第205話 底なし沼は抉らないです~!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
獣の慟哭のようなそれは、外側がほとんど人間にしか見えない吸魂士という種族たちによって発せられていた。だが、俺の知っている吸魂士と違いすぎる。奴らは誇りが高く、貴族のような高慢な態度の奴が多い。そんな奴らが畜生のような声を上げるわけが無い。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「来るぞ!」
吸魂士の動きを予測し、ツイルが声を上げる。そして、吸魂士は血の結晶で覆われた左半身に傾きながらこちらに向かって走ってきた。
「ドラゴンの息吹を食らうがいい!」
力を取り戻しつつあるツイルが口から放ったのは様々な色が混じった炎だった。炎は一直線に吸魂士を狙うが、吸魂士は左半身を前に向け、結晶を盾として利用している。炎は結晶により左右に割れていく。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「ちい!」
炎をかき分け、ついにツイルの側まで特攻に成功した吸魂士。ツイルはすぐさま後ろに飛び跳ねて回避しようとしたが、吸魂士は勢いよく身体を左方向に振るい、結晶化していない右手でツイルの首元を掴んだ。
「あっ!?」
「
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
瞬間、耳に飛び込んできた詠唱。それはアモンの光魔法だった。吸魂士の足元が光りだし、光った部分が溶けていく。一気に足を膝までその沼に埋めると、慌てたのか、ツイルを手放し、腰まで埋まった地面の硬い部分に両腕を載せ、固定しだした。埋まらないように必死なのだろう。こいつを早く始末しなくては。モタモタしていれば他の二人が攻撃してくる。
「させるかよ!」
一気に走り、固定している腕を蹴りつけた。外道のように思えるかもしれないが、こいつらも外道に堕ちたようなものだ。遠慮なんかしていられない。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
腕を蹴られた最後の慟哭。吸魂士は頭の頭頂部まで完全に飲みこまれ、底なし沼に落ちていった。
「
アモンは別の魔法を唱えた。すると、ドロドロになっていた地面が固まっていき、元に戻った。なかなかえぐい魔法だ。
「アモン、えぐいな」
「えぐい? 何も抉ってませんよ~!」
「そうじゃねえけど、まあいいや」
ツッコんでいる場合ではない。残りの二人をどうにかせねばならない。
「……」
だが、残り二人の吸魂士は動かない。俺は訝しげに彼らを見るが、女の方がニタニタと笑うのみだった。
「こちらから仕掛けさせてもらうか……いけツイル!」
「は? 自分で行け」
「ひねくれてる場合か! 俺は武器を取られたからなんもねえの!」
「その腕と足は飾りか?」
「あんな硬そうな結晶殴ったらこっちの腕がぐちゃぐちゃになるだろ」
こっちは武術も攻撃魔法も得意分野ではないのだ。アモンも補助系が基本のはず。今はツイルに任せるしかない。
「なんという情けない男だ」
「そ、そんな事言ってる暇ねぇだろ!」
情けないとまで言われ、多少傷ついたがそのまま引きずっている場合ではない。俺はツイルに拝み倒した。
「仕方ないか……」
ツイルは二人の吸魂士を見据え、手を空に突き出した。一体、何してんだとツッコミが頭の中で浮かぶが、ここでツッコんでもグダグダの会話が展開されるだけだろう。
「まだ完全な状態にはなれぬが……ふん!」
意気込んだ声を出すと、ツイルの皮膚が光っていく。服がどんどん破けていき、俺は礼儀として目を背け、彼女の足元を見る。すると、彼女の身体は人間ではなくなっていった。
「ここまで出来るようになったのかよ!」
目の前に居たのは二足歩行のドラゴン。腕は無く、代わりに翼が生えていたが、なんとも綺麗な四羽だった。そのドラゴンは俺の方を見て目を据えた。なるほど。性格はツイルだ。どうだ見たかとでも言いたいのだろう。
だが、これなら余裕なのではないだろうか。
「ガアアアアアア!!」
四枚羽のドラゴン――ツイルは二人の吸魂士に向かって咆哮を上げる。咆哮は地面と吸魂士の身体を揺らした。
「キャッ!?」
「アモン!?」
だが、なぜか、悲鳴が背後から聞こえた。地面が揺れたせいかと思い、後ろを振り返る。
「お前!? 地中に沈んでたんじゃ!?」
そこには、先ほど地面の中に沈んだ吸魂士が右腕でアモンの腕を掴んで睨みつけている吸魂士が居た。なぜか左半身の結晶が小さくなっていたり、地面が赤く染っていたが、それよりもアモンを助けなければ。
「離しやがれ!」
間髪入れずに吸魂士の右半身に蹴りを入れる。結晶に当たらなければ所詮は日陰者の身体だ。ダメージは多少入るだろうし、その勢いでアモンを離すだろう。そう考えて放った蹴りだったが。
「効いてねえのか!?」
ドスンッと鈍い音が響いたものの、ビクリともしないその身体に、俺は思わず声が上擦ってしまった。なんという耐久度なんだ……。
「ほんとにどうなってんだ……」
昔、この街の大人が吸魂士と戦っているのを見た事がある。だが、ここまで頑丈では無かった。どうやら俺が居ない間に随分進化を遂げたらしい。
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