第473話 想いの行方
ーーとある場所の一室、そこへ向けて通路をカツカツと苛立った音を立てながら早歩きで誰かが向かって来る。
ーーガチャ
「ちょっと!!ヤバくない!?何でこうなっちゃったの!?」
ーー夜ノ森葵だ。焦りと苛立ちを合わせたようなテンションで、入るなり怒鳴っている。
『…今考えてる。』
ーーツヴァイが仮面を外し、ベーシックなレイヤースタイルの栗毛セミロングヘアが露わになっている。その可憐な顔立ちに似つかわしくない険しい目をしながら考えている。苛立ちは隠せていない。
「考えてるって…もう始まってるよ!?どうすんの!?」
『だから今考えてるって言ってんでしょ!!!』
ーーツヴァイも声を荒げる。だが怒っても仕方がない。仕方がないのだが、ツヴァイも葵も余裕が無いのだ。
「苛つくのやめなさい。貴女たちが言い争っても何の意味も無いわよ。」
ーーそんな2人をサーシャが宥める。サーシャに言われた事でツヴァイも葵も冷静さを取り戻し始めた。
『…葵、怒鳴ってごめん。』
「…私こそごめん。」
「はい、仲直りね。」
ーーサーシャが2人の手を取って繋がせる。彼女はこの中で一番お姉さんだからこうして皆が揉め出すと場を上手くコントロールする。ワガママなツヴァイ、自由なリリ、ドジな葵、クールなサーシャ、それぞれが絶妙な具合で調和し、4人の関係性が維持出来ているのだろう。
「でも…本当にどうする…?コレ、ヤバいなんてもんじゃないよ…”ヴェヒター”直属のリッターはエリア介入禁止なんてお触れだって出たし…私たち何も出来ないじゃん…」
『…わかってる。でも…オルガニからの指示だから拒否出来なかった…』
「オルガニの!?え、なんで!?まだ”選別ノ刻”じゃないのに何でオルガニが介入してくんの!?」
『わかんないよ。部隊編成もオルガニがやった。アインス以外はイベント開始前の通達で知ったのよ。それで配置リスト見たら…』
「そんな…なんで…よりによって世振だなんて…フュルスト、侯爵の爵位を与えられた”上級貴族”だよ…?楓ちゃんたちが現段階で敵う相手じゃないよ…。そもそも世振って”1回目”でアインスと最後に戦ったやつなんでしょ?」
『それも相当良い勝負だったみたいだよ。だからこそ”敗北者”なのにフュルストを与えられてんだから。』
「フュルスト以上は”騎士戦”やらないから実力を見た事ないけどサーシャやリリちゃん級かもしれないって事でしょ?楓ちゃんたちが束になって、誰か”覚醒”して勝てるかどうかじゃない…?」
「ま、10%って所ね。それで生き残るの1人か2人かしら。」
「それでその勝率…そもそもそんな都合良く”覚醒”なんて出来るわけないんだから、」
「全滅ね。」
「ダメじゃん!?どうすんの!?」
「だから落ち着きなさい。」
ーーまた興奮し出す葵をサーシャが宥める。
「こればっかりは田辺慎太郎たちを信じるしかないわね。」
「サーシャ…!?それじゃ…!?」
『……。』
「今ここで私たちが動けばそれこそ終わりよ?全員処刑されるわ。ここで田辺慎太郎たちを抱き込んで戦争始めても負ける。まだ”その刻”じゃない。少なくとも芹澤楓が”覚醒”出来るようにならなければ絶対負けるわ。ツヴァイ以外は”覚醒”出来ないんだから。」
「それは…そうだけど…」
「6人の”覚醒”した”ヴェヒター”をツヴァイだけでは抑えられない。私も加わって、リリか芹澤が入ってどうにか勝てるかどうか。オルガニを島村牡丹に任せ、残りのリッターを葵と田辺慎太郎たちで一掃する。これが最低限の未来よ。それどころか素性の知れない水口杏奈が誰に付いてるのかわからない。もしもアインス側なら私たちは終わりよ。とてもじゃないけど今は動けないわ。」
ーーサーシャに窘められるような目を向けられ葵は目を伏せる。
「……わかるけど、たーくんたち死んだらどうすんのよ。」
「祈るしかないわ。世振に出会わない事を。」
「……○○はそれでいいの?」
ーー葵がツヴァイを見る。
『ありがとう、葵。タロウの事は私の勝手なワガママなのに心配してくれて。でも…私はみんなの危険とタロウを天秤にはかけられない。動けば間違いなく私たちは処刑される。でも、タロウなら乗り切れるかもしれない。』
「私は…別にそんなのいいよ。私の命はあの時に尽きたんだから。○○が生き返らせてくれたら私はここにいる。その恩に報いる為なら死んだって構わない。」
『何言ってるの。私の命を守ってくれたのは葵でしょ。葵が、サーシャが、リリが、私を守ってくれた。だからみんな死んだ。だから私は恩を返す為、みんなを生き返らせた。私はみんなを生き返らせた事に後悔なんてない。”例え呪いがかけられた状態であったとしても”。私はみんなが大好きだから。』
「○○…」
『だから本当に大丈夫。タロウを信じよう。きっと…生き残るから。』
ーーツヴァイが明るく振る舞う為、葵は何も言えない。葵は泣きそうな顔を必死に堪えていた。
「でも○○、私は最悪の時は出るわよ。」
『サーシャ、それはダメ。』
ーーツヴァイはきっぱりと断る。だがサーシャも折れる様子は無い。
「そうなったらそうなったらよ。田辺慎太郎と合流しなさい。”呪いの無い貴女なら普通にいられる”んだから。」
『ダメ。』
「○○、私は貴女には幸せになってもらいたい。だから、その為の障害は取り除くわ。例え”誰が相手だとしても”ね。」
『サーシャ…』
「ま、それは最悪の時の話よ。田辺慎太郎たちが頑張れば済む話だわ。」
「だよねー。私は楓ちゃんの強さと頭の良さを認めてるからきっと大丈夫だよ。」
『サーシャ、葵…ありがと。』
ーー3人に笑みがこぼれる。互いを思いやり、互いを認めあっている。深い友情と愛情が彼女たちにはあるのだろう。
「さてと、それじゃ部屋で軟禁されるとしましょうか。変化があれば伝令がその都度報告に来るらしいから。」
「そうなの?私知らなかったんだけど。葵ちゃんが知らされてないのってなんかおかしいよね。扱い雑すぎ。あれ?リリちゃんは?」
『さっきまで居たんだけど。トイレじゃない?』
「リリちゃんは相変わらず自由だなー。」
「……。」
『それじゃお茶でも飲んで心を落ち着けよう。私が淹れるから。お茶菓子もあるよ。』
「またエヴリバーガーかぁ…」
『いいじゃん!私の想い出の味なんだから!』
「○○がお茶淹れてくれる時は必ずエヴリバーガーだからさぁ。美味しいのはわかるけど毎回は流石に飽きちゃうよー。」
『葵はドブ茶ね。』
「ドブ茶って何!?なんか想像できるんだけど!?」
ーーツヴァイと葵がバカやってる中、サーシャだけは目を細め、鋭い視線をドアへと向けていた。
ーーそして戦いは慎太郎sideへと戻る。
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