広がる明日の世界樹で

岡崎 晃

始めに

世界樹の守り人

 太陽が昇り、まばゆい光を放つ早朝。


「ん……んん〜」


 誰もいない世界樹の根元で私はいつも目覚める。


「おはよう、世界樹。今日は何か良いことがあるといいわね」


 私はうんともすんとも言わない世界樹に挨拶をすると、木の実を食べて日が沈むのを待つ。


 世界樹には誰も寄ってこない。それは人間だけに限らず、猛獣も小さな鳥も全て。 周りには森が広がっているにも関わらずに、だ。


 何もすることがない日々。日がのぼれば起き、日が沈めば眠る。昔はよく世界樹の実を奪おうとする人間がやって来たりするが、最近はパッタリと止んでしまった。


 世界樹の実には不老不死にさせる効果がある。そんな噂を聞きつけてやって来る者が沢山いた。もちろん、渡すわけにもいかず追い払うのだが、何だかんだ誰も来ないとなると暇で仕方がない。



 世界樹を守るという使命を持った私は、子供の頃からずっとこの場所から離れたことがない。

 この世界の事は書物でしか学んだ事がなく、こことは違う場所がどうなっているのか、町や村がどんな所なのかすら、はっきりとは知らない。


「ねえ、世界樹。私がいなくなったら悲しい? 」


 もちろん、私の問いに世界樹は何も答えない。ただ風に揺れて葉を鳴らすだけだ。


「暇だなぁ」


 自分がなぜこの木を守らなくてはいけないのかは分からない。分からないが、守るという使命感だけが心の中に深く根付いていた。

 だから、私は何も無い、何もいないこの場所から離れようとは思わなかった。


 流れく時間をただ座って待つ。生まれて何年経ったのかもいつの間にか忘れてしまっていた。


「私の名前はエスカ。あなたは旅人?もしよかったらここで休憩していかない?」


 目の前には誰もいない。座ったまま、もしもの時に備えて脳内でたまたまやって来た旅人を作り、シミュレーションする。


「ふふっ、そんな所があるのね。あなたの話、もっと聞きたいわ」


 自分が考えた場所を想像して微笑ほほえむ。私が想像したのは、この場所から遠い所にあるという海という場所。そこは塩を含んだ水が大量にあり、それが太陽の光を反射しながら一定のリズムで揺れるらしい。私はその場所を想像しながら、旅人との会話を日が沈むまでやっていた。




「旅人さん、もう行ってしまうの? 私、あなたと一緒にもっと話を聞きたい! ……それでも行ってしまうのですね。困らせてしまいすみません。どうか旅先で聖なる出会いがあらん事を」


 日が沈むタイミングで脳内の旅人との別れる。そして、昨日取っておいた森の木の実をぽそぽそ口に入れる。木の実は口の中の水分を一瞬で持っていった。


「……さびしい」


 パサパサの口を気にしながら、星に埋もれた空を見上げて呟いた。

 毎日毎日変わらない日々を過ごしてきて、いつからだろうか、寂しいという言葉を呟くようになったのは。


 自分は何を求めているのかを考えるようになったのは。


「おやすみ、世界樹」


 私の言葉に世界樹はゆっくりと葉を揺らした。

 自分の本心について考えながら眠りにつく。

 そして、結論は出ないまま深い眠りにつくのだ。



 いつも通り、変わらない一日。


 楽しい事など何もなく、ただただ孤独と戦い続ける日々。


 明日がきっと変わってくれるという期待を心に秘め。


 明日はきっと変わらないというかなしみを心に秘め。


 一日を終えるのだ。



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