第58話 敵なら頭を吹き飛ばした方が早いだろ


 馬車は愉快に揺れ動きながら目的地まで進んでいった。その際、嫌がらせのように高価な物だけを三点ほど奪ったアニス。俺はさすがにチェーンさんが可哀想だと思い、やはり使い慣れた両刃の西洋剣を手にした。


 「犬君を見直して、勇者には失望した」


 「勝手に失望して、アービスには近づくな」


 チェーンさんは涙を堪えてアニスを非難するがアニスは一切、悪びれた感情を見せずにそう言い切った。鬼だな。


 「そろそろ付きますよお嬢様」


 馬車の荷台からゴリゴリじじいの声が聞こえた。俺は西洋剣を力強く握った。もしかしたら大商人が相手だ。強い傭兵が居る可能性が高い。ここは身を引き締めて役立たずにだけはならないようにしよう。


 ――――


 洞窟のある森までで馬車は止まり、俺たちは荷台から降りていった。チェーンさんはでかいリュックサックを背負っており、エルちゃんの手を握っていた。アニスは奪った高価なアイテムをズボンのポケットにしまい込む。

 少し心配なのが王都を留守にしていることだが、チェーンさんの予測通りならあっちは誘導で強い敵は居ないはずだ。


 「王都、大丈夫かな」


 「王都と言えばロックスを忘れていたな」


 「忘れてたんですか……」


 「まぁ、たまの休日だし、大丈夫だろう、問題ない問題ない」


 「襲われたりとかしたら危なくないですか?」


 「ふふん、犬君、ロックスはああ見えて元最上級魔術士だよ? 流浪の民としてさすらっているのを私が拾い上げたのさ」


 「え!? なら、ロックスさんって王国の人なんですか?」


 それは驚きだ。というより、流浪の民という枠組みの人を元だが初めて見た。傷が多い人だなと思ったが色んな苦難に立ち向かって来た証なのだろう。


 「ロックスはね、凄いよ、彼の陶芸魔術は素晴らしいよ」


 「陶芸魔術……?」


 聞いたことが無い。そんな魔術があるとは知らなかった。陶芸と言う事は粘土。土魔法の事だろうか。その中でも陶芸魔術という分類分けがされた魔術。想像が付かない。


 「ああ見えて繊細な男だからね、ストレスを溜めていただろうし、今回は君たちが居るから彼はお休み、よし、そう決めたら心配しなくても良いな、有給中だ、襲われても自分で何とかしたまえ! ロックス! はっはは!」


 チェーンさんはこの場に居ないロックスさんに向かって大声で天に呼びかける。死んだわけじゃないだろうに。


 「まぁ、王都にはエア・バーニングも居るだろうし、残してきたぼんくら三人組がやられてなければ丸々残ってる、大丈夫だろう」


 確かにそうか、逆に俺が心配しても仕方ないな。俺はそう自分に言い聞かせ、あの洞窟へ二度目の遠征に出かけた.


 ――――


洞窟に入り、チェーンさんが持ってきてくれたランタンを掲げながら洞窟内を歩いていた。おかしいゴブリンが居ない。エア・バーニングさんに一網打尽にされたとはいえ、ゴブリンの成長は早い。すでにほかのゴブリンが居るはずだ。やはり誰かが始末したんだな……。


 「ふふ、やはり感づかれたか、ここで待っていて正解よ」


 洞窟に入った俺たちを待っていたのは目を布で隠した男だった。予想通りもうこの洞窟はジルド商会に占拠されているようだ。

 そして、風貌、立ち振る舞いで分かる。彼は剣士だ。背中に備えている剣を見る。片刃の剣だ。


 「ここは俺が」


 「お前なぞ相手にならん、俺は全ての攻撃が心の目で見える心眼の持ち主だぞ」


 西洋剣を構えた俺が前に出ると、男はそう言い放つ。心眼という言葉に聞き覚えはあったが実際にそんな能力があるやつが居るとは驚きだ。これは油断できな――――。


 「|大波龍ウェーブ・ドラゴン《ビッグ・ウェーブ・ドラゴン》」


 「がぁあああああああ!!!???」


 なんということでしょう。俺が西洋剣を構え、集中している間に放たれた魔法。大波龍。それは、上級水魔法で前方に向かって龍の形をした水の塊をぶつける魔法だ。剣士はその龍に食われ、龍が剣士を水圧で押し潰しながら地面に水として消える頃には、剣士は膝を屈していた。俺の出番……。


 「ひ、卑怯な……」


 「勝負に卑怯もクソもあるか」


 膝を屈する剣士にアニスは先に進もうと横切ろうとしたが、瞬間、剣士は立ち上がった。


 「卑怯なら卑怯だぁ!!」


 「アニス!!」


 剣士は背中を向けているアニスに剣を振り降ろした。だが、アニスは慌てず振り向き、ポケットに手を突っ込み、取り出した物を剣士の顔目掛けて突っ込んだ。剣士の口にハマってしまったらしく、剣士は振り下ろした剣を途中で止め、口に突っ込まれた物を取ろうともがく。


 「んごっ!? んごごおごご!!」


 剣士の口に入っていたのは赤い球のようだった。あれは確か、チェーンさんから強奪した奴。


 「あ、あの勇者! なんてもったいない事を!!」


 「あ、あれ、なんですか?」


 「あれは――――」


 説明をしようとしたチェーンさんが口を開いた瞬間、剣士の口の中で球が爆発した。剣士の頭が赤い煙に包まれる。


 「な、なんだこれ――――あ、ああああああ!! あづい!! じだがやげどずるうう!!!」


 赤い煙に包まれた剣士は煙の中でのたうち回る。首を口元を押さえ、背中を大きく地面に打ち付けていた。なんか目とか充血してんだけど何あれ……。


 「あれは希少な調味料である辛さだけを追求した魔法具だ、本来なら究極の辛さの調味料に使うはずだったんだが、あまりにも辛すぎて生産中止! 残った在庫は魔物などのかく乱用に使われている!」


 「え!? そんな下らない物なんですか!?」


 「くだらないだと!? 犬君、あの剣士を見てみろ、あれは早々に治るものじゃないぞ」


 確かにあの剣士を見ると酷く辛そうに見える。涙や涎、鼻水が吹き出ていた。


 「アニス、知ってて使ったのか?」


 「そんなわけがないだろ、あんな馬鹿馬鹿しいものとはな、てっきり火魔法が入っているのかと思っていた」


 「そう思ってたなら平気で口に突っ込むなよ……」


 火魔法だったら頭吹き飛んでるだろ。見たくないわそんな光景。


 「あれ、生産中止してるから高かったのに……」


 「まぁ、倒したから良いじゃないか」


 「お、おう」


 良いのだろうか。哀れな剣士。特に見せ場もなく辛さの熱に敗れてしまった。

 そして俺たちは先を進んでいく。

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