第29話 お姫様になれたら良かったかも


 「なぁ、アービス、僕をまるで物のように退かしたよな」


 「へ?」


 シャーロットさんの雄姿を見て、反省をしていた俺にとても冷たい声が聞こえてきた。俺は冷や汗を垂らしながら、アニスを見るとアニスは地面に腰を着け、酷く虚ろな目で俺を睨んでいた。押しのけた際に力を入れすぎた……。


 「わ、悪かった! アニス! ほんとにごめん」


 「……歩けないからお姫様だっこじゃないと動けない」


 「はい?」


 急に何を言い出してるんだこいつは。俺は聞き間違いかと思い、もう一度聞きなおした。


 「だから君に押されて腰を打って歩けないからお姫様だっこじゃないと動けないと言ったんだ!」


 「ええ、おんぶじゃ――――」


 「やだ」


 「……分かったよ」


 俺はしぶしぶこのわがままお姫様の言う事を聞くため、アニスの頭を右腕で固定し、左腕をアニスのすべすべした両足の関節に入れ、持ち上げた。ぜんぜん重くないが、背中に背負っていた剣のせいでいつもより重量が増していた。そして、アニスの髪の良い匂いが俺の鼻を襲いだす。


 「な、なかなか良いな」


 「どうも、お姫様」


 「僕は君のお姫様かい?」


 「ああ、お姫様抱っこしてるからな」


 「ふふ、お姫様か」


 今日一番で喜んでるな。良かった。これで突き飛ばした事がチャラになるなら安いもんか。俺はシャーロットさんの後をその状態で追おうとしたが、アニスが俺の服を控えめに引っ張ってきた。


 「オーガ一体では変だ。エア・バーニングも居なかったし、一度、中で頭の悪そうな連中に聞き込みをしよう」


 「ああ、確かに。でも絶対に中で頭の悪そうな連中とか言うなよ!」


 さすがに俺もこの中の連中全員相手は骨が折れる。物理的に。だが、聞き込みは大切だ。俺は息を飲んで、深呼吸をし、その酒場に入っていった。


 「うわぁ」


 俺は中の惨状に思わず呟いた。割れた木製のカウンター。粉々になった椅子に割れた酒瓶たち。料理も散らばっていた。平気な顔で立ち飲みしている男たちもなかなかの神経だなと思った。

 この酒場は広く、二階もあるくらいだった。シャーロットさんめ、広いからってこんなに暴れて……こういう場合勇者パーティーとしてはどうすれば良いんだ?


 「よお、勇者様と……あ、悪い誰だっけ。いや、嫌味とかじゃなくて」


 俺がアニスをお姫様抱っこをして入るとスキンヘッドのいかにも強いですと体現した男が挨拶をしてきたが、本気で俺の顔を思い出せないらしい。だが、仕方ない、あまりちゃんと挨拶していなかったし、彼らの物覚えは良くなさそうに見える。というか覚えられてても、うちの学校みたいに場違いと呼ばれるだけだろう。


 「アービスです、上級魔術士です」


 「あ、ああ! そうだ! 上級魔術士のくせに勇者パーティーに入れたとかいうやつだ!」


 結局そういう印象か、俺はがっくり来たがアニスは少し不機嫌そうな表情を浮かべだした。まずい、下手な事言わないでくれよ。


 「す、すいません」


 「は? なんで謝んだよ、すげーことじゃねーか、俺なんか下級だぜ? 上級魔術士と最上級魔術士の違いなんかわかんねえけど、勇者に選ばれたやつだけが例外で後は最上級魔術士だけが入れると思われてた勇者パーティーに上級で入れたんだろ? すげえよ、お前」


 「え? あ、ああ、どうも」


 「僕のアービスだからな、当たり前だろ」


 なぜお前が誇るんだ。俺が褒められたんだろうに。まぁ、でもこうやって言ってくれる人が居るだけで結構助かる。なんでお前なんかがと言われるよりは全然マシだ。


 「そうそう! すげえよ! 兄ちゃん!」


 「シャーロットの事、シャロちゃんって壇上で言ってた時はすげえやつだなと思ってたぜ」


 「おいおい、勇者様、お姫様抱っこするとか羨ましいぞ!」


 酒場に居た荒くれものたちがやんややんやと何かを言い浴びせてくる。それには嫌味もなく、ただ祝福のように俺に掛けられた。俺は涙腺が緩む。

 

 「ここに居るやつらは全員下級か中級だ、結局のところ、勇者パーティーを尊敬しているが入れるなんて思ってないから嫉妬とか恨めしいとか思ってないし、思えないんだよ、まぁ、大変だろうが頑張ってくれ」


 おじさんは照れ臭そうに俺に左手の親指を立てると、右手に持っていた水が入ったグラスを差し出してきた。お酒は飲めないと言う前に察してくれる優しいおじさん。

 涙が出そうになってしまう。だが、待ちくたびれたアニスが袖を引っ張ってきた事により、俺は涙を引っ込め、本題をこの優しいおじさんに聞くことにした。


 「あの、ここで何があったか詳しく教えてくれませんか? 俺たち、さっきシャーロットさんに会ったばかりで」


 「良いぜ、教えてやるよ、シャロちゃんが暴れまくっただけの話だけどよ」


 こうして優しいおじさんは語りだした。それは少し誇張気味だったが、シャーロットさんの武勇伝になるには充分な話だった。

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