第四十九話 時限弾丸衝

 極端な話をすれば。

 無限機動は〝たった一人〟でも操縦できる。


「いい月だ。なあ。なんか言えよ十一ひといち久しぶりだろ遠出もさあっ」


 船底より白色の飛沫をあげながら、隣がぐいぐい幅を寄せてくる。操縦席の第十一隊長が右手の巨大なスラストレバーを真ん中に引き込んで。


「危っぶないだろっ。やめろってッ」

『あっはは。はじに寄んなよ落っこちるぞっ』


 夜に輝く竜脈を翔ける二台の突撃艦ハンマーが接触するほど近づいて、魔力の壁が擦り切れてちりちりと光が舞っていた。しょうがないので両手のレバーを手前に引いて若干スピードを落とすと、隣も合わせて落としてくる。いらっとして。


「お前。ほっんとに……」

『えへへ。楽しいだろお。なあっ』


 船に乗った時のこいつのテンションが嫌いだ。地上に居るときはまだマシなくせに空に出た途端の適当な軽さ加減が隊長の十一ひといちは極めて苦手だった。なんだか——命を粗末にしている感じがする。いっつも。


 苛つくのだ。

十三ひとさんおまえいい加減にしないと同期するからなッ!」

『うえっ、わーかったってえ。冗談だよ冗談っ』


 隣の動きがおとなしくなった。聞き分けのない十三ひとさんの首に縄をつけておくために、十二隊長が彼に与えた特権である。彼のハンマーが主、彼女のハンマーが従の関係で基準座標ベースラインの同期権が設定されていた。


 同期が発動すれば、一定以上の距離を離れられなくなる。主体の動きに従体は必ず位置を引きずられる。ある程度の自由が奪われるのだ。

 追随する小型の魔導機を無限機動の航行と同期することは一般的だが、本船同士の同期は珍しい。故障した相手の牽引ぐらいしか出番がない。時速200キロリームを越えて走る竜脈移動ドライブ上の同期なんて、なおさら危険しかない。


 竜脈の上で、遊びで幅を寄せてくる十三隊長も、それを同期させようとする十一隊長も、それなりの乗り手なのだ。最悪彼らが一人でも乗っていればハンマーは走る。だから十三隊長が余計な人員が要らない面倒だと言い放つのも、あながち間違いではない。

 手が足りなくなるのは艦が傷ついたときだ。システムの復帰、壁の調整、設備の補修と人員の救助に手がかかる。安全を見越してのことだ。


 結局リスクを取るか保険をかけるかという話で、いつも十三隊長はリスクを取る。それが腕に覚えがある故なら、そう言えばいいのに。


 そんな言い回しは、しないのだ。こいつは。

 苛つくのは、きっと、そんなとこなのだ。


「……ひとりなら死んでもいいなんて話じゃないんだからな」

『ああ?』「なんでもないっ」


 死んだら魔法医に復活させてもらえばいいとか、思っているのかもしれない。そんなもんじゃないんだ。そんな簡単なものじゃない。十一隊長が思う。帝国が黒騎士卿の魔導で治癒魔法を独占してから兵士の間でもいくらか、生き死にに関して頓着のない発言をする連中は増えてきたように感じる。


 こいつもそうなのだろうか? 死に返れば済むと思ってるのか? ただの痩せ我慢でわざとらしく振舞ってるだけなのか?


 それともホントに馬鹿なのか?


「いやんなるなあ」

『ああ? 独り言多くねえか?』

「うるっさいよッ」


 馬鹿だろうがなんだろうが。人が死ぬってのは、そんな簡単なことじゃないんだ。






 白く輝く網状竜脈ヴェインレーンを駆ける二機のハンマーより40キロほど後方。無限機動ベスビオの管制室で椅子の背を倒して寄りかかり、第十二隊長は頭の後ろに手を組んでパネルの地形図を見ていた。


 地図に映る直線が現在の網状脈ヴェインの簡略図、その上に光る二つの光点が十一隊と十三隊の位置を示している。図体の大きいベスビオは徐々に距離が開いて遅れていくのが、いつものことだ。


 結局、ベスビオに積んできた飛空突撃砲バンドランガーは三百六十機になった。単座の空飛ぶ砲身で、カウルが旋回するモノローラのような無極性ではなく、前面がツノのように尖った衝角の下に大きな直射砲バルトキャノンがある。ランディングした兵士の両脇にも速射砲を持つ機体だが、とにかく魔力の減りが早い。


