第57話やまのん! そして、関係進展イベントは失敗ばかり
「この服、似合うと思って持ってきました」
出てきた山野さんに冗談交じりで言った。
「……私以外にそんなことを言ったらセクハラだよ?」
思った以上に反応は無い。
ちょっぴり、反応を期待していただけに残念だ。
「分かってます。山野さんだからこそ、言ったんですって」
「ここで、話すのもあれだしちょっと場所を移そっか」
いつもなら、冗談を言えば反応してくれるのに一切ない。
……ジョークは駄々滑りしたわけだ。
地味に辛い。
「ですね」
教室の中から何事かと、ちらちらとこっちを見ているものが数人。
話しにくいし、俺が失言でもすれば、見ている相手は山野さんのクラスメイトなわけで迷惑を掛ける。
という訳で、俺と山野さんは場所を移した。
と言っても教室の中から見えないし、話声が聞こえないくらいの、廊下を少し進んだなんてことないただの廊下だ。
「さてと、開幕、この服が似合うと思ってとか言ってきた間宮君。何か言いたいことはある?」
「いや、その……山野さんだから」
「セクハラする人って、大抵、そう言う風に○○君とは仲が良いから平気だと思ってと言い訳するんだよ?」
ムッとした感じを強めた山野さんに気圧され、少しあとずさりする俺。
そんな俺を見た山野さんは面白そうに笑う。
「や、山野さん?」
「まったく、私が許してあげないとでも思ってたのかな? もう、間宮君ったら本気でビビらないでよ! 私が悪者みたいじゃん」
「いや、だって、本気で怒ってそうで……」
「え~、そんなに怒ってるように見えた? まったく、私の事をまだまだ分かってないな~。で、間宮君。私のクラスに来て私の事を呼ぶときは山野さんって言わない方が良いよ?」
「何でですか?」
山野さんと呼んではいけない理由が良く分からない。
そんな顔をしていると補足説明が山野さんからされる。
「実は、うちのクラスにもう一人山野さんが居るんだよ。そっちの方が山野さんってよく呼ばれていて、私はやまのんって呼ばれてるわけ。だから、間違って私じゃない山野さんが出て来るかもだからね」
「なるほど。あの、1年学期末2位の山野さんですね?」
「そうそう。そっちが出て来ちゃう可能性が高いんだよ。というかさ、ドアが開いた瞬間に『この服、似合うと思って持ってきました』だなんて言ってたけど、私じゃない方の山野さんが出て来てたら事故ってたよ?」
「……」
思い返してぞっとする。
あんなことを山野さん以外に言えば、ただのセクハラだしな。
「で、間宮君。私をクラスに呼びに来る時はどう呼ぶの? 今回は、私が運よく出てきたけど、たぶん私じゃない山野さんが出て来ちゃう可能性が高いし」
「……楓さん? それとも、やまのん? って、どっちも言い慣れてないのでちょっと恥ずかしいですね」
恥ずかしいなと思いながら言うも、山野さんの方がなんというか呼び慣れていない呼び方で呼ばれ恥ずかしそうだ。
「こ、この際だから呼び方を変える? ほ、ほら、今の呼び方も嫌いじゃないけどさ。何だかんだで親しいのになんか他人行儀感がすごいじゃん? 今の呼び方って」
「急に呼び方を変えれば、周りに変に勘繰られるかも知れないので、辞めておきましょう。山野さんに迷惑を掛けちゃうかもしれませんし」
「……だ、だよね~。うん、そうだよね」
ちょっと残念そうにする山野さん。
残念に振る舞う理由は二つ。
俺に好意があって、下の名前で呼ばれたい。
友達として仲が良いのに周りから勘繰られるからいつまでも呼び方を変えられないのがただ単純に残念。
「確かにこんなにも仲が良いのに呼び方がちょっと他人行儀感が凄いですよね」
「そ、そうだね。こんなにも仲良しなのに」
分からない。
どっちの理由で残念がっているのかが分からなさすぎる。
これ以上、この話を引っ張れば変に思われるだろうしこのくらいにしておこう。
「さてと、そろそろいい加減に山野さんの所に来た本題に入りましょう」
「だね。で、どういう理由で私を訪ねて来たのかな?」
「実はですね……」
山野さんに俺のクラスで使うコスプレ衣装の事前確認を忘れていた。
