第77話 騙されてる気分だ


 あれから何時間も経っているが誰も助けに来ない。あれか? 俺以外全員死んだ? 俺が最後の一人。いや、そんな妄想をしている場合じゃない。この体勢じゃあ魔法も使えないし。


 「アービスの旦那ぁ、クライシス〜、なんならシャロちゃんでもいいよー、助けてくれー」


 さっきから上でなんかドタバタうるせえし、俺めっちゃ放置されてるし、このまま干上がるまで放置か!?


 「人間の時間は有限なんだぞ!こんなわけわかんない所で放置して俺の貴重な時間を奪うな!」


 俺、ガリレスの心の叫び。だが誰にも届かない。ため息が出ちまう。


 「うるさいぞ、強運」


 すると不意に拷問部屋に一人の女の子が入ってきて俺に叱咤した。俺はその姿を見て感極まった。

 まさか、俺を助けに勇者が来るなんて! その白いワンピース姿もあってか、あんたが天使に見える!


 「お、おお!? なぜ勇者が!?」


 「どこぞの馬鹿が私のアービスをたぶらかしていかがわしい店に連れてきたと聞いてな、潰しに来た」


 おお! なんて危なかっしい理由だ! だが構わない! 助けてくれればそれでいい! やっぱり俺は強運だ!


 「理由はなんでもいい! 助けてくれ!」


 「お前も潰す予定だったからちょうどいい、お前はそこで干上がってろ強運」


 「はあ!?」


 この勇者、マジで言ってんのか!? この俺を見捨てるのか!?


 「それでも勇者か!?」


 「そのセリフを聞くのも聞き飽きた」


 「何度も言われてんのかよ! 頼むぜ! もうアービスの旦那を誘わねえからよ!」


 「一度でアウトだ、強運なんだろ? 逃げ出せるさ」


 「おい! ざけんな!」


 俺の文句も虚しく、勇者は部屋から出ていってしまった。なんて女だ。あれを勇者にした神様はどんな判断基準で選んでんだ。恨むぞ。


 「くそー! なんでこうなった!?」


 「お、おい、お前」


 「あんだよ! まだ嫌味が言い足りねえのか!? あ?」


 勇者が戻ってきたのかと思い、そう怒鳴るがそこに居たのは元々の元凶の女――ツイルだった。声まで綺麗とは恐れ入ったな。


 「嫌味? 分からないが、助けてくれたのはお前か?」


「ああ、あんたの声を聴けて嬉しいよ」


 お釣りでボコボコにされたが、まあ、良いか。いや良くない。助けてくれ!


 「あ、あの……」


 「助けてやる」


 おお、言う前に察してくれる女! 好きだ!


 「そういえば、あいつらは? 勇者が店員全部倒したから自由になれたのか?」


 「いや、さっきの女の子は私の扉を開けてくれただけだ、従業員たちは女を連れて逃げた」


 「お前は?」


 「地下は私だけだから忘れられたんだろ、それか死んだと思われたか」


 なぜ死んだと思われたのかは謎だが、どうやら先程から上でドタバタしてたのは色々あったらしいな。

 そういえばこんなに可愛くても魔獣なんだよな。


 「あんたも魔獣なの?」


 「魔獣? 私の種族名はヴィーヴルだ」


 「ヴィーヴル?」


 「宝石のようなドラゴンだ」


 「へえ、あんたドラゴンなんだ」


 「ああ、宝石と騙されて鉱石を食わされた」


 「間抜け」


 「助けてやらんぞ」


 「あ、それは勘弁! 助けてくれ!」


 ヴィーヴル――ツイルは俺の意地悪な発言にへそを曲げ、出ていこうとした。俺は慌てて助けを願う。するとこちらを振り返って、縄に近づき、縄を揺らした。


 「なんか爪とかで切れない?」


 「悪いが、人間になったせいか魔力の制御が不安定なのだ、何か刃物はないか?」


 「その熱湯に落としちまった」


 俺は下にある熱湯の大きな桶を見て、ゲンナリした。だがツイルは分かったとだけ呟くと、思いきり熱湯に手を突っ込んだ。


 「おい、バカ!何してんだ!」


 「気にするな」


 俺が怒鳴るのと反し、ツイルは冷静に熱湯から落としたナイフを取り出した。たがツイルの手は真っ赤になっていて気にせずにいられるか! と思った。


「手、大丈夫なのかよ」


 「大丈夫だ、私はドラゴンだぞ」


 と言ってる割に若干腕が震えてないか?


 「だから?」


 「だから火に強い……腕がヒリヒリしてきた……」


 だんだんと痛みが出てきたのか、まるで痛みに耐えるかのような声になってきたツイル。俺はつい苦笑してしまった。やっぱり間抜けだ。


 「ダメじゃねえか、ほらさっさと切り落としてくれ、俺が何とかしてやる」


 「分かった……」


 ツイルは火傷していない方の手で俺の縄を根元からきって……。


 「あ、待て!根元から切――」


 俺は落下した今度は肥溜めではなく、熱湯の中だ。俺が落ちたことにより熱湯の水が跳ね、ツイルにも被ったようだが、今は自分の問題で手一杯だった。


 「あづい!あ!!あ!!」


 俺は桶から慌てて出ると地面でのたうち回った。熱い!熱い!焼けるようだ!いや、焼けてる!


 「す、すまない、考えなしだった、なぜか私の顔も熱くなった」


 「お湯がかかったからだろ!!」


 まるで自然現象のようにそう言い切るツイルにそう強く指摘すればツイルは心配そうに俺を眺め出した。 俺はそんな目で見られたくないと思い、なんとか熱いのに慣れる前に立ち上がった。


 「まじで熱いな……探索サーチ!」


 これで俺は手を目で覆い、開く。こうして魔力を俺の目に流せば俺の目に雑多だが、魔力反応が見える。

 うお、なんかでかい魔力がある。これは勇者だな。上には風と火の混合魔力、クライシスか。もう一人、弱い魔力の奴がいるな。こいつ、変な魔力が付着してるが危険視する程ではねえな。

 受付に青い魔力がある。これは水が出る魔法具か? ちょうどいいな! 運がいいぜ! まあ、こういう施設にはあると思ってたから運関係ねえけどな。ついでに包帯と火傷治しの塗り薬があればなお良いんだが。それは魔力探知じゃ分からんからな。


 「上に上がるぞ、ちょっと我慢してろ」


 「お前、大丈夫か? 背中が赤いぞ」


 「上に上がれば治るからさっさと来い!お前も痛いだろ?」


 「感覚が無くなってきたから大丈夫だ」


 「大丈夫じゃねえ!」


 なんでも大丈夫と言い切るツイルの火傷していない方の腕を引き、俺は受付まで登っていった。こいつ、ドラゴンなんだよな……外見と声のせいでなんだか騙されてる気分になるがどうでもいいことか。

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