ペンは魔法剣よりも強し

月山 馨瑞

#1 序章 「クリシュナとサーガ」


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 《ヴァ―ラ》大陸。

 その最南東に位置する《ミーネァン半島》。

 その土地全ては《ミーネァン連合国》の国土であり、海岸地帯を除けばほとんどが平原地帯――草原で覆われた、

 その国境――半島の切れ目の、草原。

 通称:《巨人が犯した森々》

地面に何にも無い代わり,真夜中には、まるで降り出しそうなほどに空に星が広がる。


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 その大草原の中央に、ぽつりとちっぽけな掘っ立て小屋が建っていた。

 《ミーネァン連合国》の関門である。

 だが、検問所と呼ぶにはあまりにも『まぬけ』であった――腐った材木はどす黒い染みが広がり、雨戸の幾つかは崩れて窓が丸出しになっている。その閉まっていない窓からは明かりが漏れている。

 誰かがいる。

 人間だ。

 《巨人が犯した森々》で、小屋の中の生物以外に動く姿のものはいない。芝生すらも微動だにしない。無風だからだ。

 小屋の周りも暗闇に包まれている――月光すらも、その広大な草原の全容を照らせなかった。

 まるで、世界にそこしか存在しないみたいだった。


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「あ、あああ、ぁぁあ」

 小屋の中。

 粗雑な一部屋で、机に青年が縛り付けられていた。

 青年は全裸だった。

 真っ白な肌には数多もの痣が浮かんでいた――血まみれだった。処女を散らしていた。

 薄暗い部屋の中、二人の半裸の男が青年を囲んで酒を飲んでいた。

 青髭が汚らしい顔長。

 脂肪の乗った腹を揺らすデブ。

 二人は青年の強姦の真っ最中であった。

「しかしよう、ギンゲ」

 顔長がデブに話しかけた。

「おいら達もこんなクソ田舎の関門所に配属されたとなっちゃあ、人生の終わりかと思ったけどよ。こんな美少女を拾ったっていうのは、日ごろの行いをお天道さまがみてるって事だよなあ。ええ?」

「ハハハハハハハハハハ、その通りだぜ。ヤマオガ。これは神様のおいら達への送りもんだ。こんな女がよう、しかもチンポとキンタマまでついてる女がよう!」

 デブは笑って油まみれの腹を揺らした。身体は精液と血液で汚れているが、彼はそれを拭おうともしなかった。デブのギンゲに対し、顔長は下卑た笑い顔で酒を煽った。

「おめえの目は良かったぜ。ギンゲ。なんせお前が、昨日の夕方に近く草原に落ちていた、この小娘を捕まえてくれたっていうんだからな」

「でも暴れるこいつを殴りつけて捕まえたのはお前だぜ。ヤマオガ」

「その通りだ。だから俺たちは隊長に黙って、こうしてこいつを楽しんでる」

「ゲヘヘ」

「ハハハ」

 青年の茶色い目は濁っていた。

 青年は、自分が何者なのか、何故ここにいるのか、まるで覚えていなかった。それは、彼らの数時間もの暴行によるものだった。鬱屈とした男達の欲求は、青年から十数年の過去を奪うには十分すぎる程だった。

 やがてデブは青年に近づくと、その散らばった栗色の髪をそっと撫でた。

 細く柔らかい、弱弱しい色だった。

 すると弱々しく瞳を震わせて、青年がそっとデブの方に視線を向けた。唇が乾いて震えている。彼女は――いや彼は、見れば見るほど美しい青年であった。長い睫毛。透き通った白い肌、痣まみれの細い体、三本折れた細い指、血まみれの……。

