暴食のメル・アイヴィー ~七つの大罪は私

英知ケイ

私を殺して……

「私を殺して。勇人ゆうと、戦いをおわらせるにはそれしかないの」


「そんなこと、できるわけが、ないだろう!」



 叫んで彼は剣をふるい、右から左から押し寄せる魔物の群れを一蹴した。

 しかし、その努力も虚しく、続々と魔物は彼の周囲を覆ってゆく。


 『強欲マモン』、彼女が作り出しているのだから、際限など無いのだ。


 いつまで彼の、勇人ゆうとの心は持つだろうか。


 私は、十字架に手足を拘束された状態。

 自ら死を望んでも、何もできず、こうして、自分の死を願うことしかできない。



「裏切者の『暴食ベルゼブブ』よ、あの分ではお前の出番ももう少しであるな」



 動けない私の顎を右手で触りながら、『強欲マモン』は楽し気だった。


 私の『暴食ベルゼブブ』がこの世を食らいつくした後は、彼女の『強欲マモン』により世界は再生する。

 その瞬間が近づいているのが嬉しいのだろう。



「無念であろうな、小賢しくあの者とこれまで『美徳』を集めておったようだからの。少しでも冷静になっておれば、心をのぞき操る『色欲アスモデウス』に見抜かれぬはずのないことはわかったであろうに。喰うことしか知らぬものは全く愚かよの」



 傍らに腰を落ち着けて座っている『色欲アスモデウス』が、彼女のセリフに笑い出す。


 確かに私の力は、世界を喰らうだけ。

 しかも喰らったことを全く実感しない、ただ空虚が後に残るだけの、呪われた代物だ。

 そこには異論は無い。


 しかし、勇人も含め悪しざまに言われたのには、納得ができなかった。



「勇人は関係ない、全部私が考えたんだから!」



 この私の一言に、彼女達はさらに哄笑する。

 そして、散々に笑った後、『強欲マモン』が私を見据えて諭すように言うのだ。



「あの男に完全に惚れてしまっておるようだな。望むのであれば、あの程度の男など、我が創造の力にて、後で創ってくれる。それで良いであろう」


「そ、そんなの、勇人じゃない!」


「おかしなことを言う。まったく同じ原子分子で構成されたものが違うことなどあるはずがなかろう? お前は自分の少ない頭も喰らってしまったのか?」


「人間には、記憶とか、思い出とか、あるのよ。私と彼とが過ごした日々は何にも代えられないのよ。私も彼と出会う前には……わからなかったけれど」


「何を言っている? お前は人間ではないだろう『暴食ベルゼブブ』よ」



 そうだ、私は、人間ではない――

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