第9話 11月14日『宇宙からの落し物』(いい石の日)

「やめてよ! それは大切な石なんだ!」


 僕がお願いをすると、それを待っていたかのように、大樹は意地悪く表情を歪めた。お願いする僕の姿を見て、楽しにでいる。彼の取り巻き男子二人も、くすくすと笑っていた。


 大樹は小学六年生にしては体格が良く、運動ができて成績も良い。クラスの委員長もやっているから、先生からは「良い生徒」と思われている。騒がしいけどそれは元気な証拠、と大人は思っているだろう。


 だけど、大樹は「良い生徒」ではない。少なくとも、僕にとっては違う。


 彼は委員長という役割で生徒たちを自分の好きな方向に誘導し、子分を従えて数の優位に立ち、気に入らない奴がいると、悪口を流したり目立たない暴力を振るってくる嫌な奴だ。


 昨日のお昼休み、自分の宝物が何か? という話をしていた。レアカードであったり漫画のサイン本だったり、とみんなが話す中、僕は「隕石を持っている」と話をした。


 それは昔、僕の叔父さんが夜道を歩いている時に、目の前に落下してきたものだと言う。「宇宙からの落し物だぞ」と言って叔父さんはそれを僕にくれた。


 同級生には、「へー」で流されるかと思ったのだが、意外にも「隕石を持ってるの!?」と食いついて来た。


 広い宇宙のどこかから、壮大な時間をかけて地球に落ちて来たもの、そのスケール感に、みんなもロマンを感じ、好奇心を刺激されたのだろう。だけど、壮大であるから疑われもした。


「嘘くさいよ。本物なわけがない。目の前に落ちてきて、その人が無事だったて言うのもおかしい」


 みんなから偽物だと言われ、僕はむっとし、


「本物だよ! 宇宙から落っこちて来た隕石なんだ!」


 と強く抗議をした。


 が、その騒ぎのせいで、大樹に目をつけられてしまった。


「辻、明日それ持ってこいよ」


 見せて欲しい、ではなくて、「持ってこい」と命令されたときから、嫌な予感がした。


 忘れたら、からかいのターゲットにされるかもしれない、そう思いながら今日一日を過ごしていた。何も言って来ないし、忘れているのではないか? とほっとしていたら、放課後になってから、「石を持って来たか?」と大樹は僕の机のそばにやって来た。


 僕はランドセルの中から、おじさんからもらった隕石を取り出して、机の上に置いた。


 それは変哲も無い拳サイズの石だ。不規則な凹凸があり、ところどころ錆びたような色をしている。


「意外と重いな」


 ひょいっと取り上げて、大樹はそう言った。


 本物かどうか、確かめる方法はないだろうけど、大樹はしばらくそれをしげしげと眺めていた。


「嘘かと思ったけど、意外とマジっぽいじゃん」

「そうなんだ」


 だから返してほしいな、と思うのと同時に大樹は教室を出て行った。僕は慌てて後を追う。


「そろそろ返して欲しいんだけど」


 という僕の言葉を無視して、彼らがやって来たのは、学校のそばの河川敷だった。


「宝探しゲームをしよう」


 大樹の宣言で、彼が何をしたいのかがわかり、はっとした。


 河川敷にはたくさんの小さな石が敷き詰められている。その中に、僕の隕石を放って、それを探させようと企んでいるようだった。


「やめてよ! それは大切な石なんだ!」


 大樹が意地悪く、にたあと笑う。


「この石は隕石じゃない。ただの石ころだって認めたら、返してやるよ」


 叔父さんのことが脳裏に過ぎる。叔父さんは、僕にプラモデルをくれたり、漫画の読み方を教えてくれた大切な人だ。彼が僕に嘘を吐いた、と言うのはとても、嫌なことだった。叔父さんの名誉を傷つけるようなことにも思える。


 だけど、なんとしても石を取り返したかった。


「わかったよ、偽物だよ。ただの石ころだ」


 だから返して、そう思ったときに、大樹が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ショルダータックル」