その中でも、不思議の国のアリスの奴はどうしても着てビリッと破れないかを確かめないと不味そうなので山野さんに着て貰おうと思い来たことを伝える。
「なる程。で、教室の中から出てきた私に『この服、似合うと思って持ってきました』なんて言っちゃたわけだね」
「そう言う事です。協力して貰えますか?」
「しょうがないなあ」
「ありがとうございます」
「さてと、更衣室は施錠されてる。トイレは……自分の服ならまだしも借り物だし、汚い場所で着替えるのは良くない。となると、生徒会室でお着替えかな?」
という訳で、生徒会室に向かう俺と山野さん。
生徒会室は鍵が付いてはいるものの、生徒が下校後に先生が施錠するまでは常に鍵は開きっぱなしだ。
誰かが急に入って来て、着替えを見られないように俺が外で見張りをすること数分後。
山野さんに呼ばれたので、生徒会室の中に入る。
「どう? 可愛い?」
水色のドレスと白色のエプロン。
その姿はまさしくおとぎの国から出てきた不思議の国のアリスそのもの。
「可愛いですね」
「うんうん。たまにはこういうのも悪くないね」
「大丈夫そうですか?」
問題の生地の薄さを追求する。
すると山野さんはちょっと準備体操風に体を動かす。
「うん、このくらい動いてもビリッてならないし大丈夫だね。生地は薄いけど、中に着ている服は透けないようにもなってるし」
「わざわざ、協力ありがとうございました」
「まったくだよ。ま、これも可愛い後輩の頼みだから仕方ないね。っと、せっかく着たんだし写真を撮って貰えない?」
確かに普段滅多に着ない服を着たという思い出を形に残すのは素敵な行為。
山野さんの携帯を受け取り、普段と違った装いの山野さんを画面に収める。
「いえーい!」
パシャリと携帯から鳴る効果音。
ノリノリポーズを決める山野さんがバッチリと写る写真を見せるべく指を動かすも、指が滑ってしまい思わぬ操作をしてしまう。
そして、思わぬ操作を受けつけた携帯の画面には……なぜか寝ている俺の姿。
「どう? うまく撮れた……あっ」
あっという言葉と同時に俺の手から携帯を奪う山野さん。
「た、たまたまだからね? たまたま良い寝顔を間宮君がしてたから、写真を撮っただけだからね?」
「で、ですよね」
心臓のドキドキが止まらない。
好きな人が自分の写真を隠し持っていた。
もしかしたら、俺の事が気になってるんじゃとか色々な思いが巡る。
つい、ボーっとしていると携帯に一枚の画像が届く。
先ほど、俺が撮った山野さんが映る写真だ。
「こ、これでおあいこだからね?」
「え、あ、そうですね。額縁に飾って家宝にします」
場の雰囲気が妙に重苦しい気がしたので冗談を交える。
「本当にしないでよ?」
「冗談ですって。山野さんこそ、さっきの写真を額縁に飾ってるんじゃ……」
「してない。してない。確かにさっきの間宮君は可愛いけどして無いからね?」
俺の写真を隠し持っていて色々と思うところがありドキドキ。
その上、山野さんに可愛いと言われさらに胸が高鳴る。
『山野さん。俺の写真を持ってるとか俺の事が気になってるんですか?』と聞いてそれとなく俺に気があるか確かめようと口を開こうとするも……
ヴー、ヴーと携帯が震え、みっちゃんから写真付きでメッセージが届く。
『見て見て~、哲君のアホヅラ出てきた! 明日から文化祭で写真を撮りまくるから整理してたら出てきた。超、アホくない?』
送られて来たのは凄くアホヅラをした俺だけが写る写真。
みっちゃんでさえ、俺だけが写る写真を持っているのだ。
山野さんも本当に俺の事が気になってるとかじゃ無くて、『あ、シャッターチャンス!』と思って俺の写真を撮っただけかもな。
危なかった。
『山野さん。俺の写真を持ってるとか俺の事が気になってるんですか?』と聞いて山野さんから『自意識過剰じゃない?』と言われて自爆するとこだった。
この場だけはみっちゃんに感謝だな。
そう思いながら、『助かった』とみっちゃんにメッセージを送るのであった。
いや、違う。
そうじゃ無いだろ。
いい加減、臆病になりすぎるのはおかしいに決まってるだろうが。
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