第470話 Another 5
上がって来たリッターの男は、40前後の長髪で汚い茶色に染めた清潔感が無い感じだ。髪は傷んでるし、ドラッグストアで買って来た染髪剤を使って自分で染め上げたんだろう。やっぱり髪は美容院で染めないと汚いよね。不潔っぽいもん。それに男の長髪は見苦しい。せめて手入れをしてるならいいけどさ。女だってロングヘアーにしてる人は苦労して手入れしてるんだから。中には手入れしないで傷み放題の人いるけどやっぱり見苦しい。その点凱亜の馬鹿はやや長めだけどちゃんと手入れしてるよなぁ。
「怖いですか?そうでしょうそうでしょう。俺は恐ろしい程強いですから。でもそちらの男は安心して下さい。俺は男に興味無いから即殺してあげます。でも、女は駄目です。俺は女をたっぷり時間をかけて犯し、飽きたら身体を少しずつ切り刻んで殺すのが趣味なんです。あ、もしかして俺の事知ってますか?結構ニュースでも取り上げられたんですよ。20人以上の若い女を殺したシリアルキラーだって。でも警察も無能ですよね。俺を捕まえられないのは当然としても20人分しか立件出来ないなんて。本当はね、129人の女を殺してるんです。あ、適当な事言ってるって思ってますか?本当ですよ?ちゃんと全員ビデオに録画しているんです。犯している所、解剖をしている所、全てを撮影しています。その時の恐怖に染まる女の顔は…そそります。死に絶えるその時までを事細かに記録する、それこそが正にアーティストッ!!!」
男が芝居掛かった口調で両の手を力強くあげる。三流役者にもなれないね。そんな芝居じゃごはんは食べられないよ。
「その私のコレクションに貴女を加えて差し上げます。光栄に思ってくだ…おや?貴女…もしかして…杏奈、水口杏奈じゃありませんか!?間違いない!!杏奈です!!」
おじさんが私に気づいた。やっぱり変装してないとダメだね。私もそれなりに知名度が上がって来たから顔バレする確率高くなってきたからなぁ。
「俺、貴女のファンなんですよ!!週刊少年ザッシ24号でグラビアデビューした時からです!!俺が杏奈のファン第一号だと言っても過言じゃありません!!」
うん、その台詞、握手会で何千人から言われてるから。もう聞き飽きたよ。それに私のデビューはグラビアじゃなくて地方のショッピングモール屋上、特設会場にて行ったミニライブね。お客さん3人しかいなかった中にアンタはいなかった。
「アンナさんのファン第一号ではありませんが、私はアンナさんの一番のファンですよ。」
「いや、何張り合ってんのよ。」
幻夜が眼鏡を右レンズだけ輝かせながらおじさんに対抗している。このサムライはダメサムライだったんだね。次のライブにちゃっかりサイリウム振ってる幻夜が最前席にいそうで怖い。
「何ですかキミ?俺と杏奈の会話に割り込まないでもらえますか?」
「いや、会話してないんで。」
「お断りします。アンナさんはあなたのものではありませんので。」
「うん、幻夜のものでもないからね。」
「アレですか?キミ、ニワカですね?杏奈と同じクランになって勘違いしてしまったようですね。」
「おじさんもニワカじゃないですか?私のデビューは少年ザッシのグラビアじゃないです。」
「勘違いなんかしていませんよ。私はアンナさんと同じクランだからといって贔屓をしてもらった事もありません。先週行われたドーム公演も自分でチケットを入手し、光る棒を懸命に振っていました。」
「ライブ来てたんだ!?それにもうサイリウム振ってたんだ!?幻夜もうダメだね!?」
「それぐらい当たり前の事でしょう?俺はネットオークションで最前列のチケットを30万で毎回落札してますよ。」
「いや、それはダメでしょ。来週の大阪公演から本人確認厳しくするように言っておきますね。」
