第42話 救済の、始まり

「しつ、こい!ですわっ!」


「気持ち悪いっ!これ気持ち悪いなのです!」


「前より強くないですか!?この魔獣!」


「3秒後!退いて!広範囲使うわ!ヴァル!合わせて!」


「おう、行ける!」


城門の先の開けた場所、城の中に入る直前で襲い掛かってくる魔獣たち。前は数で襲いかかってきていたけど、今回は数はそこまで多くなくて、一体一体が強い。


その魔獣たちを指揮しているのにアズラクがいるっていうのも悪いとこ。


アズラクは、攻撃を当てた相手の精神とかを操ることができる。もっと細かくレノとセラが話してたけど、俺はよくわからなかった。でも当たったら不味い攻撃っていうのは俺でも理解できる。


気持ちの具合を操作して、魔獣が恐れることなく俺たちへと突っ込んでくるようにしているみたいだ。


致命傷の傷を負いながらも、最期の力で嚙みつこうとしてくる魔獣は恐ろしい。


セラの合図で3人が魔獣から大きく離れ、俺は逆に魔獣へと突っ込むと大剣を横に振るう。


魔法を乗せ、大きく威力とスピードを増し剣は多くの魔獣を切り裂き血飛沫を上げさせる。


離れた場所から魔獣を制御していた者たちを巻き込み、魔王城の入り口、数段しかない階段を削り、地面を揺らした。


その階段の上にいて運良く攻撃が届かなかったらしいアズラクは、苦い顔でこちらを見ている。


「早く起き上がらないと殺されちゃうよー。知らないけど」


攻撃が当たった魔獣は生き絶え、地面を血で染めていた。動きにくくなるな……。


「うふふ、その通りにして差し上げますわ!」


剣を振り抜いた姿勢の俺の横を、リルアとクラムが走り抜ける。


魔獣を無視し、魔族の者めがけ突っ込んで行く。


「くっ、裏切り者が!」


「何とでも言ってくださいまし!あの世で!」


魔族たちは2人が対応しているから、俺は残った魔獣を倒していく。


首を落とすのが1番早いんだけど、変な方向に切ると味方に飛んで行って噛み付くから、そこらへんが難しい。


「……まあ別に期待はしてなかったけど。ここまで保たないものかなぁ?ほら、下がって下がって。ボクが相手しようねー。巻き込まれても知らないよ?」


アズラクのそんな声が聞こえる。


大剣を振り回し、最後の魔獣を倒す。避けないと。


「広範囲爆撃魔法」


「広範囲防御結界!」


セラの声と、アズラクの声が同時に聞こえた。


「【傷と支配の世界ガイスト・ラーナ・ヘイシャフト】!」


「【護って】!」


大きく俺たちを覆うように張られたセラの結界に、アズラクの攻撃魔法がぶち当たる。


「【小結界】なのです!」


すかさずフィアが個人個人へと小さな結界を張り、光と音を緩和させた。


「突っ込め!」


「言われなくても!」


アズラクの魔法が消えた瞬間、俺とリルアが同時に階段を駆け上がり、アズラクへと飛びかかる。アズラクは俺たちを睨みながら、両手を勢いよく上から下へと下ろす動作をした。


ドガンッ!


俺とリルア、そしてアズラク自身を巻き込んで階段が崩壊する。舞い上がる砂煙で一瞬周りが見えなくなるが、大剣でそれを振り払う。


「通すわけには行かない!」


セラとフィアの結界に守られていた俺たちは吹き飛ばされもせず無傷、アズラクも直前で範囲から出ていたらしく、無傷。


「【傷と────」


「させませんわ!」


俺よりも先にリルアがアズラクへ到達し、拳を突き出すことで詠唱の邪魔をする。アズラクはリルアの手を避けると、避けられたことで隙が出来たリルアの体の側面に蹴りを入れた。


