第8話 小テスト
「金谷くん」
「うん?」
「うん、じゃなくてさ……。結果、どうだったわけ?」
「ああ……」
金谷くんはそう言って、私に一枚の紙切れを差し出した。その紙切れこそ、小テストの結果である。国社英数理、皆さんお馴染みの五教科の点数が書かれているというわけ。
金谷くんからそれを半ば奪い取る形で受け取って、中身を見た。
「これ……どういうことよ?」
……私は予想外の結果に、少々唖然としてしまった。
だってそこには高い点数がずらりと並んでいたのだから。
「普段から勉強していれば、試験の時に焦らないだろ? そういう理屈だよ」
「いやいや、おかしいって! 何がどう転がれば五教科合計四百八十七点なんて取れるわけ!? もはやそれって天才の領域になるわけだけれど!!」
「……そうかなあ。ちょっと考え過ぎだと思うけれど」
考え過ぎ。そう言われてしまえばそれまでなのかもしれない。けれど、そうだとしても!
普段のほほんとしている人間に、こうもあっさりと負けてしまうと何だか嫌な気分になるというか……。
「でも飯野さんも言うほど成績が悪いわけでも無いと思うけれど……」
慰めのつもりなのかもしれないけれど、それ、通用しないから!
私の成績は、といえば金谷くんの総合成績よりぴったり百点マイナス。いいか悪いかで言えばこの点数もいい部類に入るのだろうけれど、私としてはどうも納得がいかない。
「……あなた、カンニング疑惑つけられたことは無いの? そんな成績が良ければ、もっといい進路だっていけるし、自分のキャリアを伸ばすために担任が声をかけてくると思うけれど」
「確かに、僕のクラスならばそれがあってもおかしくないだろうね。けれど、順位を見てみれば? それで一目瞭然だと思うけれど」
「順位?」
私は金谷くんの言葉を反芻し、改めて金谷くんの小テストの結果を見た。九十点代ばかりが続く点数欄の下には順位欄が設けられている。当然ながら、ある順位を予測するのは想像に難くないのだけれど――。
「……あれ?」
そこに書かれていたのは、『2』の文字だった。
「これで解っただろう。僕は二位なんだよ。第一位の名前くらい知っているものだと思ったけれど、そうか。そもそも、うちの高校は順位を貼り出すなんてことはしないから、解らなかったってことか。それならば納得がいく」
「……二位って、どういうこと?」
「一位が居るってことだよ。だからこそ、二位が居る。そうだろ?」
それはそうだけれど。それはその通りだけれど。
「……金谷くん、進路はどうするつもりなの?」
「全然考えていないよ。大学行って適当なこと学ぶよりも、自分の好きなことをするのもいいのかもね」
「……自分の好きなこと?」
「海外に行きたいんだよね」
唐突のことに、私は言葉を失った。
金谷くんは話を続ける。
「一度でいいから、世界を旅しようと思っていたんだ。だから、高校を卒業したら大学には行かない。そのまま世界を旅する。もちろん、家族にはダメだといわれているけれど、僕の人生だからね。家族にどうこう言われようとも、いまさら変えるつもりはないよ」
「……けれど、お金は?」
「あるよ。少しくらい貯めているさ。それを使って、現地でお金を稼ぐ。無計画かもしれないけれど、そこで馴染めばいいだけの話。住めば都ともいうからね。それを地で行こうじゃないか、って話だよ」
◇◇◇
金谷くんが帰ってから、私は一人リビングでぼうっとしていた。
理由は単純明快。彼の語った『夢』についてだった。
金谷くんははっきりとした夢を持っている。それも自分ひとりで生きていこうという証になるものだ。
対して私は――家族とともに過ごすことで精いっぱいで、そんなことまったく考えちゃいなかった。
「ほんとうに、あなたは大人だよ」
そう、言うしかなかった。
少なくとも私と金谷くんは、同列に語ることの出来ない人間なのだと、そう思い知らされた。
あくまでも金谷くんはそんなこと微塵も思っていないだろうけれど。
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