 そんな飛空突撃砲バンドランガーを、またはモノローラを、〝蜂の巣〟の異名を持つ無限機動ベスビオは最大〝九十機〟まで一斉に同期できる。まともな兵装を持たない輸送艦の唯一の特性であった。

 巨大な船体を中心に、まるで海中の魚の群れのごとく同期するバンドランガーからの制圧射撃は、たとえ相手が無限機動であっても十分驚異なのだが。


 速度優先の竜脈戦だと話が違う。振り切られたら引き離されて逃げられてしまう。といって同期から切り離したバンドランガーを単機で追わせても、壁を砕く前に弾切れを起こすだろう。

 蛇は特に足の速い無限機動だと聞いていた。振り切られたら魔導でも使わない限り追撃は難しい。


 だから足止めが必要で、だから二人を先にやった。あいつらがどこまでしつこく食らいついてくれるかが鍵なのだ。


 とすなり、追っ払うなり。

 さっさとケリをつけちまおう。と。


 ——顔をしかめる。なんだか妙に焦っているからだ。こんな予感がするときは、ろくなことがなかった、昔の戦場でも。今だって、一緒だ。




◆◇◆




 真っ黒な、巨大な鳥たちが追いかけてくる。


 なんにもないセピア色の世界を、ひたすら逃げ回っていた。身体が焼けるような熱を持って、父親に看病されて、連れられて。そのあとのことは覚えていない。今だって、ここがどこかもわからない。ただ追われていた。


 黒い鳥たちは鋼に似た太い嘴を広げて娘を追い立てる。逃げて逃げて振り向けば宙には遠くに四つ五つの双角錐が浮いていて、それらは鳥の動きに合わせて一糸乱れず右へ左へと。まるで魚の群れのように見えない何かで繋がっているように。


 娘が右へと逃げたら右の錐が、左へ逃げれば左の錐が、ばりばりと開いて翼となって中より同じ嘴の顔が覗いて追ってくる。逆に先ほどまでの鳥は羽を閉じて錐に戻るのだ。そんな果てのない逃亡の途中で幾度となく。


 黒い霧を、娘は吹きかけられた。


 霧は風となってまとわりつき、その度に、足に。腕に。強い熱が走ってざわざわと痒みのような痛みのような不快感とともに。体毛が生えてくるのだ。身体は徐々に重くなり、逃げながら撫でた頰に感じた毛の多さに。ぎりぎりと痛む頭を押さえて気づいた大きな耳に。伸びた爪に。変形していく腕に。


 変わっていく自分に。

 ばらばらと涙が出て。

 取り返しのつかない、なにかが。


 自分に起こっていることだけ、わかって。

 ついに顎が上がって小走りになり。


 膝をついて。地に手をついて。わかった。小石だ。毛羽立った手をついた地面は丸っこい小さな石が無数に無造作に転がった、どこまでも続く広大な河原だった。遥か遠方に、といっても全く距離感がつかめない遠くに、河が流れているのが目に映って、しかし。


 頭上からまたしても今度はひと回りもふたまわりも巨大で真っ黒で植物の種のような角錐が音も立てずに降りてきて、ぎざぎざと。真ん中から縦にひび割れて。


 ゆっくりとひらく。

 そこにもまた鳥の顔があったのだが。


 それは今までの鳥たちと違って、わずかに斜めにひねった顔の半分が醜く焼けただれている。ヒトの数人は平気で飲み込みそうな嘴は火傷で引きつっているのか、わずかに開いてかかかかかかかかかと細かく震えて鳴らし、しわくちゃの瞼がばりっばりっと奇っ怪な異音とともに上下に縮んでいく。真っ赤で。真っ赤で。のっぺりとした何の表情も映し出さない瞳が高みから見下ろして。


 ひっ。ひっ。ひっ。と恐ろしさに呼吸がえずく娘を、ただ見下ろして。それから。巨大な嘴が無造作に開いて目の前に——





 開いた眼のそのすぐ前に。誰かが眠っている。


 頭がぼやける。喉と腹に締め付けるような嫌な苦味が残っている。重たく沈んで動かない自分の体はベッドに寝かされているらしい。生まれて初めて見た〝それ〟が何なのか、彼女にはわからない。幻だったのだろうか? あの鳥は、どこに行ったのか? あの場所は、どこに消えたのか?


