第19話攻める山野。守る間宮。二人はなぜか戦いを始める

 山野さんと電話を終えてから数分後。

 俺はふと思った。


「あれ? 山野さんってあの日、棚を開けて無いんだが?」

 棚の中身を見られて、その中にあったあれな物を見つけられた。

 警戒され部屋に来なくなったり、様子がおかしくなったりしたのだと思い、誤解を解くべく電話を掛けた。

 しかし、あの日。俺は長時間、目を離していない。

 ワンルームな間取り。ゆえに、視界の片隅では、常に山野さんを捉え続けていた記憶がある。

 どう考えても山野さんが棚を開けた姿を俺が目撃して無ければおかしいのだ。


「あ」

 そして、結論に至った。

 山野さんはもしかして、棚の上においてあった女性もののハンカチを見たから、ああなったのではないかと。

 すなわち、俺が部屋に女の子を連れ込んでいるというのに、自分はここに居て良いのだろうか? と思わせてしまったのでは?


「俺だって仮に山野さんの部屋には行った時に俺以外の男物の服があったら、行かない方が良いって思うだろ……」

 世間一般的に誰だろうとそう思うに違いない。

 お邪魔した部屋の主が誰かと親密な関係にあると知れば、当然の様に邪魔をしないようにと考える。

 ましてや、異性相手なら猶更の事だ。

 彼氏が居る女の子の部屋に頻繁にお邪魔すると言うのは女の子の彼氏に申し訳なくなる程、背徳的な感情を覚える。


「で、まあ。気を使って山野さんは俺の部屋に来なくなった」

 大体はこんな感じのはずだ。

 様子がおかしくなったのも、頻繁に部屋へお邪魔している相手に親密な人がいれば動揺してもおかしくない。

 動揺して貰えているという事は、多少なりと意識されているのではないか?

 電話をして、俺がハンカチの相手が親密とはいっても、友達だと言った時に落ち着きを見せたということはそういう事では無いんだろうか?

  

 そして、俺はあれな物を捨てるべく立ち上がる。

 俺は山野さんにあれな物を見られたと思って、話していたが、別にあれな物は全く関係なかった。

 でも、見られれば俺が想定した事態にはなりかねない。


「という訳で、捨てるか……」

 ちょっと惜しい気もするが、ゴミ箱に捨てようとした時だった。


 玄関のチャイムが鳴った。

 咄嗟にポケットにあれな物を仕舞い、応対する。


「はい。間宮です」


「山野だよ」

 やって来たのは山野さんだ。

 一体、どうした物なのだろうか?


「どうしたんですか?」


「んー。この際だから言っちゃうけど。ただ単に棚の上にあったハンカチの相手が別に友達だって知ったからいつも通りに来ちゃったわけです」

 俺の考え通り。

 山野さんは女性もののハンカチを見て俺に遠慮したという訳だ。

 いいや、俺にというよりも、女性もののハンカチの持ち主に遠慮したと言うのがあっているかも知れない。


「じゃあ、どうぞ」

 山野さんを家に招き入れる。

 その際に咄嗟に突っ込んだポケットの物がずり落ちないように深く押し込む。


「うん、お邪魔するね」

 いつも通りに俺の部屋へと上がってくれて嬉しいが、ポケットの中身が零れ落ちそうで心配だ。

 山野さんを家に上げると、山野さんが話しかけてくる。


「てっきり、ハンカチの持ち主と親密なのかな~と思ってたんだよ。だから、これからは間宮君のお部屋に行かない方が良いんじゃないかなって悩んでた。でも、友達だと聞いたし、こういう風にお邪魔しても良いんだよね?」


「全然平気です。と言うか、あのハンカチは姉さんのです」


「え? でも、間宮君は友達のって言ってたよ?」

 言っていることが違うと単純に頭を傾げる。

 説明の仕方で悩む。

 俺がただ単純に山野さんが棚に入っているあれな物を見つけたから、様子がおかしくなったと勘違いしたと言えるわけが無い。

 部屋にそう言うものがあるという事は警戒心を抱かれてしまう。


「……」

 説明が思いつかない。

 俺は『友達が置いて行ったあれな物を目撃されて警戒された』という考えで山野さんに話した。

 一方、山野さんは『棚の上に女性もののハンカチが置かれていて、来ない方が良いのでは?』という考えで俺と話していた。

 説明しようと思えば、単純に『友達が置いて行ったあれな物を目撃されて警戒された』という考えを打ち明ければ良いんだが、言えば警戒心を抱かれる。

 友達が置いて行ったと言うのを信じて貰えるわけが無い。

 俺が買ったものだと思われるに決まっている。


「んー、もしかして、ハンカチ以上に見られたらヤバいものがあった? 電話を聞く限り、間宮君は棚の上じゃ無くて、棚の中の事を言ってたのかな? で、棚の中を私が見たから様子がおかしくなったと勘違いして電話を掛けて来た?」


「……っつ」

 核心を突かれて、思わず吐息が漏れ出した。


「その様子だと図星かな? ハンカチ以上に見られたらヤバいもの……。友達が置いて行った。って言ってたし、何なんだろ? 気になるけど、私が見たら様子がおかしくなるような物でも、きちんと棚の中に入っているなら配慮してるって事だしこれ以上は詮索しないからね」


「え、あ、はい」

 な、何とかなったのか?


