書を作成してもらっていたのだが、その文面も良く読まずに二人はさっさと印をついた。
養子縁組と同時並行して、俺は
何故か相模のご両親までその場にはやって来て祝福してくれたし、たった一年だけだったが、顧問をしていた剣道部の部員も芝原先生が連絡して、お祝いに来てくれたりした。校長からは、こっそりとご祝儀までもらった。
ただ。
この結婚と養子縁組で祝われたのは、正直、それだけだ。
『そんなことをしていたら、きりがありませんよ』
能勢さんはため息交じりに俺に言い、『今後、困った子を見れば、全部養子にするおつもりですか』と嫌みを言われた。
『俺は、「田部滉太」だから、養子にするんです』
能勢さんにそうはっきり告げても、彼女は結局理解をしてくれなかった。今年も、俺は自分から教頭にお願いして特別支援学級を担当しているので、業務上では能勢さんと付き合いがあるが、俺とは一線を引いている感じだ。
ただ、奏良ちゃんとは仕事上でもプライベートでも変わらず関係を続けてくれているようなので、その辺の大人な配慮には感謝している。
能勢さんだけじゃない。
職員室のほぼ全員の教員が、俺を奇異の目で見ていた。
だが。
理解してもらうつもりはない。
俺と。
俺の家族が納得していれば、それでいい。
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