第6話 11月11日『初めてのポキポキ』(ポッキーの日)

 誰も来なかったらどうしよう。


 駅の改札前で、スマートフォンを握りしめて、30分待っている。冷や汗が流れ、ハンカチで拭った。


 子供の頃からわたしはうまくおしゃべりをすることができなくて、いつも黙ってしまうタイプだった。話を切り出すのが苦手だし、相槌を打っても、次の話題に繋げることができない。


 歳を重ねて、高校生になったら変わるかもしれないと思ったけど、全然変わらなかった。相変わらず、引っ込み思案のままだ。だけど、高校二年生になって、人生で初めてわたしと仲良くしてくれる人たちに出会えた。


 漫画が好きなゆっちゃんに、クラシックギターを弾く遠藤亜美さん、クールで格好いい高松春乃さん。


 わたしは「友達」というものに憧れを抱いていた。だから、教室の片隅でお話をする四人組が大好きだ。


 もしかしたら、お休みの日にみんなでお出かけ、ということもできるんじゃないかしら? そう思って、「に、日曜日、映画を見に行かない?」と勇気を出して誘ってみた。


 金曜日、みんなが「いいよ」と言ってくれて、本当に嬉しかったわ。みんなに見えないように、そっとガッツポーズをしたんだもの。


 だけど、今朝になってグループラインで連絡があった。


 ゆっちゃんからは「親戚の家に行かないといけなくなっちゃった」と来て、遠藤さんからは「先生がコンクール前の練習を見てくれることになった」と来た。


 もしかすると、休みの日にまでわたしと会いたくなかったのかもしれないな、うざかったかな、と心がざわついた。わたしは「全然大丈夫だよ!また今度ね!」と返事を送った。


 春乃さんからは連絡が来なかった。春乃さんも、みんなと映画だったら楽しいけど、わたしと二人きりだなんて、嫌かもしれないわ。面倒なことになった、と悩んでいるかもしれない。


 約束の11時までもうすぐだけれど、もし春乃さんが来なかったら、明日はどんな顔をしてみんなに会えばいいんだろう。痛い奴と思われてしまう。せっかくできた場所を、台無しにしてしまったかもしれない。


 昨日は残念だったけどまた今度と言えばいいのか、それとも話題にしない方がいいのか。


 スマートフォンを握りしめて、春乃さんからの連絡を待つ。きっと「急用が」と連絡が来るはずだ。


「加奈、おまたせ」


 顔をあげると、そこには春乃さんが立っていた。


 驚きで、心臓が止まりそうになる。


 チェックのフレアスカートに黒いニットがレトロな感じで素敵だし、白いベレー帽もお洒落だ。革製のポシェットも格好いい。アンダーリムの眼鏡は知的な感じだし、春乃さんは私服姿もクールだった。


「春乃さん?」

「どうしたの? 映画、11時30分からだよね。違ったっけ?」

「ううん、そうじゃなくて、来たの?」

「行こうって言ったの、加奈じゃなかったっけ?」


 春乃さんは、あわあわするわたしの肩に手を置き、「落ち着きなよ」と優しく声をかけてくれた。


 安堵で、体が脱力していく。よかったぁあ、と声が漏れ、目頭が熱くなっていくのがわかった。


「ちょっと加奈、泣いてるの? どうしたの?」

「誰も来てくれないじゃないかって心配だったの」

「どうして?」

「実は……あのね、こういうことするの初めてだったから」

「こういうこと?」

「お友達とお休みの日に遊ぶの」


 公衆の面前で泣くなんてよくないわ、と慌ててハンカチを取り出して涙を拭う。


「春乃さんが来てくれなかったら、明日からどうしようと思っていたの」


 春乃さんはしばらく考えるような間を置いて、「あぁ」と納得するように頷いた。「考えすぎだよ」


「誘われて、うざくなかった?」

「うざかったら来ないよ。加奈、気にしすぎ。ゆっちゃんに亜美も、本当に用事が入っちゃったんだと思うよ。みんな性格良い子たちだから、その辺は間違いないと思う」


 そうだったらいいな、と思うけど、と思いながらも本当かな? と春乃さんを見ると「気にしすぎ!」と強く言われた。「まあ、ドタキャンの償いは明日してもらおう」


「そんな、償いだなんて!」

「冗談だよ」


 冗談ならよいけれど、明日償ってとなって悪気がなかった二人が困ったらどうしよう、とハラハラしてしまう。


「四人の中で、わたしだけなんの取り柄もないし、わたしの誘いなんて嫌なんじゃないかなって心配していたの」


 わたしがそう告白すると、春乃さんはまじまじとわたしを見てから、口を開いた。


「四人の中で、一番勇気があるのは、加奈だよ」

「わたしが?」

「出会ってから半年経つけど、休みの日に遊ぼうって最初に言ったのは加奈でしょ。わたしは、その勇気をちゃんと知ってるよ」


 言葉が胸の中に染み込んで来て、それが込み上げて来て涙になりそうなのをぐっと堪える。


「今日は、映画見て、その後どうする?」

「迷惑じゃなければ、春乃さんが服買ってるお店に連れていってもらいたいな」


 自分は中学生のときから着ている花柄ワンピースに黄色いカーディガン姿だ。なんだか、春乃さんの隣にいると、春乃さんがダサい奴を連れているみたいで、なんだか恥ずかしくなる。


「あんまりお店詳しくないけど、いいよ」


 そっとガッツポーズを取ってしまい、それを春乃さんに見られてしまった。春乃さんが、口元に手をやりながら笑っている。


 腕時計を見る。30分までまだ時間がある。けど、もうすぐだった。


「あのさ、春乃さん、もう一つお願いあるんだけどいい?」

「なに?」

「実は、ずーっとやってみたかったことがあるの」


 そう言って、ポシェットからポッキーの箱を取り出す。


「中学の時に、11月11日11時11分11秒、みんながポッキーを食べてたの。授業中にこっそりやってたんだけど、それ見て楽しそうだなぁ、いつかお友達とやれたらいいなあと思ってて」


 11分11秒までもうすぐだ。


 春乃さんは、口に手をやり、肩を震わながら笑うのを一生懸命堪えている。


 わたしは耳に熱を持ち、顔が真っ赤になっていくのを感じていた。自分でも、恥ずかしいことを言ってしまった、とわかっている。けれど、このチャンスは滅多にあることじゃない。昨夜、みんなでポッキー食べたら友達っぽいな! と妄想を膨らませていた。


「加奈は重いなぁ」


 笑いながら春乃さんがそう言って、「いいよ、今日はとことん付き合うよ」と続けた。


「その代わり、わたしからも一つお願い」

「なに?」

「春乃さんっての、他人行儀だからやめて。春乃でいいよ」

「わかったわ……春乃」


 うん、と春乃さんが大きく頷いた。


 そうであれば、急がなければ、と慌ててポッキーの封を開ける。


 二人でそれぞれポッキーを持ち、小さな声でカウントダウンをする。


 10、9、8、7、6、5、4、3、


 ポキポキッと、心地よい音が響いた。

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