ROUND 1:SNK meets girl ①
「あのね……私、江陶君に大事な話があるの。放課後、時間あるかな?」
昼休みと午後の授業を繋ぐ、面倒な校内清掃の時間。
覇気のない呼吸と動作で、独り人気のない渡り廊下を掃き掃除する僕に突然話しかける一人の女子。
相手は、僕なんかに縁のなさそうなクラスの男子から密かにモテる
「え、あ、う、べ、別に、だ……大丈夫だけど」
「本当? ありがとう!じゃあ放課後にここでいいかな? 私、ひとりだけだから、江陶君もその……ひとりで来てね」
緊張のあまり、挙動不審な返事しかできなかった僕に柏芽さんは、嬉しそうな笑顔を見せて手を振りながら走り去る。
瞬く間の出来事に真っ白な思考と解けない硬直状態を振り払うかの如く、僕は脳内でレバーを左右に激しく振る。
「も、もしかして……告白とか?」
いやいやいやいや。まさかまさかまさかまさか。
そんなハズはないと否定しながらも、彼女のあの態度を見て、期待しないわけがない。男ってものはそういう生き物だ。そう思うのは僕だけじゃないよな?
清掃時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。それはまるで、格ゲーマーにとっては不本意ながらも体力ゲージ差で掴んだ勝利のタイムアップ音のように聞こえた。
1995年5月。中学二年生にして、遂に僕にも訪れた(かもしれない)春と喜びを表現するように、ホウキで描いた僕の弧月斬が空に向かって放たれた。
■
その日、最後の授業終了を告げるチャイムが教室内に鳴り響く。それはまるで、守りと慎重プレイに徹しすぎた代償による、体力差の敗北を知らせるタイムオーバーのように聞こえる。
やばいやばいやばい。非常にまずい。
数時間前のパワーゲージMAXまで溢れていた希望と喜びは、瞬く間にクールダウンして不安へと変貌した。
僕こと、
そんな免疫のない僕が女子と二人きりで会う…?
だめだ。無謀すぎる。格ゲー経験ゼロの初心者が【龍虎の拳】でジャンプができない気力なし状態のMr.ビッグを使うくらい……と自分でも何を言っているのか分からない。要するにそれほど分が悪い。
午後の授業は、柏芽さんとどんな会話をするかシミュレーションしていたのだが、告白された場合の「僕でよかったら、よろしく」以上から一歩も進むこともできなかった。
挙句には現実逃避を兼ねて、放課後にどちらを買うか悩んでいた、発売したばかりのネオジオCD【ミューティション・ネイション】と【ロボアーミー】の脳内プレイとオールクリアに貴重な|作戦タイムを費やしてしまったのである。
クラスメイトたちは次々と部活や帰宅に向かおうと席を立つが、僕はというと緊張のあまり動けないでいた。
僕をそんな事態にした張本人である柏芽さんの席の方に目をやる。彼女はすでに鞄に荷物をまとめており、周囲の女子に声をかけながら教室を後にしようとしていた。その時、柏芽さんと一瞬目が合い、体は更に硬直する。
僕の方を見て、小さく手を振りながら微笑む彼女。それは「待ってるね」と言わんばかりの優しさと期待が込められていた。
いつまでもここに座っているわけにはいかない。覚悟を決めて、心の中で『いざ尋常に!』と声を出して勢いで立ち上がった僕はその一歩を進み出したのだが……。
普通に歩こうとする意思に反して、手足の動きと呼吸のリズムは最悪のコンビネーションだった。過呼吸にも近い緊張によるものだろうか。背筋を伸ばそうにも肺がそれを拒む。
「大丈夫か江陶? 何でそんな猫背気味に小刻みな歩き方してるんだよ」
それでも懸命に目的地へと向かおうと廊下を歩く僕を心配してか、同級生の一人が声をかけてくれる。
「ち、ちょっと、マジシャンロードのイメージトレーニングをね」
