黒の侍と金の騎士

エル

第1話

なぜ?


なぜこんな平和な時代に生まれてしまったのだろう、といつも思っていた。


平和すぎて泣きそうだ。

平和すぎて狂いそうだ。

平和すぎて腐りそうだ。

平和すぎて死にそうだ。


闘争を。

戦争を。

自分の持ってる全ての力を使って…殺し合いたい。


ただ、それだけを望んでいるのに。

ただ、それだけも叶わない。


俺のような人間が、こんな平和な時代に生まれたこと自体が間違っている。

もっと…もっと血生臭い戦乱の時代に、俺は生まれてくるべきだったのに。

もしも、神がいるとするならば―俺をこの世界、この時代に産み落としたことは重大な選択ミスだ。


『あなたの願いを叶えましょう』


だから…だろう。

それは甘い誘惑だった。


だが、無償の善意などあるはずもない。

それでも、俺は…。





夜の森に一陣の風が吹く。

頬を撫でる夜闇の風の冷たさに促され、少年はゆっくりと目を開ける。

夜闇とはまた別の闇をその瞳に湛え、黒曜石を思わせる瞳が闇を射る。

少年は動かない。

身じろぎひとつせず、夜の森に溶けるように立つ。

夜の森を風が吹き抜け、少年の黒髪を揺らす。


風が止み。


空から淡い光が降り注ぎ、暗い森を照らす。

少年は視線をついとあげると、降り注ぐ光を辿って視線を空へと移す。

見上げた先には青い光を放つ満月。

青の月を見つめ、少年は僅かに目を細める。


「…いい天気だ」


ぽつり、と少年がつぶやく。

声は夜の闇に吸い込まれるように消えて再び辺りは静けさを取り戻す。

聞こえてくるのは虫の音と少年の呼吸、そして―来訪者を告げる微かな音。

距離は近い。

少年は大きく息を吸い込むとゆっくりと時間をかけて息を吐き出す。

音は静かに、しかし確実にこちらに近づいて来ていた。

少年は呼吸を繰り返す。


ゆっくりと。

何度も。

何度も。


やがて―それは少年の目の前に姿を現した。

少年は口の端を持ち上げ笑みを形作ると、腰にさげている日本刀の鍔を左手の親指で弾く。

鈴、とした音をたて姿を見せた日本刀の柄を右手で握り、音もなく引き抜く。


『もしも願いが叶うのなら…あなたは何を願いますか?』


―そんなの決まっている…俺は。


刃の切っ先を、現れた目の前の青年へと向ける。


―全力で殺し合いたい!!





夜の森に現れたのは馬に乗った青年。

金色の髪と緑色の瞳。

年は正直わからない。

もしかしたら、同じくらいか少し年上ぐらいなのかもしれないが、そんなことは今は関係ない。

腰に得物をぶら下げている。

それだけで十分。


刃の切っ先を向けられた青年も腰の剣の柄に手をかけ、こちらを見据える。


「…何者だ?」


青年の問いに答えない。

否。

最初から答えるつもりなどない。


それは無駄な質問。

それは無駄な行為。


ここですることはただひとつ。


質問に答えず、刃の切っ先を向ける少年の無言の殺意を感じ取った青年は馬から降りて地面に立つ。

そして―腰にさげている両刃の剣を抜き、構える。


いつの間にか虫の音は止んでいた。

両者の間に張り詰めた緊張感が漂う。


先に動いたのは少年。

信じられない速度で青年に迫ると―首を狙って一閃。

夜の闇に剣花が散る。

首を狙った必殺の一撃は,青年の剣によって防がれていた。

しかし、少年の攻撃はそこで終わりではない。


すぐさま二刀目が放たれる。

斬撃が残像を残しながら奔る。

眼前に迫る高速の刀を青年は素早く体を引き避ける。

少年はそれを追撃。

刀で青年の胴を真一文字に薙ぐ。

青年はそれを剣で受け、鈍い金属音が森に響く。


「…くくっ……あはははははははっ!!!」


この場には場違いな。

心底楽しくて仕方がない笑い声が少年の口から漏れる。


「これだよ!…これ!!これこそが……オレが求めていたものだよ!」


少年は笑っていた。

しかし、そこにあるのは先程とは比べ物にならないほど濃密な殺気。

青年は、笑う少年を厳しい顔つきで睨む。


ひとしきり笑った後、少年は交わった刃を解き青年との間に距離を取る。


「天魔双月流、最終伝承者、天空睦月(あめそらむつき)…推して参る」 

「…グレゴノール剣術、閃位ヴァールノント、エスクール・ネバンス…受けて立つ」


少年の名乗りに応じ、青年も名乗る。


「「勝負!!」」


ふたりが同時に叫び―殺し合いがはじまった。

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黒の侍と金の騎士 エル @EruWaltz

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