第23話


 サラディアナの一言に、セドリックは目を見開いてこちらを向いた。

 正面を向いても外套に隠れた顔。それでも片目だけはサラディアナを射抜いていた。長い黒髪がさらりと流れる。



「ドラフウッドさんの瞳は真っ黒の中に輝きがあって、珍種の魔法石....純黒石のようですね」


 一度だけれど師匠の家で見た、純黒石。

 一般的に流通している魔法石に比べて小さめだが、その石の力は爆発的だ。

 師匠にも再三にわたり使用方法に注意を受けた。

 色合いだけで口にしたサラディアナだったが、セドリックが純黒石だという思想は何故かピタリと当てはまって思わず笑みが零れる。

 セドリックの瞳がさらに大きく開かれる。ヒュッと喉が鳴りそのままゴホゴホと勢いよくせた。



「え。大丈夫ですか?」

「.....うっる、さい」



 未だにゴホゴホえづくセドリックの背中をトントンと叩くと、ギロリと睨みつけてきた。



「お前馬鹿だろ」

「馬鹿ではないと思います」


 そこは否定したいサラディアナだ。

 真顔で返答したサラディアナを睨みつけた後、セドリックは力が抜けたように肩を落とした。



「いや、お前は馬鹿だ。大馬鹿だな」

「!!?」



 セドリックは呆れ半分に笑ったのだ。

 それは今までみたことがない表情でどこか泣きそうな気がした。

 セドリックはそのまま左手でサラディアナの頭に触れて、ゆっくり撫でるように髪を梳く。

 その手は魔導具を扱うような繊細さで、壊れ物を丁寧に扱うようでサラディアナは身動きが取れなくなった。

 そして



「調子にのるなよサラ」

「いたたたたたたたた!!」



 赤銀色の髪をぐしゃぐしゃと撫でくり回したのだ。

 頭がグラングラン揺れるくらい激しい揺れ。

 サラディアナは思わずセドリックの手を振り払い後ずさるようにして後方へ下がった。

 その様子をクツクツと声を押し殺したように笑うセドリック。

 今日1日でさまざまな顔を見た気がする。



「サラ」

「は!?」


 突然の愛称呼び。

 悪戯をした子どものように笑うセドリックはスッとサラディアナを指差す。


「俺はお前を気に入った。一生そばに置いてやるから覚悟しておけ」




 ある意味プロポーズのそれ。

 ただサラディアナには「一生俺の下僕として働かせてやる」と死刑宣告のように聞こえたのは間違いない気がした。




「え。無理です」

「却下無し」


 真顔で返したら真顔で返された。

 そのあと再びカラカラと笑う。

 何がおかしいのかサラディアナには分からなかったが、機嫌が良いのは良いことだと無理やり納得して、再び手を動かし仕事を再開させたのだった。




 その姿をチラリと一瞥したセドリックは、今までになく優しい色を瞳に宿す。

 以前、アシシが自分に向けて言っていた事を思い出した。





 ────君は極度の人見知りだけど、きっと気に入ったものは大事にして手放さないタイプだよ。────



 なるほど。

 これがそういうことかとセドリックは微笑む。

 もともとサラディアナに関しては嫌悪は1つもなかった。

 仕事も新人としては優秀で使えて好感が持てたし、容姿も少し細いのが心配になるくらいで真剣に仕事に打ち込む姿に自分の手が止まった事は何度か自覚している。

 そしてあの一言で自分は堕ちたのだ。

 このサラディアナと言う女性に。


 セドリックはふむと思案する。

 アシシもサラディアナの事を気に入っているのは見て取れた。

 多分きっと自分と同じ種類に近い好感を持っている。



 だが渡すわけにはいかない。

 なにせ、サラディアナは自分にとって希少価値のある人物だ。

 簡単に手放すつもりは毛頭無かった。

 もちろん、サラディアナの恋慕相手である男にも。



「いいぜアシシ。かかって来いよ」


 お前が言う"大事にして手放さない人種"がどれほどの執着をもつものなのか見せてやろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る