第484話 綿谷みく VS 中之島涼子 3

【 楓・みく 組 2日目 PM 10:23 市街地D地区 】




ーードゴォーン




ーー綿谷みくと中之島涼子が戦う場から少し離れた場所で雷が落ちる轟音が鳴り響く。通常地球で起こり得る落雷の威力を遥かに超える熱量を持った雷、それがこの場所まで電撃が届き、地面から壁まで駆け巡るように放電している。



「あっちもそろそろケリが着く頃か。こっちは……もう終わりかな。トドメだけ刺して終わりにしよう。」





ーー




ーー




ーー





………生きとる。生き埋めにはならんかったか。



ーー建物が倒壊して崩れているが、みくが転がる場所には運良くスペースが出来て身体のどこも押し潰されてはいない。非常に幸運と言わざるを得ないだろう。



……あー、でもコレあかんなぁ。左脇腹えらいことになっとるやん。ズッキンズッキンする。肋骨全部折れとるんちゃうん。



ーーみくはうつ伏せになっている身体を起こそうとする。



「がはッッーー」



ーー身体を動かした時に胃から込み上げるように血を吐き出した。反射的に口を押さえた右手には赤黒い血がベッタリとついている。



……内臓もいっとる。折れた骨が刺さっとるんか潰れとるんかわからんけどかなりまずいわ。



ーーみくは力を弱め、起き上がろうとした身体をもう一度元の位置へと戻す。



《吸収》ぐらいは使っとけば良かった。馬鹿正直にルールなんか守る必要ないやん。ほんまウチは何しとんやろ。



ーーみくの目に涙が滲む。



また負けかぁ。ウチは弱いなぁ。余計な事考えてほんまに何しとんやろ。全然タロチャンの役に立ててない。このまま中之島に殺されたらみんな全滅やん。ほんま何しとんやウチは。



ーーみくは両手で顔をおさえ、嗚咽が漏れるのを隠そうとする。



あの女にごちゃごちゃ言われて、それが気になって集中出来んくて、ほんまあほや。タロチャンがウチと他の子天秤にかけて優先するのは他の子なの当たり前やのに。それを嫌だなんて思ったりして。ウチは何様なんや。



「……ほんまにあほやなぁウチは。」



このままここにれば中之島はウチが死んだ思うやろか。幸いな事にスキルは使ってへんから死んだふりしとってもバレる事はない。ウチがやられなければなんとかみんなでクリア出来るかもわからへん。



「……それならみんなに迷惑かからんもんなぁ。」



今出てってもこの身体じゃ中之島には勝てん。何より此の期に及んでもまだ頭の中にあの女の言葉がチラつく。こんな状態では勝ち目なんてあらへんもん。



ーーその時、みくの背中に電流が流れる感覚が襲う。離れた場所から派生した雷がこちらにまで流れて来た残りカスのようなものだ。



電気…?ああ、ルーチャンの技か。楓チャンとルーチャンが霧島ってのとまだ戦っとるんや。あのお姉ちゃん強そうやったもんなぁ。ウチが負けた中之島よりも遥かに格上やった。そんな相手に楓チャンは戦っとるんやもんなぁ。凄いなぁ。