「ん? 詮索しないのって顔だね。詮索したほうが良い?」


「辞めて下さい」


「まあ、間宮君とはそれなりに付き合いが深い訳で、多少、変なものを持ってても引かないだろうけどね」

 一件落着。

 何とかなったと安堵していると、


「でもさあ、酷いよ? 私は他人の部屋の棚を勝手に開けて確認しないのに」

 心外だという顔でかなり俺へと詰め寄って来た。

 物理的に距離を詰め寄られていることもあり、ポケットに入っているものが落ちていないか心配になり、ちらりと確認する。


「すみませんでした」


「謝ってくれるなら良し。と言うか、ハンカチは本当にお姉さんのなんだよね?」


「あ、はい。証拠が必要なら電話して確認をとっても大丈夫ですけど」


「ううん。信じてないわけじゃ無いから大丈夫。というか、よくよく思えば間宮君が女の子を連れ込んでるなら部屋に私をこういう風に入れないよね……。たぶん、間宮君なら『彼女が出来ました。なので、部屋に来るのはちょっと……』という感じで断りを入れて来るだろうし」

 明らかに結構な信頼を寄せられているのを実感する。


「この件はこれで解決ですね」


「そうだね。間宮君の部屋にこれからも入り浸れると分かって良かったよ。ところで、一つ提案があるんだけど良い?」


「はい、何ですか?」


「実は実家に帰ったら使わなくなったまだまだ使える扇風機を貰ったんだよ。それを、間宮君の部屋においても良いかなって。効率よく部屋が冷えるらしいし」

 確かに冷房+扇風機の組み合わせは部屋を効率よく冷やせるからおすすめだとネットの記事で読んだ気がする。


「自分の部屋では使わないんですか?」


「間宮君の部屋に長居するなら、間宮君の部屋にあったほうが良いじゃん? それに、何だかんだでお部屋にお邪魔になっちゃってるし、そのお礼も兼ねてかな」


「じゃあ、それなら……」

 こうして、俺の部屋に扇風機が設置されるのであった。

 問題なく、扇風機が置かれたかと思いきや……。


「……」

 俺は目のやり場に困っている。

 扇風機の風を浴びればもっと涼しくなるよねとか言って山野さんが今まで以上に肌を露出させるようになった。

 具体的には短パンを穿いてすらりと綺麗な生足を晒すことが増えた。


 俺に生足を見られても大丈夫なくらいに好感度がある。

 この好感度が好きな異性に向けられる好感度で、見せつけても気にしないし、むしろ、俺へ見せつけることで誘惑しているなら良いのだが……


「間宮君。こんなとこに蚊に食われた跡があるよ」

 蚊に食われた跡があると言って、太ももの内側を惜しげもなく見せつけて来た。

 自然に見せられ過ぎて、見せつけて誘惑をされているとは思えない。

 ただ単に友達として好感度が高くて見られても別にという感じだ。


「よく、そんなとこを蚊に食われましたね」

 友達として好感度が高くて、見られても平気。

 それなのに俺が過剰に反応して『あ、間宮君は私の事をそう言う目で見てたんだ。最低……』と思われたくないので、平静を装う。


「結構、触ると凄いよ」

 そう言って俺の手を山野さんは自身の太ももへと導く。

 蚊に食われ跡なんか気にならない程、ドキドキとしてしまうが、『間宮君は私の生足に興奮するの? 幻滅したよ……友達だと思ってたのに……』と思われたくないがために。


「ほんとですね。結構、ぷっくらと腫れちゃってますよ?」

 すべすべでもちもちな太ももの感触に抗いながら、落ち着いた声音と態度で蚊に食われた場所を触るしか無いのであった。


 






???Side


「今日もダメだった……」

 彼女はさすがに焦った。

 棚の上に女性もののハンカチが置かれていた時は本当に焦ったのだ。

 あ、自分以外にも部屋にあげる女の子が居るんだなと。

 もう終わったと思っていた。ハンカチの持ち主とくっ付いて、蚊帳の外にされる日も近いんだろうな……と絶望し打ちひしがれていた。

 だが、置かれていたハンカチが姉の物であったと知り、彼女は安堵し、落ち着きを取り戻す。

 それでも、『他の女の子に取られたくない』、そう思わせるには十分すぎる出来事であったのは言うまでもない。


 そして、彼女は相手に友達では無くて異性だと意識して貰おうと努力を始めたのだ。

 例えば、薄着で肌を露出させてみたり、きわどい位置である太ももの内側に出来た蚊に食われを見せて見たり、と色々している。

 相手はそれだというのに普段のままで、何も変わらずに接して来る。


「……頑張らないと」

 彼女は色々と考える。

 どうすれば、相手が友達では無くて異性として意識してくれるのかを。

 相手が物凄く意識しているのを隠しているとは知らずに……。



 今、友達だと思われている現状を変えて、彼に異性として自分の事を意識させたい彼女と、彼女は友達として信頼してくれている。だからこそ、嫌われたくないし、避けられたくないので意識してないふりをする彼との戦いは火ぶたを切ったのだ。

 

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