「おいらを見るんじゃねえ! カマ風情が!」

 ブッ。

 デブはキレて青年を殴った。

 青年の瞳孔がぐるりと上を向いた。

 顔長はその様子を哂って、

「言ったって分かんねえよ。ガイジンなんだ。言葉が分からねえ。そいつは十中八九転生者だ」

「言葉が分からないからっておいらに歯向かうのはふざけてるぜ」

 数回、デブは青年を殴った。

 胸を、わき腹を、その美しい二の腕を。

 デブの陰茎は勃起していた。

「おいおいやめとけよ」

 その様子に顔長が呆れて立ち上がった。はあはあと息を荒くして、デブは腕を止める。

「そいつ、死んじまうぜ」

「おいらを裏切ったんだ。おいらを。おいらを」

「おいおい、何の記憶だ?」

「分からねえ。でもおいらは、前世でこんなような美人に、思いっきりフられたような気がする」

「ははぁん。そいつはしょうがねー話だ。お前のデブは筋金入りだからな」

「言うな!」

 デブは顔長に向かってガラス製コップを投げつけた。

 ガシャーン、割れる。飛び散る。

「おいおい、落ち着けって」

「落ち着くさ。こんな駐屯地で、女も酒もない、何にもない地でただただ同盟国の地平線を見て、落ち着けないわけがねえんだぜ」

「おめえは口を担当しろよ。もう一発やる事にしようぜ」

 顔長は立ち上がった。大きく盛り上がった大胸筋が月明かりに照らされぬらりと光った。

「第666ラウンドと行くぜ」

「よしきた……っておいヤマオガ。こいつ死んでるぜ」

「死んじゃねえさ」

 顔長は青年の睾丸を手に包むと、思いっきり握りしめた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 青年の叫び声。

 彼の意識が激痛で表層へと戻ったのだ。

 その叫び声は小屋の外――《巨人が犯した森々》にも響き渡った、しかしそれを聞くものは何者もいない。

「ほれ、生きてる」

「はは、ホントだ」

「げ、ぐえ、げええ、ごえ」

「なあオトコオンナさんよ」

 顔長は青ひげを歪ませて、青年の喉を素早く掴み上げる。

 毛が生えた太い指が白い首をぎりぎりと締めあげる。

「お前はどこから来たんだ。何時の時代からやってきたんだ? 《異世界転生者》、そいつの名前は良く聞く。そして、聞くたびに知るんだ。そいつが既に殺されてるって事を。

 《転生者》は何者かによって呼び出されているのだ。そしてその度に失敗している。だから何回も召喚され続けているんだ。お前はどこからやってきた? 一体何者なんだ?」

「ぐェ。げ、ぎゃ」

 額から脂汗を大量に流し、苦悶の表情を浮かべる青年。彼の口には猿ぐつわが嚙まされている。どうにせよ質問に答えるのは無理なのだ。

「ヤマオガァ! こいつの足の裏すげえ柔らけえ!!」

「黙ってろギンゲ! ……いいかオトコオンナ。変な噂があったんだ。この世界のどこかで、最強の魔術師っつーか、霊媒師が、英雄を蘇らせるっていう話を。そして、その触媒には『異世界の人間』を使うらしいってな」

 ぐいっ、青年の顎を掴み、睨みつける顔長。恐怖と絶望に染まった青年の顔は、震えて嘔吐を堪えきれないようである。

 げげげ、口端を広げて顔長が喉から声を出した。

 爆笑したのだ。

「どうせ言葉が通じない。通じないんならしょうがない。身体で教えてやるさ。お前は一体誰なのかを。お前が本当に英雄の依り代なのかってのをよお」

 顔長の鍛えられた拳が、

 フッ、

 振り上げられたかと思うと、

「げぇああああああああ。ああああああああああ。おげええあああ。げえ。あああ。ぼ。ごぼっぼぼ。ぐげあぼ」

 胃液まみれの青年の顔。

 顔長の拳は青年の胃袋を正確に破壊した。

 げげげげげげげげげげげげげげげげげげげ。

 顔長、爆笑。

「おかしいだろぉ? 俺が英雄じゃないなんてよ。大体、この世界以外に他の世界があるっていうのが気に食わねえ。この世界の『機械魔術』が本当に異世界からの贈り物っていうのか?」

 もう一発、今度は青年の肝臓に拳が当てられる。

「ん、あ、ぶ、げえあああああああ、おげああ、おおおおおおおおお」

 涙を流しながら首を振り続ける青年。その股間は既に小便で水浸しになっている。

「《異世界》の影がこのヴァ―ラだって、信じちゃいけないんだ。俺たちが本当に、異世界側の人間の影、鏡、くらやみに過ぎないなんて、そんなの許せねえ。俺は人間だ。魂を持ったこの世に確かに存在している人間なんだ」

「ヤマオガ、取り敢えず落ち着けよ。まずは一発抜こうぜ?」

「うるせえ!」

 顔長はデブを殴り飛ばす。

 デブは周りの家具を吹っ飛ばし、激しい音を立てて木造りの机の上に倒れこむ。

 瞬間、

「げえ、ぐげええ、あ、グギャ」

 顔長は青年の首を思い切り締めあげた!

