第21話
サラディアナが大きく息を吐けたのは、2人の足音が全く聞こえなくなってからだった。
未だにうるさくなる心臓を落ち着かせるように、口元にあった両手を胸の前で絡ませる。
キエルだった。
話し方が変わっていたがあの優しい声色は昔のままで、サラディアナの胸を満たすのには十分だった。
あの声色を聞いただけで涙が出そうになった。
そして何より、キエルがサラディアナのことを思い出してくれた事が嬉しかったのだ。
「...うっ」
さらにうずくまるサラディアナ。
気持ちが爆発しそうだった。
このまま地面を蹴って大好きな彼の腕に飛び込みたかった。
「何故帰ってこないのか」問いただして、「会いたかった」と呟いて、「会いにきた」と笑って告げたかった。
「キエル殿と知り合いなのかな?」
そばにいたアシシが尋ねる。
サラディアナはコクンと黙ったまま頷いた。
それだけでアシシは、先ほど話をしていた幼馴染の所在を把握した。
「ねぇみた!?かっこよかったわね」
2人の間の静寂に似合わない声が突如耳に届く。
近くを通りすぎるはメイド服の女性2人。
声は抑えてはいるが興奮を隠しきれず、頬もどこか上気している気がした。
「ここに来ればハワード様に会えるって噂は本当なのね」
「ああ声をかけたかったわ」
「無理無理。キエル・ハワード様に話しかけるなんて無謀だわ」
「そういえば、隣国のウェンディ姫も彼と婚約を望んでいるようよ」
「噂でしょー?」
"キエル""婚約"という名前にピクリとサラディアナの身体が揺れた。
キエル...庶民の彼には名前しかなかった筈だ。
そしてお姫様すら魅了しているのかと胸が締め付けられる。
「キエルは、類い稀なる魔力を持ち宮廷魔導師として優秀でね、去年"ハワード"という姓と伯爵位を賜った。」
「隣国のお姫様の話は国王が丁重に断っていたよ」
「....そうなのね」
自分の知らない三年間の出来事は、きっと沢山あるだろう。
そんな事覚悟してきたはずなのにいざそれを目の前にすると、キエルを遠くに感じてしまうのだ。
「声を掛けなくてよかったのかい?」
アシシがサラディアナに問う。
その声はいつもの揶揄いの声色とは違う心遣いを感じた。
「いいの。きっとびっくりするわ」
「ここにきた事知らせてないの?」
「知らせる手段がなかったもの」
手紙も送られてこなかったから、どう送ればいいのかわからなかった。
「いいの。元気な姿を見れたからそれが一番嬉しい」
「....そう」
アシシはサラディアナの髪を撫でる。
その仕草にサラディアナはクスリと笑った。
「あなた、人の髪を撫でるのが好きなの?」
「そうだね。サラやセドリックの頭は撫でやすいかな」
軽口のように笑うアシシにサラディアナは今度こそ救われたように心から笑顔を見せたのだった。
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