第6話 雪


 今日は雪が降っていた。


「……傘は?」

「……忘れた」


 昇降口で、誰かを待っているようなしぐさをしている金谷くんを見つけて、私はそう言った。


「……入る?」


 偶然、ちょっと大き目な傘を持っていたので、私は左側を空けた。


「いいの?」

「いいよ、別に。わたし、家そんなに遠くないし」

「そう」


 こうして、金谷くんと短い会話を交わして、私は彼を傘の下に招き入れた。

 まだ雪はしんしんと降っていた。



 ◇◇◇



 道中。

 徐々に私は今の状態について、冷静に判断できるようになってきた。

 そういえばこれって相合傘になるのかな……。


「くしゅん」


 くしゃみが聞こえて、私はそちらを向いた。

 見ると金谷くんが鼻を抑えている。


「今……くしゃみした? 大丈夫?」

「したよ。さすがに傘を持ってこなかったのは不味かったかなあ……」


 金谷くんは鼻をずずっと啜りながら、そう言った。

 その言葉を聞いて、私は何だか面白かった。いや、彼は鼻を啜っているので、もしかしたら面白く思うのは申し訳ないのかもしれないけれど。


「あ」


 そう思っているうちに、私の家についた。


「ここが……飯野さんの家?」

「そうそう、ちょっと温まっていく? 炬燵出しているから、温かいよ」

「そう? でも、迷惑じゃない?」

「今、弟が帰ってきているかもしれないけれど、両親は二人とも外出しているから、問題ないよ。さ、早く入りましょう? 私も、寒くなってきたから」


 そうでもしないと金谷くんは行動に移さない。

 私は最近、何となく金谷くんの扱い方を解ってきた。扱い方、という言い方もあまりよくないことかもしれないけれど、彼が表情に出してこないのだから、別に問題ないだろう。たぶん。

 家に入って、靴を脱ぐ。すぐ横の扉を開けて洗面台へ。この時期はインフルエンザにノロウイルス、何かとウイルスが話題だ。弟もいるし、家族もいる。家族なんて、仕事上そういうウイルスには厳しいから、出来ることなら体調を崩したくない。そういうものだから。


「洗面台、ここだから。タオルは適当に使っていいよ」


 そう言って、私は一早くリビングへと向かった。リビングにはすでに炬燵が用意されている。さすがについてはいないかもしれないけれど。

 リビングにある炬燵は、やはり電源が入っていなかった。だから、私はスイッチを入れる。すると炬燵の中にある熱源に電源が投入され、オレンジ色の光を放ち始める。徐々に中が温かくなっていき、じんわりと身体に温かさが染みていく。冷たい身体には、このようなものが一番いい。身体が欲しているということが解る。


「あ、炬燵だ。いいなあ、もう出しているんだ」


 そうこうしているうちに金谷くんもやってきた。

 私は金谷くんが入ることの出来るように右に一つずれた。

 金谷くんは、


「それじゃ、お邪魔します」


 とだけ言って炬燵に入っていく。別に遠慮なんてしなくていいのだけれど、金谷くんにとってみればここは他人の家だ。そういう遠慮をするのが普通なのだろう。もしかしたら、私のほうがおかしいだけなのかもしれないけれど。


「ただいまー」


 炬燵に入ってぬくぬくしていると、玄関から声が聞こえた。


「おかえりー」


 ドタドタドタ、と乱暴に走って行く足音が聞こえる。


「……弟が居るのか?」

「年長の、ね。ちょっと腕白だけど」

「ふうん」


 金谷くんはそう言って前から買っておいたのだろう、ミルクティーを飲む。

 そしてうちの腕白少年が姿を見せる――。


「あ、あの時のかっこいいお兄ちゃんだ!」

「え……?」


 それを聞いて、私は目が点になった。

 確かにこの前、私は雄太から『かっこいいお兄ちゃん』について聞いていた。しかしながらそれがまさか金谷くんだとは予想も出来なかったのである。


「いや、ははは……。まさか飯野さんの弟さんだったとは。大丈夫か、少年?」

「雄太だもーん!」

「ははは、そうかー。雄太っていうのかー」


 ……何だか、世間って狭いんだなあ。

 あっという間に打ち解けている雄太と金谷くんを見て、私はそんなことを思うのだった。

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