 青年は白目を向いて異音を吐き出す。

 必死に藻掻く脚、『たすけて』と叫ぶように蠢く指。

 しかし顔長はその青年の必死の抵抗に耳を貸さず、さらに首を絞める力を強める。

「あ、がぁ、ぎゃ、ぐげえ」

「これが虐待だと思うか? 残酷だと思うか? お前が美しいのが悪いんだッ! お前が《英雄》よろしく美しいのが悪いんだッ!」

「ヤマオガァ! そのオトコオンナ死んじまうよ! オモチャの消失なんてさぁッ!!」

「死んだっていい! 蝿がたかるまで犯しつくすッッ!!」

 顔長はさらに手に力を込めた。指が、若き青年の命を散らす指が、無残にも万力の如く締めあげて、青年は涙を流す。

 それは、美少年というにはほど遠いほどの、デスマスクであった。青白い舌は口腔から飛び出して痙攣し、鼻の孔は大きく開いて黒く光っている。美しい栗色の髪は汗と精液で額に汚らしくへばりつき、瞳孔はあらぬ方向に飛び出して大きく開いている。

「気持ちいいだろう? なあ?」

 顔長は美しき青年にキスをする。その細い目は、高貴で強いものに対する強い憎悪と復讐心で満ち満ちていた。

 それを彼は、はらせないからといって、転生者である青年に八つ当たりしているのだ。

「《転生者》、《英雄》、【魔法】なんて存在しない。存在するのは、今ここにある射精欲だけだ。そしてお前は、こんな汚い人間に乗っかられてレイプしながら死んでゆくんだぜ!」

 


 パキリ。

 その瞬間、青年の首の奥で異音が小さく響いた。

 


 死んだ。

 青年が死んだのだ。

 

 悲しき、美しかった青年の最期だった。

 

 そのはずであった!


「えああ?」

 顔長が間抜けな声を出した。

 突如視界が飛んだ。

 身体が後ろへと、どおっと飛び、背中に衝撃を受けた。

 背中側に倒れたのだ!

 と同時に身体が動かない事に顔長は気付く。

「えっ? 何で?」

 急な出来事に顔長は、単純に疑問を持った。

 顔長は顔を青年の方に向ける。

「(俺はアイツを犯していたはずだ?)」

 視点は地面に這いつくばる虫の如く。

 下から仰ぎ見れば、顔長の代わりに誰かが、青年の元にいた。青年を未だ犯し続けてる人体がはっきりと見えた。

「(あれえ? 何でだよ! あのオトコオンナを犯してたのは俺だったんだが)」

 ん? 顔長は異変に気付く。

 顔長の代わりに青年をレイプし続けてる男、その胴体から上半分が存在しない事に。

「(あれぇ?)」

「ヤマオガァ! なんだよその身体ッ! おいッ!」

 デブが泣き叫んでいる。

「(なんであいつ、泣いてんだ?)」

 顔長が小首を傾げる。

 その拍子にふと、腹の下の方が見える。

 そして、ようやく気付く。

 自分の下半身が消失しているのだ。

 彼は気付いた。

「(俺の……俺の身体が無い!)」

 彼の上半身は斬り飛ばされていたのだった。

 

 

 青年の名前はクリシュナといった。

 

 

 クリシュナは既に、その自身に結ばれていた多くの縄を切り裂き、自由の身となっていた。

 縛られていた机の上にゆっくりと立つクリシュナに対し、デブは脂肪を震わせて泣き叫ぶ。

「『何で……何でッ!』」

 デブが何事かを叫んでいた。それは明らかに日本語では無かった。しかし、何となくクリシュナにはその意図が分かった――脳みそがその言語を勝手にトランスレーションし、自動的に意図を把握しているのだ。

 不思議だ。

 クリシュナはふわりと髪の毛をかくと、傷だらけの身体を撫でつつ、くるりとあたりを見渡す。

(ここはどこだ……? そしてぼくは誰だ? いや、ぼくの名前は分かる。ぼくの名前は《クリシュナ》。そしてぼくはさっきまで、こいつら下種どもにレイプされていた)

 自分が立っている机の周り、そこは木製の小さい六畳程度の一室であるように見えた。木製の机、ベッド、椅子、食器棚、本棚、窓枠、ガラス、天井、そして夜の明かりにしているであろう蝋燭と火炎。

 まるで、中世ヨーロッパをモチーフにしたドラマの撮影現場みたいだった。

(ぼくはなんで、外国みたいな世界にいるんだ……?)

 優しき少年クリシュナは、まずそういう事を思った。しかし、その優しさを踏みにじるように、直後、デブが剣を取って襲い掛かっていた。

「てめええええええええええええええええ!!」

 カァンッ。

 デブの振りかざした短剣を、クリシュナは跳ね返した。

 シュッ、

 飛んだ短剣が天井に刺さる。

(なぜ?)

