第3話
ところが空では、三角月が蛍光灯に嫉妬して、みにくい権力あらそいをはじめていたのです。三角月は、星空はじぶんのものだと主張し、蛍光灯はじぶんはここをうごかないと主張していました。これでは、うつくしい星空がだいなしです。トキは空にむかって、光はだれのものでもない、みんなのものだと主張しました。
けれども三角月は、
「天の光と地の光とはちがうのだ。
天は上で、地は下だ」といいました。
なるほど。そういわれてみればそうかもしれません。
しかし蛍光灯は、
「天の光と地の光とは友だちだ。
天も地もひとつではないか?」といいました。
なるほど。そういわれてみればそうかもしれません。
でも、両者は正反対のことをいっているのですから、どちらも正しいとはいえないはずです。トキはわけがわからずにうでぐみをしてかんがえました。
いっぽう夜空の議論は、ともにゆずらぬまま星空の決闘となりました。
三角月が蛍光灯をコンコンとこづくと、パシンと蛍光灯は反撃しました。おこった月は突撃し、するどい角を蛍光灯の輪にぶつけようとしました。蛍光灯は二度三度と身をかわしましたが、ついにかわしきれずにパリンとこなごなにくだけ、ながれ星となって空いちめんにひろがりました。それは美しくも悲しいある夜のできごとでした。
それを見たベッドはおどろいて、荒馬のように野原をかけだしました。スプリングがよくきいていたのでどんな走りかたをしても平気でしたが、なにぶん大きくゆれるのでトランポリンにのっているように気分がわるくなりました。
それにしても、ベッドが馬のようにはしるなんてめちゃくちゃです。これでは、ぐっすりやすんでいるわけにもいきません。でも、三角月夜では、それがあたりまえだったのです。
トキは、ほんとうのお月さまをさがさなければ、もとの世界にはもどれないことに気づいていました。
「ほんとうのお月さまよ。ほんとうのお月さまよ。
ほんとうのお月さまのところまで、わたしをつれていってちょうだい」
それをきいたベッドは、キーッと急ブレーキをかけたように停まったので、トキはころんとベッドからころげおちてしまいました。
「いたいい!
なんてひどいベッドなの!」
抗議をよそに、しんみりと言いわけをしました。
「ごめんよ。
でも、それはできない相談だ。ほんとうのお月さまがでた日には、おいらのからだはうごかなくなっちまう。
部屋のすみっこでジッとしているのはうんざりだよ」
なるほど、ベッドにすればそうにちがいありません。トキはみょうに納得してしまいました。三角月は、人間につかわれている物にとっては救いの神なのです。蛍光灯のように空にのぼって月の怒りをかわぬかぎりは。
「わかったわ。
あなたはあなたのいきたいところにおいきなさい。
わたしはわたしで、ほんとうのお月さまをさがすから」
「わかってくれたのかい。
きみはやさしい子だね」
そういうとベッドは、スキップをしながら快活に森の奥へとはしっていきました。
三角月のでる夜はよ おっぺもしっぺも舌をだす
三角月のでる夜はよ おっぺもしっぺも足をだす
歌をわすれたノベの姫 かわりにおいらが歌います
三角月のでる夜はよ おっぺもしっぺも舌をだす
三角月のでる夜はよ おっぺもしっぺも足をだす
ベッドのへたな歌声をきいて、トキはクスクスと笑ってしまいました。歌詞はよくわかりませんでしたが、どうせふかい意味などないのでしょう。
ところでふしぎの森は、すみでぬったようにまっ暗でした。トキはうす気味わるくなって、フクロウのようにあたりをずっと見まわしました。すると、月の光のおかげでいろいろの生きもののすがたが見えました。
さまざまの昆虫がいます。さまざまの妖精もいます。鳥も、獣も・・そして、うっそうとしげる草木。そこは風と幽霊のすみかです。ふきの葉っぱのしたには小人の家があります。土のしたにはモグラの家もあります。小川のほとりには花の精がスイセンの花のうえでやすんでいます。湖のなかには水の精のやかたもあります。あれあれ、魚があんなにおよいでいる。川のうえには泉の音楽・・山と雲の造形・・空には火の鳥とペガサスがおどっている。光のうみ、神々の宇宙。そこには人間のつくった日用品もふくまれています。お皿やセーターやカナヅチだって生きていないとはいえないのです。
でも、トキはひとりでした。リスも小人もみんな仲間といっしょなのに、トキだけがひとりぼっちだったのです。
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