「極悪非道で最も卑劣な行為ですね。そのような手で入手して嬉しいですか?最前列では無くても、何処の席であっても、アンナさんは会場全てのファンの事を覚えております。みんなの声援に応える為に日々研鑽されているのです。」
「幻夜、ごめん、会場の人の顔は覚えてないです。ていうか見えないです。ミニライブなら結構覚えてるけどドームクラスでお客さんの顔は見えないです。そもそも暗い中でサイリウム振ってるからサイリウムしか見えないです。」
「フン、そんな事言ったってどうせ杏奈のサインすらもってないんでしょう?杏奈はなかなかサインをしない事で有名ですからね。俺は持ってますよ。ネットオークションで買いました。100万で。」
「高っ!?転売嫌だからサインしないようにしてるんだよね。もうサインするのやめようかな。」
「いいですよ杏奈のサインは。オーラがあります。可愛らしい字で中心に漢字を書くだけなんです。そのシンプルさが素晴らしい。」
「あ、それ偽物だ。」
「え?」
幻夜と対抗していたおじさんが素っ頓狂な声を出して私を見る。
「私がサインあまりしないのって理由があるんです。デビューの時、会場に来てくれた3人のファンにサインをしたんですけどせっかくだから名前とメッセージも入れたいなって思って入れてみたんです。そうしたら凄い喜んでくれて。その時に3人から言われたんです。『こういう風にしてくれたアイドルは初めてだよ。普通はこれだけの人数しか来てなかったら心が折れるか不貞腐れてるだけ。それなのにこんなに一生懸命考えた長文でサインしてくれるなんて。杏奈ちゃん、これからもこの姿勢でいてね。必ずファンはついてくるから。』そう言われたんです。私的には当たり前の事しただけだったんですけど、それがこれだけ喜んでもらえるならサインだけはずっとこのスタイルでやろう、そう決めました。それから私はサインをする時には○○さんへ、って書いてからメッセージを必ず入れるんです。名前しか書いてないのは私は絶対書きません。」
おじさんは少し身体を震わせながら私から目をそらす。落ち着きなく周囲をぐるぐると見ている。
「フッ、そんな当たり前の事も知らないんですか?ファンなら知ってて当然でしょう。因みにですが、アンナさんは私の部屋に入った事もあります。泊まった事も。」
「煽るな。それになんだか誤解を招きそうな台詞を言わない。美穂も凱亜もいたでしょ。」
「おのれ…杏奈がこんなクサレビッチだったとは…俺の使った金返せ!!」
「いや、ビッチじゃないし。酷い言われようなんだけど。てかお金は自分が悪いんじゃないですか。」
「アンナさんがビッチとは聞き捨てなりませんね。アンナさんは処女ですよ。まだキスだってした事がありません。」
「余計な事言うな!!てかなんで幻夜が知ってんのよ!!」
私は幻夜の後頭部を思いっきり殴る。なんでこんな知らんおっさんの前で私の性事情を暴露されなくちゃならないんだ。
「美穂さんが言ってました。」
「あのアホ何言ってんの!?」
「因みに凱亜さんは『アンナの奴は性悪だから男も寄ってこねぇんだよ。アッハッハ!!』と言ってました。」
「あのダメホスト後で殺す。」
美穂は絶対後でお説教。ダメホストは燃やす。
「……よく考えたらプロデューサーとか監督相手に枕してるに決まってますよね。何も怒る所ではありませんでした。」
「すっごい失礼なこと言われてるんだけど。私、そんな事しませんから。」
「処女か非処女かなんて大きな問題ではありません。どうせ今から貴女は俺のモノになるんです。」
「なりません。」
「なりますよ。力づくでね。」
ようやく私と目が合い話が噛み合う。すると、ショッピングモール全体を嫌な気が覆い出す。
「……アンナさん。」
「んー、ちょっと面倒かな。」
周囲に黒と紫のエフェクトが乱れ飛び、葛尾がいやらしい笑みを浮かべながら私を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます