第4話 少女は、耐えきれず

荒れた大地、灰色が広がるその場所に薄青、という異色が1つあった。


「ふふ〜ん。私にかかればこんなもの、あっという間にできるのなのですね。なんともないことなのですよ」


小さな愛らしい少女、というのが彼女を見て1番に思うことだろう。小柄で、庇護欲を掻き立てられる、そんな容姿。こんな世界でさえ彼女の周りは常に明るく、笑顔が浮かぶ。


「……ありがとな。危うくこんな場所で動けなくなって死ぬとこだった。…………ま、こんな世界じゃどこで死んだって変わんねぇか」


彼女が話す相手はボロボロの車に乗った男。彼にも例外なく笑顔が浮かんでいた。


ボロボロのその車の窓硝子は全て割れ無くなり、車体にはいくつもの凹みが目立つ。錆びついたそれは今にも崩れ壊れそうだ。


この世界の車は魔力で動く。運転者が魔力を注ぎ込んでも動くが、車の使用魔力量は古いものほどとても多くなる。よってそうやって動かすのはよっぽど自分の魔力量に自信がある者だけだ。その為古い車には例外なく、魔力が少ない者でも動かせるように魔力を貯めることのできる石が付いている。


今では改良され、使用魔力量の抑えられたものができ、その石を付けずに使うことができるようになっている。が、彼の車はその車ではなさそうだ。


古い車で、しかも魔力が少ない者の場合、その石の魔力の貯蓄が足りないと途中で車が動かなくなる。


彼はそうなってしまったらしかった。


「そんなことないのですね。どんな世界になろうと、私なら知っている場所、人、モノがある方が死にやすいと思うのですよ。特に家族とか、親しい人の側で死にたいなのですね!欲を言えばこのまま歳を重ねて、素敵な旦那様と、かわいい子供達と、あとあと、何人かの孫に見守られて、暖かいベッドの上で幸せな気持ちで笑って死にたいですかね」


「ははは、欲が多すぎじゃねぇか?それにお前さんまだ子供だろ?でもそうだなぁ、俺も死ぬなら嫁さんと子供に見守られて死にてぇなあ。嫁さん残して死ぬのは罪悪感あるが……。悪ぃな、こんなおっさんがお前さんみたいな子供に励ましてもらって」


「とんでもないのです。なのです。それに勘違いしてるみたいなのですですが、私は子供ではないなのです。お酒も飲める年齢なのですよ?」


ぷー、と頰を膨らませて硝子の無くなった窓を掴み、怒った口調でそう言う。最もその様子は彼女をもっと子供らしく見せていて、逆効果だったが。男はそれを信じなかったようで、ははは、とまた笑い、別れを告げる。


「こんな世界で1人旅できるぐらいに強くて、魔力もたっぷりあるってことはわかってるが、流石にそりゃねぇだろ。せいぜい12か13ってぐらいか?ま、気をつけろよ、人攫いとか、奴隷商人とか……アイツら魔族側に付いたっぽいからな。下手して捕まりゃ魔族の奴隷だ。今の人間に奴隷なんて買う余裕ないしな」


「それは大丈夫なのですよー。おじさんこそ気をつけろ、なのです。ギャムの街までその車で出せる最高スピードで休まず行っても余るくらいの魔力は貯めておいたですから、止まらず行って欲しいなのですね。あとあと、気をつけるのは人だけじゃダメなのですよ。この辺りは出にくいですけど、ちょっと離れただけで魔物とかうろちょろしてますなのですからね!」


「そうだな。じゃ、ありがとな。なんか色々。こんな世界でお前さんみたいな明るいやつに会えて良かったよ。まだ生きてよう、頑張ろう、って気になれた」


旅の疲れはあったが。確かな笑顔で男は彼女の前から去って行った。


彼女は男の車の起こす土埃までが見えなくなるまで笑顔で手を振っていた。


土埃が見えなくなると、その場所には薄青の髪の彼女のみがぽつんと残る。どこをどこまで見渡しても灰色が広がる。そんな場所に、1人。


残る彼女の顔に笑顔は無かった。


つぅ、と。長い1人旅で汚れた彼女の不健康な色の頰を一筋の雫が伝い汚れを落とす。


「…………ごめん、なさい、なのです……。私が、ちゃんと役目を果たせていたら、みんな笑って……こんな……こんな世界になるはずじゃ…………。ごめんなさい……ごめんなさい……」


言葉の途中で彼女はしゃがみ込み、顔を両手で覆い泣き出してしまう。






荒廃した灰色の世界。何も残らない場所で1人、フィア・ライムは終わったことを嘆き、誰にも届かないその思いを、謝罪を、繰り返し呟いていた。

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