第59話応援していたのはやまのんではなく哲郎君の方

「……けい先輩と小さい頃に遊んだことがある。別にそれがどうした」

 みっちゃんは幼馴染。

 そして、けい先輩はみっちゃんの母の再婚相手の連れ子。

 俺に接点が無いかと思いきや、普通にあったのだ。

 みっちゃんの祖母が元気だった頃、夏休みの間、けい先輩はみっちゃんの祖母の知り合いの子として家に預けられた。

 その預けられた際に、みっちゃんの母とけい先輩の父は何か運命的な出会いを感じ交際をスタート。

 遠距離恋愛で2年後にゴールイン。

 そして、やはり田舎はハンディキャップが大きいこともあり、再婚を機に母子共に、けい先輩の父の元へと引っ越したわけだ。


「まあ、だから何なんだと言う話だ」

 明日は文化祭で忙しい。

 今日は眠るとしよう。




 そして、迎えた朝。 

 校内の見回りをするために早くに家を出る必要がある。

 体力的にも色々と厳しそうだから、しっかりと朝ご飯をと思っていたのだが、手頃なものが見つからない。

 久々にコンビニで菓子パンでも買うか。

 そう思いながら、準備を終えた俺は家を出た。


「随分と早いのね」

 出た瞬間にけい先輩とエンカウント。

 制服姿ではなく、ジャージ姿だ。


「け、けい先輩こそ」


「私は早朝のウォーキングよ。いつもこの時間に起きてるの」


「そ、そうなんですね」

 

「なんと言うか、今日は顔を伏せがちね。何か嫌なことでも?」

 べ、別になんてことない。

 わけが無いんだよなあ……。

 だってさ、夏休み。学校は無い。

 近所に住んで居る子供はみっちゃんくらいしか遊ぶ相手は居なかった。

 そんな退屈なひと夏に現れた一人の女の子がけい先輩。

 もう、小さい頃の俺は知らない顔の女の子ってだけで、遊んでもらいたくて、遊んでもらいたくて、超うざかったのを思い出した。


 だが、それを嫌な顔をせずに受け入れて遊んでくれた相手。

 そんなことを思い出せば、なんてことないわけが無いだろうが。


「い、いえ。何でもないですよ? さてと、朝ご飯が無かったのでコンビニに寄る必要もあるので、そろそろ行かないと」

 逃げるかのように場を去ろうとした時だ。

 けい先輩がやれやれという顔をしながらこう言う。


「今日は忙しいでしょうし。ちゃんと、朝は食べておくべきね。ちょっと待ってなさい」

 けい先輩は一度、自分の家へ。

 2分も経たないうちにまた玄関から出て来る。


「これでも食べて頑張ると良いわ」

 渡されたのはおにぎり。

 さすがに2分で作って戻って来るなんて出来るわけが無いよな。


「これは?」


「みっちゃんの朝ご飯用に作っておいたやつね。まだ、ご飯は余っているし、後で作れば良いもの。遠慮なく食べて良いわよ?」


「ありがとうございます。それじゃあ、そろそろ行きますね」

 この場に長く居られない。

 幼き頃を思い出したせいか、もどかしさで死にそうだ。

 この行き場を無くした感情をどこにぶつければ? と思いながら受け取ったおにぎりを手に俺が学校へと向かうべく歩き出す。



 やや心理状態が揺れていたこともあり、やや早く学校に着く。

 生徒会室に入ると、そこには山野さんが朝ご飯を口にしている。


「んぐ……ごくごく」

 食べているものを飲み込み、喉をお茶で潤してから、山野さんはやって来た俺に挨拶をしてくれる。


「おはよ。間宮君」


「おはようございます。山野さん」

 挨拶をしながら、いつも座っている定位置に腰掛ける。

 そして、鞄からけい先輩から頂いたおにぎりを取り出し口にし始める。

 のだが、ジーッとこっちを見つめる視線に気が付く。


「どうしたんですか?」


「いつもと海苔の巻き方が違うなって」

 おにぎりに海苔を巻く時、いつもは大きな海苔を切って使うのが面倒なので、そのまま切らずに強引に巻いている。

 今食べているおにぎりは綺麗におにぎりのサイズに合わせた巻き方。

 そりゃあ、俺が作ったものではないのだから、差が出て然るべきだ。


「そ、そうですね」

 はっきり、けい先輩から貰ったと言えばよかったのに言う事ができない。

 色々と思い出す前ならさも当然に言えただろうに。


「ふーん。そっか」

 怖い。

 なんか山野さんの目つきが怖いんだが?


