第17話 私も欲しいんです


 ナチがメインで作った黄色いスポンジケーキを家にある木材で出来た机に乗せ、二人で分けた。ワンホール分あった。

 俺は最初、夜の交流会もあるし、一切れだけにしとこうかなと思ったんだが、いっぱい食べてほしいとナチに言われ、せっかくだしなと俺は二切れ貰った。ナチは鍛えてるわけでもないので少食そうに見えるのだが、その通りで一切れ食べたらお腹いっぱいになってしまうので一切れだけを皿に置いていた。ホールケーキの残りは家族で食べなよと言っておいた。


 「アニスにもやろうかな……前に一度、スポンジケーキをナチと食べたことを言ったらすごいキレられたし」


 「や、止めた方が良いかも!! きょ、今日の事は私たち二人の秘密じゃ……ダメですか?」


 慌てて立ち上がり、俺を制止しだすナチ。何かに怯えているような感じだ。あれか? 昔、アニスに意地悪されたのがトラウマなのかな? まぁ、確かに二人だけで遊んだ時のアニス、怖いからなぁ。やめとくか。


 「そうだな、ナチと二人だけの秘密だ」


 「う、嬉しいです!」


 とても嬉しそうに席に座るナチはスポンジケーキをフォークで細かく切って小さい口に運び出した。まぁ、女の子は秘密が好きって聞いたことあるし、嬉しいんだろう。アニスとかとも秘密の約束とかするんだろうか?


 「なぁ、アニスとかともこういう秘密の約束とかするの?」


 「あ、う、うん、一応……」


 ん? なんか表情が曇ったぞ? どんな約束してるんだろ? でも秘密の約束って聞いたらダメだよな。ナチなら教えてくれそうだけど、それでアニスとナチの仲が悪くなったら大変だし、あまり聞かないでおこう。


 「そうなんだ、あ、別に言えって事じゃないからな、ただ気になっただけ」


 「なら良かったです、言ったらアニスちゃんに殺されちゃいます」


 俺はナチの言葉と今の表情にゾッとした。普段のナチなら殺されちゃいますよと言う時、もっと慌てて小動物のような素振りを見せながら言うだろう。だが、今のナチの顔はまるで張り付けられた仮面のように嘘くさい笑顔を浮かべ、目を慌ただしく動かしていた。まるで何かから逃げている人のように。


 「いや、殺されはしない……だろ?」


 「ええ、もちろんですよ」


 俺がそう聞くと、ナチは目をこちらに向けたが、笑みは少し強張っていた。本当にどんな秘密を約束させたんだ? あいつ。アニスを責めてやりたい気持ちはあるが、また、一昨日のような勘違いやぶ蛇は嫌だし、ここは大人しくしとくか。


 「そろそろ、辺りが暗くなってきたし、俺はそろそろ行かなきゃかな、ケーキ美味しかったよ」


 「本当ですか! また作りますので食べてください!」


 あ、普段のナチだ。良かった。やっぱりこういう無邪気な笑みが一番だと俺は思う。俺が立ち上がったのを見てナチも立ち上がり、犬のように俺の前に出て、ニコニコと笑っていた。


 「楽しみにしておくわ」


 「はい!」


 「今日、片づけありがとな、じゃあ、おやすみ、あ、日本刀入れる袋に肩下げ紐付けたら教えてくれ」


 「はい! 出来たら私に来ますね! おやすみなさい! 今日は楽しかったです!」


 俺は手を振りながらそう言ってナチの家を後にした。これから始まる謎の料理対決にげんなりしだしたのはナチの家を出てすぐだった。


 ――――


 欲しい。欲しい。欲しい。欲しいなぁ。やっぱり欲しいよぉ。アービスくん欲しいよぉ。私じゃダメなのかな。

 アニスちゃん――――



 ――――うらやましいなぁ



 って、私、何を思ってるんだろう。やめよう。こんな事考えても仕方ないもんね。今日、楽しかったからかな? 明日も会いたいなぁ、アービスくん。早く紐を作ったら早く会えるよね。がんばろう。


 ――――


 大分、陽が暮れてしまった。アニスの家に向かわなければ……ん!?

 俺は家に戻ると驚いた。家の扉の前に、白いローブに着替えたエア・バーニングさんが扉の方を向いて立っていたからだ。なぜ、棒立ちをしているんだろうか。待たせてしまって怒ってるんだろうか? 俺は恐る恐る近づき、エア・バーニングさんの顔を見ると――――寝ていた。立ちながら寝ていたのだ。


 「エ、エア・バーニングさん?」


 起こしてあげなきゃな。俺はそう思い、背中を軽く叩いた。すると――――。


 「んっ!? くそう! ゴブリンどもめ! 農家の人の畑を荒らすだけではなく私を眠らせ襲うとは許せん! 悪しきその魂をこのエア・バーニングが風と炎で浄化してや――――ん? アービスくん?」


 起こした途端、顔を縦横無尽に動かしながら叫ぶエア・バーニングさんだったが、背後の俺が叩いたのに気づいたのか。一瞬、考え込み、焦ったような表情を浮かべた。


 「す、すまない! 君が昼食を届けてくれたと聞いてね、お礼を言いに来たんだが、どうやら料理の準備に本気をだしすぎたのと、先ほどまで五十匹くらいのゴブリンを相手に戦っていたので、少し疲れて眠ってしまったらしい、本当に申し訳ない!」


 「い、いえ! 大丈夫ですよ! でも、ゴブリン五十体ってすごいですね」


 「ちょうど洞穴から旅に出るゴブリンたちが一斉に移動し始めるころだからね、そのまま通り過ぎてくればこちらも何もしないんだが、王国内の村を襲っていくから討伐しなくてはならない」


 少し残念がるエア・バーニングさんからゴブリンも出来れば殺したくないという感情が見えるが、彼はどんなに王国から外れた村でも救いに来てくれる。ゴブリンにとって天敵だろうが俺たちにとってありがたい存在だ。だから尊敬しているわけだが。


 昔は騎士団が長い時間と王の了承、貴族の意見を聞き、討伐に出ていたのだが、金も名誉も要らないと言ういわゆるフリーで人を助けるエア・バーニングさんが現れてからかなり魔物による被害は激減した。彼は魔物将軍を倒した後、この王国を無償で守り続けてきた。時々、彼が手が回らない時があり、そういった際は騎士団が出ていくという形で、今のこの国の国防はまかなわれている。

 他の国もエア・バーニングさんや、彼と同じくらいの能力を持つ三十人ほどの最上級魔術士と争おうとは思わないので人との戦争は起きない。この国は、唯一、魔王再臨という切っても切れない問題を除けば平和だった。

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