 ただ、だんだんと、思い出すにつれて。焦点の合わない眼の前にごそごそ左手を持ってくれば、記憶にある荒れてはいたが細かった若い彼女の手の甲は山吹色と真っ白の混ざる深々とした流れる体毛に包まれて、それは、毛並みといえば美しいはずなのに。


 歯が、鳴る。震えが止まらない。身体に熱が篭って。その時。


「落ち着きな。いいね。目が覚めたんだね。ゆっくり、息をするんだ」


 声が届いたので、さらに意識が覚めていく。自分の隣で目の前でくうくうと寝息を立てているのは、真っ白な産毛に包まれてやや鼻筋のまるっこい可愛い女性のウサギだった。純白ではなく青みがかかった長い髪からふさふさの耳が伸びている。


 声はそのウサギのさらに奥、ベッドの——これはどうやら医療用のベッドらしいことにも気づいて、その端にやや屈んで顔を近づけている、ネズミっぽい造形の女性だった。顔を包む体毛は枇杷びわ色でウサギよりもつんつんとしていて、鼻は尖って高い。懐っこい顔で髪からはみ出た広い耳を動かし、娘にそっと吸い飲みを差し出して口に咥えさせる。


 喉に水が流れ込む。

 そちらの方が、大事で。


 夢中でちうちうと飲む水が熱を治めて癒していく。喉の痛みが引いていく。吸い飲みを程なく空にした娘の口から離して脇に置き、モニカが髪を撫でてやる。


「もうちょっと寝るんだ。名前は?」

「……カーナ」「そうかい」


 ざっくりと切った金髪をいじって、少し牙の見える裂けた唇を親指で拭いてやりながらモニカが言う。


「だいぶ獣に寄ってるね。もう少しヒトに寄せれば可愛い顔だ、いい按配を探せばいい、そのうち魔力マナも落ち着くさ……眠りな」


 優しく声をあててやるモニカに応えるように、娘がまた目を閉じた。息が収まり、寝息に代わっていくのがわかる。横にリリィが無造作に寝ているのが、いい風に出たのかもしれない。そう思ってモニカが笑って。


 考えるのだ。遠い昔に聞いたことがある。


 生き死にがかかった獣化の際に、ヒトはこの世ならない何かを見ることがある、と。今のこの娘は、見ていたのだろうか? それに似たことを言っていたのは、パメラだけだ。あの子も命がけだったと聞いた。この娘は、どうなのだろう?


 まあ、今は考えても詮無せんないことだ。竜紋態ドラゴニアが消えてからずいぶん経っている、もう竜脈移動ドライブに入って結構な時間のはずだ。この部屋のスピーカーは切ってあるので。


 腕輪に小声で話すのだ。


「こちら医務室。あたしらはいつでもいいよ。返事はいらない」




◆◇◆




『返事はいらない』


 モニカの声が通る蛇の中は、すでに忙しく他の乗組員クルーが動き回っていた。厨房のフランとシェリーの二人はログをサポートするため現在は副砲車両に移動して旋回狙撃砲バッシュレイの変調を行なっていた。この子らの精度調整はかなり細かい、いくつものダイアルをちきちきと微妙に変えていく。