「っく」


リルアは蹴りの方向へと自ら体を動かすことで衝撃を緩和させ、蹴りの威力を借り横へと飛んで行った。


交代するようにリルアがいた場へ俺は入り込み、蹴りを入れた姿勢のアズラクへ大剣を叩きつける。


「ぐっ……は……!」


アズラクの体が吹き飛ばされる。


だけど魔法で防御していたらしく傷は浅い。想定では腹の辺りを深く切りつけるはずだった。


「ヴァル!避けるです!」


フィアの声に、深く考えずにすぐさましゃがむ。頭上を風の塊がグォと音を立てながらアズラクの方へと飛んで行った。


俺の付けた傷口を抉るように、フィアの風はアズラクの腹へと直撃する。アズラクはバランスを崩し、背中から壁へとぶつかった。


「ぁ、ぐっ!……【支配区域】っ!」


薄い結界が張られ、すぐにアズラクへと吸い込まれて消える。


あれは、自身を無理矢理動かす魔法だ。攻撃を受け、傷を負っても勝手に体が動くもの。これを使ったアズラクは厄介だ。気絶させるか、殺すかしなければ止まらない。


勝手に体は動くが、傷の痛みが消えるわけじゃないし、限界を超えても動き続ける。痛み、苦しみを味わい、絶叫しながら迫ってくるアズラクは、見ていて辛いものがあった。


「……自分を捨てる覚悟が伝わってきてとても申し訳ないのですが、それを待ってました!すみませんね!」


アズラクが動き出す前に掛かろうと準備していた俺より先に、クラムが飛び出す。


「【捕らえ縛るグレイプニル】」


クラムの足元に、大きな魔法陣が展開される。クラムを中心に、近くの俺はもちろん、リルアと壁際にいるアズラクも魔法陣の中だ。


紫に光る魔法陣は、見たことのないものだった。何か嫌な予感がして、急いで魔法陣の外へと出る。リルアも同じ考えだったようで、俺と同じタイミングで外へと出ていた。


「変な縛り、消したようですわね」


「これ、なんだ?」


この魔法をクラムが使う所は見たことがない。詠唱も聞いたことのないものだった。


「ぐ……くっ…………なん、で……」


アズラクは、その場から動けないようだった。


「普通の状態なら効きませんが、今のあなたになら効くと思ったんですよねぇ。今私はこの魔法陣の中にいる者全てを思いのままに出来るようになってます。あなたしかいませんが。大丈夫ですか?今のうちに魔族の方に加勢を頼んだ方がいいですよ。そのうち声も出せなくしてあげますから」


なんだそれ。


魔法陣の中にいる者全てを思いのままに?えっ、そんな魔法クラム使えたの?俺知らないんだけど。


「違いますわ、ヴァル。あのアホのことですから、こんな酷い魔法使えない、なんて考えてたんでしょう。使わないようにしていただけで、わざと黙ってたわけじゃありませんわ」


確かに酷いと言えば酷いかもしれない。反則的な魔法だし。こんなの強すぎない?


「まあ、普通なら効かないようですわね。自分より上の者には」


そんなことをクラムも言ってたな。今のあなたなら、って。誰も彼もに効くわけじゃないのか。


「……くっ……ボクごとでいい、破壊魔法を────」


「判断を下すのが遅かったですね」


クラムは移動し、他の残った魔族も魔法陣の範囲の中に入れていた。


「人殺しが好きな訳ではないので、5日くらい寝ててください。では」


魔法陣の光が一瞬強くなり、アズラクを含めた魔族たちはバタバタと倒れていった。


「……最初からこれ使えばよかったんじゃね?」


「いえいえ。一度は魔法陣の中に入ってもらわないと何もできないんですよ。それに、普通の状態の彼は私より強いですから、抵抗力も強くて効かないんですよ。さっきの状態になってもらえれば、自分ではこの魔法に対処できなくなりますから、抵抗力が下がるんです」


「ま、とりあえず第1関門突破、ですわ。さっさと次に行きましょうか」








◼️◼️








「……魔獣部隊、全滅しました」


「そう、か。どんな最期だったんだ?」


「あ……いえ、死んだ者は少なく、アズラク殿含め残りは眠らされている……ようです」


「眠らされて?……何が狙いだ?ただ侮っているだけか……?」








◼️◼️








「あ、……ん?いえ、合ってます。始まったみたいですよ、戦い。姉が来てますから」


ようやく戦いは始まったようだった。


外は静かだ。


「そっか。……ルーナフェルトはいつ戻るんだろうね。僕はどうすればいいんだろう」


「できる限り長く戻って来なければいいと思います。……私、無理です。これでも結構、レノさんのこと好きです。なのに、レノさんがいなくなるなんて考えられません」


シュティルは、ずっとこう言ってくれている。過ごした時間は多くない。だけど、シュティルの中に僕というものを残せたことを、そう思ってもらえる程になっていることが、嬉しい。


「僕もシュティルとはもう少し過ごしていたかったな。できたらこんな何もできない僕じゃなく、前の僕で」


「今のレノさんも素敵ですよ。……本当に、こうするしか道はないんでしょうか」


僕もそれはずっと考えていた。僕が死ぬことで世界が元に戻るのなら、僕はそれを受け入れて死を選ぼう。でも、もし他に方法があるのならルトを悲しませることになるこの方法は、できたら避けたい。


「うーん。ないね。ごめんね」


突然の声に、僕は驚き体がビクッと跳ねた。ルーナフェルトだ。


「ルーナフェルト様。 私は、最後までレノさん庇いますから」


「いいけど、僕は本気でシュティルを排除するよ」


シュティルが僕に抱きついてくる。ルーナフェルトはそれを見て、ほんの少しだけ嫌な顔をした気がした。


ルーナフェルトはシュティルを大事に思っていると、僕は思う。彼が他人にどう接するのかよくわからないから、絶対とは言えない。けれど、普通と同じなら、シュティルはルーナフェルトの中で特別な位置にいる。


本気で排除、なんて言ってはいるけど殺しはしないんだろうな。


「いいですよ。受けて立ちます。私はできる女なんです。……ところで、ルーナフェルト様。食べ物持ってますよね。私の好きなあの甘い菓子の匂いです」


「……よく気がつくよね。ホラ、あげるよ」


懐からルーナフェルトは、小さな焼き菓子を3つ出した。前にいたあの町で売っている、とシュティルが言っていたもの。


ルーナフェルトは2つをシュティルに渡すと、1つを自分の口へと放り込んだ。


「ルーナフェルト様も優しくなりましたね」


「最期の餞別だよ」


シュティルから菓子を渡され、口に入れる。甘い。


最期、か。


これが最期に食べるものなのか。最後だと思って食べると変な感じだ。普通なら、これが最期の食事だなんて思うこと、絶対ないから。


「さあ行こうか。シュティル、どうする?来るのは止めないよ。どうなっても知らないけど」


「もちろん行きます。知らない所でさよならなんて、考えられません」






「うん、いいね。全て順調。僕の思う通り。後、ほんの少し。少しで終わる。行こう。終わらせるんだ、仕組みを。呪いを。全部」

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