 一番疑問に思ったのは当のクリシュナ自身であった。身体が勝手に動いたからだ。

 そしてクリシュナは、自分の右手に大剣が握られている事に気付いた。

 両刃の鋭く黄金の光を放つ西洋剣だ。

 芸術品のような美しい装飾が成され、その実何者をも地に伏すような凄まじき力を秘めているような、そんな大型の剣。

 重そうな見た目でありながら、まるで羽埃のように軽い。

【魔法剣】である。

 それが無意識のなか駆動し、デブの短剣を弾いたのだ!

「何だお前! それは……その剣はなんだ!」

 デブ、驚愕!

 対しクリシュナの口が勝手に動き始めた!

(……!)

 彼の口は、彼の意志とは関係ない言葉を紡ぎ始めた。

「『我が名はクリシュナ。やがて【言葉】の理と共に世界を平和に導く者なり』」

 何者かに操られているというふうではなかった。異国語であるはずなのに、その言葉はまるで自分が意識的に考え、構成し、発話した台詞であるように思えた。

(そうだ、ぼくはこの剣を握るべきなんだ)

 クリシュナは理解した。

 【魔法剣】の柄を両手を携え握りしめる。

「『下郎よ。貴様には最早我が【魔法剣】を与えるにすら値せぬ。永遠の地獄を持ってその罪を身に染みすがよい』」

「てめえーーーッ!」

 デブは構えると一直線に突進してきた!

 机の上に立っているクリシュナを、それ共々破壊しようという魂胆だ。

 クリシュナは後転した!

 後ろに飛んで床に着地、デブの体当たりを回避する。

 直後、机が吹き飛んだ――!

「娼婦のくせに知ったような口をーーッ!」

 木屑をまき散らすデブに相対し、クリシュナは剣を防御の構えにとる。

 対してデブはしたり顔!

「おいらの別名は『怪力のギンゲ』! ひょろひょろメスブタ男なんておいらの手にかかればなあ!」

 デブ突進ッ! クリシュナ横転回避ッ!

 クリシュナの後ろにあった本棚が、ギンゲの突進によって粉みじんに砕け散る!

 直後、紙束をまき散らしながら既にデブは、クリシュナの着地点に突進の構えを取っている! 

(はっ……! 速い!)

「お前みたいなオトコオンナはすり潰してスープに溶かしてやるっていうんだよぉおおおおおおおおッッ!!」

 逃げ場の無いクリシュナに、デブは最後で必殺の突進を仕掛ける――



「【魔剣:御伽噺竹取】」

 


 クリシュナの黄金の魔剣がひらりと舞い、デブは足を止めた。

「えっ……?」

 腹には数ミリの傷。彼の剣が付けたものだ。

 だが――その傷から淀んだ緑の植物が、根っこの如くぐじゃり、ぐじゃり、と広がり始めていたのだ。

「ぁ、ああぁ」

 植物の根は一瞬のうちにデブの全身を覆った。デブは動きを止め、その自身に映る光景に、あっけにとられていた。

 手の平に血管のような太いものが浮き上がる。激痛。声も出せないほどの激痛が全身を這いまわる――まるで自分が内側から犯されているような痛み。自分が自分でなくなるような痛み。

「げゃ、け、かッ」

 デブは目を見開く、口から飛び出した舌は乾燥し大木のように堅くなっている。根はやがて彼の全身を支配する。脳髄を破壊し、爪を内から砕いて蔦が這い出る。

「たすッ、たすけッ、あッ」

 デブが体内に植物を伸ばされ、そして人間でない何かになっていく様子を、クリシュナはじっと見ていた。彼の、助けを、命乞いをする声はやがて止まり、完全に固まって身体を動かす事も能わなくなった。全身が樹皮の如く乾きり、脳細胞を破壊され、ついにデブは絶命した。