「どうしたんですか?」


「ううん。それにしても、握り方も上手になったなあ~って」

 おにぎりの形については割と雑。

 三角になっている時の方が稀。

 というか、不器用なので、まともに三角で握れた事が無い。

 けい先輩から貰ったおにぎりは綺麗に三角形。

 なぜか、けい先輩から貰ったという事を、隠し通さねばいけない気がして口は勝手にこう言い出す。


「姉さんが作ったので」


「なるほどね。そもそも、間宮君が作った奴じゃ無いんだ」

 納得した顔。

 ふぅ……。

 って、けい先輩から貰った事を隠す必要ないだろ……。

 隠した方がなんかやましさが凄まじいだろうが。


「というか、山野さんもなんで生徒会室でご飯を?」


「当日になって、これ大丈夫ですか~? とかなぜか文化祭実行委員じゃなくて、生徒会に聞きに来る人多いし。生徒会長として答えられるように早めに来たんだよ」


「だから、早めに生徒会室に来て、朝ご飯を食べてたわけなんですね」

 その言葉を聞くと、『まったくだよ』と言わんばかりに面倒くさそうにため息を吐いてから、もぐもぐと残りのおにぎりを齧り始めた山野さん。

 俺も残りのおにぎりを食べてしまおうと思ったのだが、喉が渇いたし飲み物を買いに行くか……。


「山野さん。お茶を買ってきますね」


「ん~、無いんじゃないかな?」

 飲み物を買いに行こうとした俺に待ったをかける山野さん。

 

「どうしてですか?」


「昨日、一昨日とで準備をするために多くの人が学校に残ってたでしょ? 先生によってはお疲れ様~とか言って生徒に飲み物を差し入れしたり、生徒自体が皆にお疲れ~って感じで配ったりするんだよ。だから、自販機がすっからかんになっちゃってるんだよ。ま、人気のない飲み物、トマト100%の野菜ジュースとかは売ってるんじゃない?」


「なるほど」


「そろそろ補充の人が来るだろうし、もう少し待てば普通のお茶とかも買えるはずだよ?」

 今、自販機に残っていそうな飲み物は本当に不人気なものでのどの渇きを潤すにはちょっと不十分そうだ。

 もう少し経って、補充されてから買いに行くか。


「じゃあ、今は辞めておきます。本当にろくな物が無さそうですし」


「だろうね。でも、そんな間宮君に私からのプレゼント」

 カバンの近くに置いていた袋からお茶を取り出し、俺に渡してくる。


「あ、ありがとうございます」


「今日は文化祭。生徒会として大変な事があるかもだからね。ねぎらっとかないとでしょ? こういう風に役員をねぎらっておくと、後々楽になるってけい先輩から教えて貰ったからね」

 確かにこういう小さいねぎらいでも、やる気は出る。

 とはいえ、少しお金が掛かってしまうのが難点だなとか、考えながら早速、山野さんから頂いたお茶を飲み始めた時だ。


 バンッ!