 ログは副砲の銃身トリガーをがっつりと抱え込んで右腕に馴染ませていた。左手でスコープの位置をその体躯に合わせて椅子に深く沈んで、腕輪に話す。

「速度があるのだろう? 最初、狙撃砲マークドは接触式でいく、切り離す時は指示が欲しい。艦長」



「わかった。キーを送る」『承知した』

 管制室にはアキラとエイモス医師が来ていた。虎の指示で二人もレオンに並んで管制パネルの椅子に座る。操縦席のミネアが緩く操縦桿を傾けながら声を出した。

「第三脈に移動、5分前。左舷230リーム」


『230リーム了解。艦長、キーは決まりましたか?』

 ダニーの声に、操縦席の横に立つ虎が答えた。


光彩鍵スケルトンコード、〝クリムゾン〟〝クリムゾン〟〝赤煉瓦ファイアブリック〟。三掛けで行く」

 その組み合わせを聞いてミネアが振り返る。虎が笑う。



 格納庫で整備中のケリーとノーマが。動力室のダニーが。そして主砲車両のロイもその鍵に反応した。思わず腕輪で聞き返す。


時限弾丸衝バーストバレットというやつですか? 私は話に聞いたことしかありませんぞ、艦長」

『今のウォーダーの性能ならできる。どう思う?』


『いいんじゃない? あたしは任せるわ艦長』

『俺もです、でも、だったらしばらく中で待機ですね』


 狼と狐の返答を聞きながらロイが振り返り、きょとんとした子供らに指示を出す。

「全砲関節解放。大地星タイタニア200。射角は進行方向に水平。無反動で突撃形態だ」


「お、おっけー」「射角水平。了解です」

 慌てて子供たちが計器盤に向き直って調整を始めた。


 光の道を航行するウォーダーの折りたたまれた翼のような十二本の砲塔群がゆっくりと動き出した。最も長い両舷第一砲塔が垂直に上がって、第二砲塔がやや斜めに、第三第四と傾斜が大きくなり、ちょうど孔雀がその羽を広げるように扇で動く全砲塔が向きを真後ろから真正面へと変えていく。


 完全に前向きへと揃った十二本はまるで蛇の顔を両脇から包むように覆い隠す。その後すぐに。


「無反動形態。反跳元素カウンタークレイ、適用200。第一関節解放。」


 エリオットの声と同時に左右六対の水平に並んだ長さの違う砲身の後ろ、曲がった関節の部分がごおん。ごおん。と音を立ててわずかずつ下がって砲がずれた。



『ずいぶんと久しぶりですな。秒数は最大で?』

「忘れちまったなあ、7秒か?」『7秒です』

 ダニーに確認した虎がミネアを向くと、じっと見返してくるのだ。


「7秒?」「そうだ」

「昔の艦長みたいにできるか、わかんないよ?」


「かまわん、やってみろ。どうせあちらさんも突撃艦ハンマーだ、一撃じゃ決まらん」

「……どうして戦い方、変えるの?」


 虎が苦笑する。ちらと、医師とアキラに視線をやって。

「どうしてだろうな」


駆動音トーン確認!!』

 艦内に緊張が走る。

『前方竜脈上に二機!! 機影、突撃艦ハンマーです!!』




◆◇◆




「いたぜ。待たないぜ。いいな十一ひといちッ!」

「了解だっ。どうせ先だろ?」

「あったりまえだろうがッ!!」


 第十三隊突撃艦の浮動接続面から飛沫が上がって、ぐんと加速した。管制室の巨大なパネルに映る有視界の映像はひたすら暗闇に続く美しい竜脈の道だったが、その右隣の地形図に示された光点が明らかに近づいてくるのだ。

「障壁上げッ!! 2000万だッ!!」


 激しい音をたててハンマーの周囲に虹色の壁が噴き上がり、竜脈に擦れてばりばりと火花と光電を放った。




『一機が加速、距離40000。後方に微弱な駆動音トーンを確認、距離不明です』

「ベスビオか?」『機種も不明ですが、似ています』


 ダニーの報告に虎が声をあげる。

全員オールッ!! これより戦闘開始。弾丸衝バーストバレットで正面からぶち当たる。衝撃に備えろ」

 そこまで腕輪に言って、アキラとエイモスを向いて。

「先生、アキラ。振り落とされないようにな」

 言われて二人がぐっと。椅子に深く沈み込む。


『距離30000。』

『了解。十二連砲充填開始。反跳元素カウンタークレイ準備』

 ロイの声とともに。並んだ十二の主砲の前と後ろが同時に発光を始める。光がかたまりとなって砲の先端に溜まっていく。


『距離24000。』

「加速300。……〝軍霊ケルビム〟発動。」


 ぼおっと。ミネアの全身が一気に輝いて竜紋態ドラゴニアに移行した。燃えるような紋様を全身に浮かばせて足盤パネルを押し込む。前に映る景色が徐々に加速していくのがわかった。


 かたかたかたとわずかに振動していた計器盤の、細かい機器のあちこちが。音を立てるのをやめる。アキラが周囲を見渡す。操縦席に座るミネアの周囲から陽炎に似た空気の圧が周辺にぼんやり広がっているのがわかるのみだが。