 そう言って、大樹が肩をから僕に激突する。それはサッカーの技で、反則にならないから、と気に入っている大樹の暴力の一つだ。


 僕はその、大樹のショルダータックルを食らって、道に倒れ込んだ。頬や肘に痛みと熱を覚える。


 と、同時に、遠くから乾いた音が聞こえた。


 瞬時に、石が投げられたのだ、と理解する。どの辺りに投げたのかを見られたら、僕が簡単に見つけてしまうかもしれない、そう考えて突き飛ばしたのだろう。


 起き上がると、案の定、大樹は手をパーにしていて、笑顔を浮かべていた。


「どこにでもある石なら、別にいいよなあ?」


 おどけた口調で大樹がそう言う大樹から視線をそらし、広い河川敷を見て、途方に暮れる。


 なんんてことをしてくれるんだ、と大樹を見た、その時だった。


 大樹の体が横に吹き飛んだ。


 肩にかけていたランドセルが宙に浮かび、どさりと落下した。


 大樹が立っていた場所には、代わりの男子生徒が立っていた。大樹に飛び蹴りをして、その場に着地した彼は、同じクラスの志摩くんだ。


 志摩くんは、澄ました顔をして、地面でのたうつ大樹を見ていた。


「痛ってえなあ!」


 しばらくしてから大樹がむくりと起き上がり、志摩くんを見る。大樹の顔には困惑の色が浮かんでいたけど、次第に人をバカにするものに変わった。


「なにすんだよ、放火魔!」


 傷口に塩を塗り込むような口調で大樹は言った。放火魔、とは志摩くんのことだ。


 理由はわからないけど、志摩くんは、先週、夜中に家を抜け出してゴミ捨て場に放火をしたらしい。大きな火事にはならなかったけど、夜中に消防車が出る騒ぎになったそうだ。


 志摩くんは、頭が良くていつも本を読んでいる静かな男子だった。そんな彼が放火をした、ということは信じられなかったけど、野次馬根性で尋ねた同級生に対して、「本当だよ」と答えた。


「お前のことが嫌いだから、蹴っ飛ばしたんだよ!」


 志摩くんはそう言うと、転がっている大樹のランドセルも乱暴に蹴り飛ばした。ランドセルがパスされたボールみたいに、大樹の元へ転がる。


「文句あんのか?」


 意外な一面を見た。


 それは、志摩くんだけではなく、大樹に対してもだ。彼は、自分を怖がりもせず好意も抱かない相手に初めて会った様子で、目を白黒とさせていた。


 大樹と志摩くんはしばらく見つめあっていたが、大樹は「そそくさ」という表現がぴったりな感じで、脇腹を抑えながらランドセルを背負い、取り巻き二人に「行くぞ」とだけ言って帰っていった。


 僕は志摩くんのそばに立ち、しどろもどろとしながら、かける言葉を探す。


「ありがとう」


 そう伝えると、志摩くんは僕をちらりと見て、「辻のためじゃない」と言った。それは気恥ずかしくて言っている感じではなかった。


「誤解するなよ? 俺は、別に良い奴じゃない。アイツのことが気に入らないから蹴っただけだ」


 志摩くんは、僕を見ているけど、僕の後ろ、どこか遠くに向かって宣言するみたいに言った。


「なにそれ」

「弁解だよ」


 さてと、と言って帰ろうとする志摩くんに、「ちょっと待って」と声をかける。


「隕石は、本物なんだ!」


 志摩くんはきょとんとした表情をした後に、愉快そうに笑った。


「なんだよそれ」

「弁解だよ」


 僕は大樹が相手でも、彼のようにちゃんと戦うべきだった。


 叔父さんは嘘つきじゃないんだ。


 それをちゃんと言葉にし、誰かに聞いてもらいたかった。


「今度見せてくれたら信じるよ」


 その後、志摩くんと別れ、僕は河川敷に降りて叔父さんからもらった隕石を探した。後悔をなかったことにするためには、長い長い時間が必要になるのだと思い知る。


 太陽が沈み、あたりは暗くなった。


 今日、叔父さんからもらった隕石を見つけることはできなかった。


 だけど、明日も探しに来よう。


 自分が失くしたものの、形はちゃんと覚えている。


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