第464話 エンゲルでの初陣

ーーバルムンクがユウチェンを倒す少し前、牡丹とハオランの戦いもまた始まろうとしていた。


ーー慎太郎が引き込んだ場所と同じように開けた空間のある場所。日中は恐らく市場が立ち並んでいるのではないだろうか。フランスのマルシェを想像してもらうとその情景が伝わるだろう。本来のどかであるそんな場所が、これから血に染まろうとはだれも思わないだろうね。



「ようやく観念したか。」



ーー背を向け立ち止まる牡丹に対し、ユウチェンは少し呆れたような声を出す。



「観念?なぜ私が観念しなくてはいけないのでしょうか?」



ーー牡丹は振り返り怪訝な顔を見せる。



「貴様は俺に恐れをなし逃げたのだろう。だが安心しろ。さっさと貴様等を始末し、残りのプレイヤーを根絶やしにせねばならん。苦しまぬようすぐ逝かせてくれる。」


「ふふふ、どうやら日本語が理解出来ないようですね。私は先程あなたたちによく聞こえるように話したつもりですが理解されていないようです。」


「フン、つまらん虚勢は張るな。俺たちは確かに”敗北者クラン”だ。だが、”1番”の位を与えられしアインスたちと同じ回で戦ったのだぞ?今回がどれ程のモノかは知らんが貴様程度では俺には勝てん。潔くよくーー」

「ーーこれは口喧嘩の戦いなのでしょうか?」



ーーハオランの言葉を遮るように牡丹が口を挟む。



「よく喋る人間程弱いというのは私が俺'sヒストリーで学んだ事です。それに当てはまると…ふふふ、あなたは弱いということになりますね。」



ーー牡丹の物言いにハオランが顔面を紅潮し、青筋を立て、憤怒の形相を示す。



「このクソ女がッ!!!五体をバラバラにし、全ての肉を擂り潰してくれるわッ!!!」



ーーハオランの身体から金色のエフェクトが弾け飛ぶ。そのオーラは異様に濃く、対峙しているだけで妙な重圧感が生まれる。



「残念ですがそれは無理です。私の身も心も魂も1人の男性に捧げておりますのであなたには髪一本も触らせる訳にはいきません。」



ーーハオランの異様な圧に牡丹は全く怖じける様子はない。それがまたハオランの癪に障る。



「無知なのか馬鹿なのか知らんが俺のメインスキルを理解しているのか?これはアルティメットスキル《身体能力強化》のトリプル掛けだ。それとゼーゲンのコンボに加えーー」



ーーハオランの瞳が金色に輝く。



「ーーサイドスキル《音速》まで使用する。これにより俺は身体能力、とりわけ速力は疾風の如き速さを誇る事になる。これでもノースキルで俺を倒せるなどと寝惚けた事をぬかすか?」



ーーハオランが勝ち誇った顔で牡丹を威嚇する。だが牡丹は表情を崩さない。



「スキルを使わないのは無理だと思います。タロウさんには無理をするなと言われましたので。断っておきますが、無理をすれば勝てるとは思います。タロウさんの命令は絶対なので従うだけです。ですので一つだけスキルは使わせて頂きます。」



ーーハオランの中で何かが音を立てて切れる音がした。あまりの牡丹の態度により本気でキレたのだ。ハオランは相当に気が短い男。それを差し引いても牡丹の煽りはほとんどの者がキレるだろう。



「やれるモンならヤッてみろ雑魚がッ!!!」



ーーサイドスキル《音速》を発動させたハオランがまさに目にも留まらぬ速さで牡丹へと接近する。そしてハオランが手にする青龍刀型のゼーゲンが牡丹の首を目掛けて滑らされ、狩りとろうとするが、ハオランの太刀は空を切る。ハオランは左右をそれぞれ一度ずつ確認し、牡丹の行方を追うがすぐに首を上へと向ける。



「…なるほど。”ソレ”を持ってるのか。」



ーー上空に浮遊するのは、純白のウエディングドレスを模した様な衣装を身に付け、背中から天使の翼を羽ばたかせた牡丹の姿がある。



「先日、これを頂いたのです。今日がエンゲルを使っての初陣となりますので色々と宜しくお願い致します。」


「空を飛べるからなんだってんだ?上にいるなら叩き落としてやるだけだ。」



ーーハオランが手にするゼーゲンを振り回し、真空の刃を形成する。それがチャクラムのような形状へと変化し、牡丹へ襲い掛かる。高速で四方八方から牡丹へと迫り、そのまま牡丹の身体を無惨にも切り裂く。天使の翼を削ぎ落とし、四肢を裂き、最後に首を落とし、牡丹は呆気なくハオランに敗れた。



「フン、拍子抜けだな。あれだけデカい口を利くのだからもっとやるかと思ったが、なんのことはない、ただの雑魚か。この程度でトップクラスというなら今回は楽なのだな。」



ーーハオランが牡丹の死体へと近づき一瞥すると、死体が水のように消えていく。



「な、何ッ!?何故死体が消える…!?」



ーーハオランがキョロキョロと周囲を見渡す。



「このような三文芝居に掛かるとはあなたの程度も知れておりますね。」



ーーハオランは声のする方を向く。自分の後方上空で牡丹が依然として崩す事のない表情で見下ろしている。



「貴様…五元素使いか…」


「《水成》を使ってしまった以上は、それに見合った使い方をさせて頂きます。どうぞ。お好きにかかってきて下さい。」




ーー天使の羽を纏った姿は神々しいけど、中身がアレなヤンデレだと思うと微妙な牡丹ちゃんの戦いが始まるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る