 生徒会室の扉が勢いよく開き、みっちゃんが入って来た。


「哲君! 私のおにぎりを返して!」


「ぶっつー!」

 口に含んでいたお茶を思わず吹き出してしまう。

 先ほど、山野さんに姉さんが作ったとなぜか嘘を吐いた代物。

 それがけい先輩が、作ったものだとバレてしまいそうになっているのだから。


「哲君。お姉ちゃんが作っておいてくれた私用の朝ご飯を勝手に持ってくとか、さすがに私でも怒るよ?」


「いや、けい先輩が後で作り直すから平気だって言うから」


「炊飯器にお米が残ってなかったんだよ……。で、私の朝ご飯は?」


「齧りかけのが一つと。一つはまだ手を付けてないから返」

 返すと言う前に取られるおにぎり。

 そして、みっちゃんは俺に向かってぶつぶつとお小言をこぼす。


「人の朝ご飯を盗る哲君なんて嫌いだからね! まったく、お姉ちゃんも哲君が朝ご飯を用意するのを忘れたからって、勝手にあげるのも酷いけどさ」

 ぶつぶつと文句を垂らしながらおにぎりを回収したみっちゃんは生徒会室から去って行くのであった。

 嵐が過ぎ去って、一安心……出来るわけが無い。

 まだ過ぎ去っていないのだから。


「間宮君? お姉さんが作ったんだよね?」

 並々ならぬプレッシャーを放つ山野さん。


「い、いや。その」

 言い訳が出来ない。

 昨日、けい先輩と小さい頃に遊んだ仲だという事を思い出し、妙に気恥ずかしくて、おにぎりを貰ったことさえなんとも言えない気持ちで山野さんに隠してしまった? と説明したとしよう。

 『あ、間宮君って。けい先輩に気があるんだ』

 と思われかねない。


「なんで嘘ついたの?」


「いや、そりゃあ、同年代の女の子からおにぎりを貰ったとか、異性の友達相手に話すのってなんと言うか気恥ずかしくありませんか?」


「……たしかに」

 それっぽい良い訳が通用したのか、山野さんはちょっと悩まし気に頷いた。

 

「山野さんだって、例えば俺におにぎりを貰ってそれを友達に言うとなると、なんか恥ずかしいですよね?」


「まあ、友達には言いにくいかもね。うん、そっか」

 納得したご様子。

 その様子を見て、『けい先輩に気があるんじゃ……』と勘違いされずに済んでほっと胸をなでおろす俺であった。

















 けい先輩Side


「ふぅ」

 ウオーキングで汗をかいた私はポケットから携帯を取り出す。

 すると、メッセージが届いていたのよ。


 で、開いてみたら、なんと言うか後輩からの脅迫でびっくりしたわ。


『間宮君におにぎりあげた? 私の事を応援するとか言ってたけど、けい先輩も間宮君の事を狙ってるのかな?』

 もう、ぞくりとしたわよ。

 普段は飾りっ気のある感じで必ず、スタンプや顔文字を添えてメッセージを送って来るのに今日は文章だけなのだもの。

 朝にしたちょっとしたお節介がこのような形で帰って来るとは思っていなかったのだから。


『狙ってないわよ? ただのお節介だから安心しなさい』

 そのように送った瞬間。


『本当に?』

 すぐに新しいメッセージが届く。

 そして、追撃するかのようなメッセージが後から届く。


『何も思ってないのなら、普通はしないんじゃない?』


『何か間宮君に思うところがあるから優しくしてるんじゃない?』


「はあ……。説明できれば良いのだけれども、説明したらもっと拗れそうなのよね……」

 実は小さい頃に哲郎君とは遊んだことがある。

 田舎で同年代の子が珍しかったのか、毎日、毎日、私に付き纏って、遊んでとせがんで来た可愛い男の子。

 その事を覚えているせいか、妙に哲郎君には甘くしてしまうのよ……。

 今日も朝ご飯を忘れたからというから、わけてあげちゃうほどにね。

 昔の記憶からか甘やかしてあげたくなる子が、後輩であるやまのんと付き合いたそうにしていたから応援しているだけ。


 まったく、応援しているだけだというのに仕打ちはどうかと思わないかしら?


「取り敢えず、シャワーね」

 そんなことを考えながら、私はウオーキングでかいた汗を流すべく、シャワーを浴びにお風呂場へと向かうのであった。



 

 


 

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