冷やかされるのは嫌なので女子との待ち合わせだなんて言えない僕は、咄嗟に46メガの魔法アクションの名前でごまかす。
「お前、相変わらず、SNKマニアだな」
お褒めの言葉をありがとう。だけど【マジシャンロード】は、SNKじゃなくてADKだ。と突っ込みたいところだが、今はそんな余裕はない。
何とか目的地の近くで呼吸と筋肉の強張りは落ち着く。約束の場である渡り廊下の様子を手前の角からそっと覗くと……そこには、手を後に組んでゆらゆらと僕を待つ、柏芽さんが見えた。
その姿を見た途端、胸のドキドキがまたもや激しくなる。僕は何とか深呼吸で気持ちを落ち着かせようとするが、下手するとまた肺の辺りがおかしくなりそうだった。
な、なるようになる……!自分の中にある女子コンプレックスに対して武士道も修羅道もない。我、悪鬼羅刹と……なるわけにはいかないか。
ここはとりあえず、ハイデルン総帥の『ここは戦場だ! 甘く見ていると大けがをするぞ!』をスタンスとしよう。
「か、柏芽さん。遅くなってごめん」
僕は覚悟を決めて彼女に話しかける。
「あ、江陶君。来てくれてありがとう。私の方が突然でゴメンだよ」
うおお……。まだ一言しか会話を交わしていないのに、ジェノサイドカッターの多段ヒットで体力が9割削られたようだ。
目線を反らして照れながら、僕だけに向けられた柏芽さんの声はそれだけ可愛くて破壊力がある。素直にそう思った。
も、もう気を失うかもしれない、その時だった。
「江陶君って……その、ネオジオに詳しいんだよね?」
その一言に僕の緊張と混乱は瞬時に治まる。
今、ネオジオって言った? 柏芽さんの。まさか女子の口からその言葉が出るとは思いもしなかった。
僕は自他とも認める、SNKを始めとしたネオジオ作品の大ファンだ。もちろん、任天堂やセガ、NECのゲームマシンも遊ぶけど、中でもネオジオは僕のゲームライフの9割以上を占めている。
近頃は、キャラクターからネオジオの世界に足を踏み入れる女性ファンも多いとは聞くけど、まさかこんな身近にネオジオに興味がある女子がいるなんて信じられなかった。
「それでね、教えてほしいんだ。私にネオジオのゲームのこと」
「もちろんだよ!僕でよかったらよろしく!」
いつの間にか緊張感は消し飛んでいた。
「ありがとう。断られたらどうしようって、私、凄く不安だったの」
柏芽さんは、笑いながら僅かに滲んだ涙を指で拭う。
「笑われるかもしれないけど、私昨日ね、今日のことが上手く行きますようにって、六芒星占いなんかやっちゃった」
柏芽さんの女の子らしい発想に思わず『六芒星なら僕も好きだよ。まるでシャルロットの武器破壊技のスプラッシュ グラデイションみたいだよね……って、あれは七芒星か(笑)』とか言いそうになる。
何だか僕も泣けてきそうだった。黒子が僕らの周りで紙吹雪の祝福をしている気がした。僕らはきっと上手くやれる。たとえ友達からでも。
「私が片想いしてる人がね、ネオジオとSNKの大ファンなの。だから江陶君が協力してくれて本当に嬉しい」
勝 負 あ り !
柏芽さんの言葉は僕にしか見えないであろう、覇王丸の斬鉄閃となって僕の胸を切り裂き、そして誰にも聞こえないであろう決着の声に心の血飛沫が天に舞う。
すべての糸が切れた僕は、その場に静かにヒザをついた。
そうだ……どっちを買うか迷っていたネオジオCDは【ロボアーミー】にしよう。目が覚めたらマキシマかロッキーみたいに、機械のたくましい体に改造されてるといいな。いや、いっそのこと、悪のヘル・シード軍団のように心も機械化されて感情を失っていればいいのに。
薄れゆく意識の中、僕は最後までネオジオとSNKに魂を注いだ。
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