ーーみくの目から涙が溢れてくる。悲しいからではない。悔しくて、情けなくて、自分に対して苛ついて涙が溢れ出て来ているのだ。



ほんまに何をしとんのやウチは。友達に任せて何を早々にドロップアウトしようとしとんねん。いつからこんな負け犬根性がついたんや。



ーーみくがもう一度身体を起こす。胃からまた吐き戻すように血が噴き出す。それでも構う事なくみくは起き上がる。



「はあッ…!!はあッ…!!何が迷惑かからんやッ…!!コイツを野放しにしたら楓チャンが2人相手にする事になるやろがッッ…!!」



ーーみくが四つん這いの体勢ながらどうにか起き上がる。




「コイツだけはウチが倒さなあかん…!!それがウチの使命や…!!それが出来なきゃもうみんなの仲間なんて言えへん…!!」



でも…どうやって。



ーー気力こそ戻りつつあるみくだが中之島涼子を倒す手立てが無い事により女の子座りでへたり込んでしまう。



この身体じゃ《風成》を使っても反動に耐えきれへん。逆にそれで自滅してまうかもしれん。スキルは使えない。ならどうすれば…



ーー考えても何も手が無い事でみくは俯く。絶望に包まれ、戻りつつあった気力がまた消えうせようとしていたその時だった。




『何をごちゃごちゃごちゃごちゃと余計な事ばかり考えとんのやお前は。』



ーーどこからか声が聞こえて来る事でみくは俯いていた顔を上げる。そして、その眼前に立っていたのは、




「な…なんで…?なんでここにおるん…?」



『なんでって、孫が困ってたら助けに来るのがワシの仕事やろ。』



ーーみくの師であり心の拠り所であった祖父と呼べる存在、郡山景虎であった。




********************




「じいちゃん…!!じいちゃん…!!」



ーーみくの目から出る涙が流れるようにこぼれ落ちる。四つん這いになりながら景虎の元へと向かう。それを景虎はしゃがみ込んでみくの頭を撫でる。



『みくは本当に泣き虫やな。じいちゃんは親が死んだ時以外は泣かんかったで?』


「だって…!!もうじいちゃんに会えんと思っとったから…!!会えるなんて思わんかったから…!!」


『そうやな。でもな、みく、今は時間が無いんや。感動の再会なんてやっとる時間は無い。お前の仲間が危ないんやろ?それはここだけやない。他の場所でも同じや。』



ーー景虎の言葉によりみくは涙を拭い、力強く景虎の目を見る。



『エエ子や。話は簡潔や。みく、お前があの中之島いう娘を倒さなあかん。わかるな?』



ーー景虎の言葉にみくは目を背ける。



「わかるけど…ウチじゃアイツに勝てん…。ウチの空手が全く通用しないんや…。」


『そらお前、あんなスポーツ空手やっとって勝てるわけないやろ。』


「え…?」


『異種格闘技戦をやっとんのとちゃうねんで?これは互いの命を賭けた死合や。相手のムエタイもスポーツとは違う古式ムエタイ。そんな相手にスポーツ空手をやってどないすんねん。そんなん街のチンピラ相手にだって通用せんわ。』


「じゃっ、じゃあどないすればええん!?ウチには空手しかあらへんもん!!それしかウチに武器なんてなんもないやん!?」


『阿呆。』



ーー景虎がみくの頭を軽く小突く。


ーーみくは女の子座りのまま小突かれた所をナデナデする。



『ワシがお前に教えたんはスポーツの空手だけやないやろ。』


「……あ!」


『思い出したか?郡山流は元を正せば室町末期に誕生した武術が祖となっとる。素手で鎧を着けた相手を殺す為。刀、槍、そして鉄砲を持った相手と互角に戦う為に編み出された技や。その技をお前にもちゃんとワシは教えたはずやで。』


「…忘れとった。普通の試合に使えん技やから頭から抜け落ちとった。」


『みくは阿呆やからな。』


「なっ…!?じいちゃん!!ウチは頭イイ高校行ってんねんで!?」


『それはお勉強頑張っただけやろ。頭の良さと学力は関係あらへん。』


「ぐぬぬ…!!」



ーー景虎との絡みによりみくがいつもの調子を取り戻す。



「じいちゃんの言う事はわかったけど…ウチ、1回も郡山流の裏技なんか出せへんで…?それはじいちゃんだってわかっとるやろ…?確かに身体の使い方や小技は出せるけど大技なんか1回も使えへんかった。」


『あん時は”出せなかった”だけや。今は出せる。”条件が揃った”からな。』


「どゆこと?」


『気にせんでええ。今はそんな時間も無い。』


「むー…!!」


『それにもう時間や。ワシは行かなければあかん。』



ーーみくは景虎の言葉の意味を察する。それによりまた俯き暗い顔になる。



「……もう会えへんの?」


『何を言うてんねや。いつでも会える。せやろ?』



ーー景虎が優しく諭すようにみくに語りかける。みくは景虎に目を合わせ、微笑む。



「…せやな。」



ーーみくは悲しい気持ちが無いわけはない。本当はまた泣いてしまいそうであった。でも今はそれをしている場合ではない。それに、景虎にそんな姿をもう見せたくなかった。



『それとな、あのムエタイのお姉ちゃんがなんや言うとったけど、田辺いうたか?お前が惚れとる男。』


「うん。」


『窮地に陥った時、田辺慎太郎が、お前か他の子らのどっちか選ぶってなったら他の子選ぶってお前も思ったんやろ?』


「……うん。」


『ワシはそうは思わん。』


「……え?」


『ワシはな、あの男が二択に迫られたからいうてお前か他の子らを天秤にかけるとは思わん。そんな男やないやろ。あの男はきっと第3の選択肢を出すはずや。みんなを助けられる方法を。違うか?』



ーーみくは無言で黙る。ただただ景虎を見つめるだけ。自分の愚かさを反省するように。



「……ほんまにウチはあほやな。じいちゃんのがタロチャンの事わかっとる。タロチャンが誰かを犠牲にするわけないもん。うん、吹っ切れた。なんかいつものウチに戻れた。」


『そか。そんなら何よりや。』


「じいちゃん。」


『なんや?』


「情けないトコ見せてごめん。」


『もう負けたらアカンで。』


「負けへん。」



ーーそう宣言するみくの目は力強く、今まで吐いたどの言葉よりも重く、景虎に誓った。



『よっしゃ、それでこそ郡山景虎の孫や。』



ーー景虎がみくの頭をくしゃくしゃっと撫でる。



『…時間や。ほな、またな、みく。』


「またな、じいちゃん。」




ーー




ーー




ーー





「……うっ…あれ…?気、失っとったんか…」



起き上がったつもりやったのにうつ伏せになっている。身体の痛みも現在進行形で最悪や。



「……夢やったんかな。でも…リアルやった。じいちゃんがウチを奮い立たせてくれたんや。」



ーーみくが身体に力を込めて起き上がる。立ち上がるとともに吐血をするが軽く手で拭う。



「タロチャン、疑っちゃってごめんな。でも、もう疑ったりせえへん。そんで……絶対勝つわ。」



ーーみくが右手を横に払い、瓦礫を吹き飛ばす。雷雲が立ち込める上空が露わになると、近くまで接近していた中之島涼子と目が合う。



「ウチに残ってる力は一撃分しかない。それで決着をつける。」



ーー迷い無く澄んだ瞳の中にはうっすらと蒼い焔が宿っていた。

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