 一迅の風が吹いた。

 クリシュナの長髪がなびき、ランタンの炎が小さく揺れた。

 外のスズムシがジーと泣き、虫が飛ぶ羽音が聞こえた。

《巨人が犯した森々》に再び生命と時間が戻ったのである。

 平和、である。

「【御伽噺竹取】。喰らったものは竹に食らいつくされ、地獄に至るまでその身を破壊されるるぞ」

 クリシュナはやがて、一人の肉塊の足元へと歩み寄った。

 身体を分断され、身動きの取れない『顔長』であった。

「か、かえし、お、からだ」

 肩から袈裟切りに分断され、右腕と胴体、頭のみになった顔長の上半身は、泣きつくようにクリシュナに命乞いした。

 無論、その右腕は空を切るように振り回され無様に転げるのみである。

「貴方に質問をする。ここはどこだ? 何故ぼくはここにいる?」

 クリシュナはそう告げた。その言語は、明らかにこの土地ヴァ―ラのものであった。顔長は、涙を流しながらクリシュナの言葉に驚愕する。

「お、お前、じゃ、アンタ、アナタ、言葉を喋れるンかよぉ」

 クリシュナの【魔法剣】がひゅるりと動く。

「あ、ああああああああああああッ」

 顔長の右手が吹っ飛び、木目の壁にべちゃりと付いた。

 鮮血の赤は見られない。

「【魔剣:御伽噺寿限無】、血が流れる事は無い。ぼくが何もしない限り、貴方はずっとこのまま生き続けるよ。ねえ、質問に答えてよ」

「し、しら、ねえ。ここは《ミーネァン連合国》だ。《ヴァ―ラ》、《ヴァリマギア》の六か、国が一つ」

「東京は? 日本はどこにいったの? 」

「に、ほん……?」

「……ああ、もういいや」

 クリシュナは魔法剣を構えた。顔長は右腕を振って命乞いする。

「や、やめて! ころ、ころさないで!」

「じゃあもう一つ……ぼくの他に一人、男を見なかった?」

「……え?」

 彼は頬にへばりついた髪の毛をくるくるといじりながら言う。

「ぼくと同じくらいの年の子だ。名前は佐原該。ぼくは《サーガ》って呼んでる。とても強気で、とても弱い男の子なんだ。ぼくは彼に再会しなければならない。ぼくが助けてあげなくちゃいけないんだ」

「……え、あ、え?」

「ねえ、答えてよ」

「し、しらない、しら、ない、たすけ、 

「そっか……」

「や、やめっ、ころ、ころさ、ないで、ころ」

 くしゃり。

 顔面に風穴を空けられた顔長は、動かなくなった。クリシュナは数秒その死体を眺めていたが、ふと、机に寄りかかっていた肉塊――顔長の下半身に気が付いた。

 ぬめぬめと光を反射するそれを、押し倒すと、その人間の下半身はびくびくと跳ねて腰を振り始めた、まるで自分の仕事を思い出したみたいに。

 クリシュナはそれに【魔法剣】を突き刺し、目を細くして肉塊を睨んで、心底うんざりしたような声で言った。

「……気持ち悪い、ここ」

 

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 全裸のクリシュナは、やがて窓際に絡みつく一体の蛇に気が付いた。

「クリシュナ」

 その蛇は、人語を発した。

 クリシュナは、その美しい肢体を隠そうともせず、その蛇に近付いた。

 月明りの青白さに染められた蛇は、キラキラとその身体をなめつかせていた。

「きみは、だれ?」

「僕は君を導くもの」

 蛇が答えて、クリシュナはようやく気付いた。

 蛇は、双頭であった。

 頭がふたつある、蛇。

 悪魔であった。

「君には二つ、生きる理由がある。一つは君の他の五人の《大六聖道》を探し出し、この世界を救う事」

「そうかもしれない」

 クリシュナの返事。

 双頭の蛇はちろちろと舌を出し入れしながら、そのつぶらな瞳でクリシュナを誘惑した。

「もう一つ、君には大切な友人がいる」

「サーガ。ぼくの愛する人」

「その通り」

 クリシュナは、魔剣を握る。

「君は、サーガを探し出さなければいけない。サーガもまた、五人のうちの一英雄。彼もまた君と同じように、この世界に降り立っている。彼を保護し危険から守らなければいけない」

「サーガを保護し、危険から守らなければいけない……」

 銀色の月光が二人を照らしていた……人間の血肉と共に。だがクリシュナはこの世で最も美しい顔立ちをし、また双頭の蛇もまた、小さいながら怪しく、淫靡さを持っていた。

「その剣は我々からの贈り物だよ。【魔法剣】……ぼくたちはそう呼んでる」

 双頭の蛇はクリシュナの魔剣を指して言う。彼は、まるで不思議なものをみるかのようにその大剣を持ち上げる。

「これで……サーガが救えるの?」

「ぼくには無理だ――」

 双頭の蛇は誘惑――。

「――しかし、君にはできる」

「そうか――ぼくには出来る」

 クリシュナは、【魔法剣】を振るった。

 ぶおんと風が切られ、光の粒子が空を舞った。

 双頭の蛇はにやりと笑った。

 クリシュナも同じく微笑む。

「ぼくはクリシュナ。同じくこの世界にいるサーガを救わなければいけない。そして、この世界そのものも……救わなければいけない――ッ!」

 二体の人間だった肉塊が、静かに血液を流し続けていた……。

 

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