=力場が変化した。アキラ=


『距離18000。』

「距離4000で計測開始だ」

『了解。16000。』「距離4000了解」

 ダニーとミネアの返事に、空気がぴりぴりと緊張を上げてくる。医師と青年と赤毛の少年がぐっと椅子を掴んで構えた。



「蛇、視認! 砲撃準備に入っています!」

「当たるかよッ!! まだ直進ッ!!」


 第十三突撃艦の管制画面に見えた小さな蛇の頭部に。縦に並んだ砲口が輝いているのが見えた。が、緩めない。曲げない。突っ込んでいくのだ。

「おおっしゃお前ら対衝撃準備ッ!!」

「接触15、14、13……」



『距離5000。』

「主砲全弾発射!!」『発射!!』

 竜脈を突進する蛇の正面。轟音を立てて障壁発生塊の左右から十二の光弾が撃ち出され同時に左右六本の主砲関節部からも爆煙が吹き出した。


「うおおおおッ!!」

 ミネアが一気に足盤ペダルを踏み込む。


 その十二の弾がまるで絡み合うように捻れた中心へ蛇の頭頂が突っ込んで。巨大な光球がぐにゃりと粘土のように障壁発生塊を覆って魔法の壁に沿って一気に伸びて全身を包むのだ。誘爆は、しない。延長された爆発時限は。


 7秒。

『6。5。……』


 光を纏った蛇が突っ込む。

「なッなんだありゃあ——」『避けろ十三ひとさんッ!!』


 その声は、聞かない。効かない。ぎゃりいっと獣ばりに奥歯を鳴らして巨体を前のめりにして。

「ふッ! ふっざけんなッ突撃艦ハンマーだぞこっちはッ!!」


『2。』

「突っ込めッ!! 串刺しだッ!!」


 真っ白な竜脈の南北から猛スピードで、どちらも譲らず。避けずに。蛇とハンマーが正面から。その時。ミネアが握る操縦桿を微かに時計回りに捻り込みながらぎゅうっと左足の盤を緩く静かに踏み込んだ。

 

 飛びかかる巨大な角をかするほどに受け流した蛇の頭頂部にかった粘土のような光の分厚い衣を突撃艦ハンマーが接触して傷つけた瞬間。


 爆発が起こった。蛇は正面へ抜ける。

 速度は全く落ちない。


 衝撃と爆風が第十三艦の腹を覆った壁にまともにぶち当たる。機体が持っていかれる。白煙を引いて竜脈より放り出される。内部の全員が前のめりの艦内で傾れ込んで数人は吹き飛ばされ計器盤にぶつかった。十三隊長がしがみついた操縦席の手すりが軋んで鉄骨が曲がる。


 だが。「魔導錨アンカーッ!!」と叫んだ隊長に呼応して無限機動の衝角の下から二本の光線が直線で竜脈に撃ち込まれ、それをまるで線路のようにざああああっと身体を斜めに突撃艦が滑り込む。吹き上がった魔力の粒は水しぶきのようだ。


 爆発を置いてきた蛇が十一番に迫る。

「くッ! このッ!!」

 十一隊長は突撃に十分な加速をしていなかった。無理やり左レバーを押し込んで尖った頭部を向けるが間に合わない。


 蛇が顔を半分、光の川に沈めて避けた。ほんのわずかに。200リームを越える直線の図体があっという間に魔力の中に沈み込んで二機目を躱して。


「に、逃がすかッ!!——ひっ」

 竜脈上で勢い良く旋回して後を追おうとした十一番機の正面に。


 蛇もまた向きを変えて。停止していた。

 そんな音は、聞こえなかったのに。


 北と南が逆転した竜脈の上で月を背にして鎌首を上げて。蛇は突撃艦を見下ろしていたのだ。睨みつけるヘッドライトの横ですでに砲口には次の爆光が充填されているのがわかった。


『次は3秒だミネア』


 なんだこいつは。なんだこいつは。声が出る。

「なんだよ、こいつは……」


 轟音とともに噴き上がる魔力の塊にまたしても蛇が突っ込んだ。躊躇なく。今度はやや斜め上から。突進する。全身を爆薬で纏って。


『2。』


 涙目で思い切り舵を切るがもう獣の蛇は喰いつくほどにそこにいて。

 だが。その横っ面に。


 十一番の斜め後ろから。十三番が飛びかかる。

「うおおおおおおッ!!」


 また猛烈な爆発が起こって。今度は蛇も首を横に振った。鍵のかかった障壁に大きなヒビが入る。弾け飛んだ十三番のツノに纏った壁も輝きながら割れ飛んで。


「しっかりしねえか十一ひといちィ!!」

 唇の端に血をにじませて。十三ひとさんが操縦席から叫んだ。


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