第431話 実験体

【 楓・牡丹 組 埠頭(夜) 】



『終わりだな、”雷帝”よ。』



ーー鮮血に染まるブルドガングが片膝を着き、呼吸を荒くしながら見下ろすウコンバサラを睨みつける。右肩から左腰にかけて深い傷を受け、戦闘力が大幅に削られたのは明白だ。先程までの戦いで劣勢だったのにも関わらずこの重傷では勝敗は火を見るより明らか。それはブルドガング自身もわかってはいるが諦める訳にはいかない。必死でこの状況からの打開策を探っていた。

だが、そんなブルドガングにウコンバサラが投げかけた言葉が彼女は気になった。


”雷帝”


その言葉の意味がわからない。自分が得ている称号は”剣帝”だ。確かにブリッツ・ヴィルベルヴィントを放つ際に述べる言葉に”雷帝”という言葉は使っている。だがそれは無意識化に使っている言葉であって自分で名乗っているわけではない。自分の中に欠けている記憶の答えがそこにあるのだろうか?ブルドガングはそう考えていた。



『”雷帝”って…何よ…?アタシは”剣帝”なんだけど…?』



ーーブルドガングは痛みに耐え、呼吸を荒くしながらも冷静に言葉を出す。そのブルドガングの言葉に対し、ウコンバサラが冷めたような口調で答える。



『忘れているのならばそれでいい。もはや貴様はここで終わりだ。思い出す必要も無い。死ね。』



ーーウコンバサラが聖斧を振り上げる。ブルドガングが避けようと身体を動かそうとするが反応が間に合わない。どうにか致命傷だけは避けようと聖剣で受けようとした時、ブルドガングの前にテトラポットのような形状をしたモノが現れ、半透明のシールドを展開し、ウコンバサラの一撃を防御する。それと同時に砲状へと変化したもう1基のグローリエが粒子砲をウコンバサラへと放つ。ウコンバサラは粒子砲を避ける為に大きく回避行動をとる。それによってブルドガングとの距離がとられ、2人の間合いは攻撃の届かないものとなった。



『あ、アンタたち…カエデの…』



ーーブルドガングがそう言いかけていると、もう1基のグローリエが側に寄り、傷口目掛けて青い光を照射する。アリスのスキルのように直ぐには治らないが、出血は止まり、明らかに回復している様が見られる。



『グローリエ…あの雌が所持者なのか…それも4基。これは面倒だな。』



ーーウコンバサラが目を細めグローリエを観察する。その言い振りはグローリエを知っているようだ。



『だが”覚醒”には至っていないようだな。それならば”今の”俺でも十分に勝てる。所詮は束の間の安寧だと教えてやろう。』





********************




「誰が誰を殺すって?あんま調子に乗ってんなよクソアマ。」



ーー坂崎が怒りの形相で楓を見る。相当に苛立っているのだろう。今にも飛びかかりそうなぐらいの雰囲気が出ている。だがそんな坂崎を見ても楓は変わらない。ゴミを見るような目で坂崎を見ながらいつもの調子で更に煽る。



「日本語わからないのかしら?私があなたを殺すって言ったのよ。あ、ただ単に理解力が無いだけね。ウフフ。」


「…もういい、テメェはしゃべんな。」


「嫌でーす♪」



ーー楓のその言葉を聞き坂崎は金色のエフェクトを輝かせ、斧型のゼーゲンを振り上げて楓へと向かって来る。



「いちいち逆らってんじゃねぇぞアァ!?」



ーーゼーゲンによる身体能力強化と召喚系アルティメットの効果による身体能力上昇により絶大的なオーラを放っているその男の力を前にしても楓の表情は変わる事はない。それどころか腰に差すゼーゲンすら抜こうとしない。ただただ小馬鹿にしたような目で迫り来る坂崎を見ていた。



「その気に入らねぇ顔をグチャグチャにしてやんよ!!」



ーー間合いに入った坂崎は瞬きすら許さぬ程の速度でゼーゲンを楓の顔目掛けて振り抜く。だがそれが楓に当たる事は無い。楓の前に立ちはだかるグローリエが半透明のシールドを展開させ主人を守る。



「な、何だと…!?」


「あなた馬鹿なの?この子が盾を出して私の護衛をしてるのにそんなもの当たる訳ないじゃない。」


「黙ってろやテメェはァァァァ!!!しゃべんなって言ってんだろがァァァァ!!!」



ーー坂崎は怒りに身を任せ楓に対して猛攻を仕掛ける。だが楓はそれを全く気にも止めず、攻撃を繰り返す坂崎に対して淡々と言葉を出す。



「嫌だって言ってるでしょ。なんで私があなたの命令を聞かないといけないわけ?私に命令してもいい男はこの世に1人しかいないのよ。」



ーー楓の言葉を聞き発狂したようにゼーゲンを振るう坂崎だがグローリエのシールドにヒビが入る事はない。それどころか傷ひとつついてもいない。それを楓は興味深そうに調べ始める。坂崎との戦いで初めて楓の表情が変化した瞬間であった。



「へぇ、防御力は相当高いのね。こんなクズでもそこそこ攻撃力はあるはずなのに傷すらつかないとはね。”覚醒”とやらに至らなくても2段階解放クラス相手に対して1基でもかなりの守備力を誇ると。ふぅん。」



ーーしばらく攻撃を繰り返す坂崎だが流石に息が切れ始めその手が止まる。



「はあっ…!!はあっ…!!バカな…!?俺の攻撃で傷すらつかねぇなんて…!?」



ーー楓の力を理解し始めた坂崎に先程までのような態度は見られない。この状況を打開する為にようやく集中し始める。



「あら?もう疲れたの?運動不足なんじゃない?」


「黙れ…」



ーーその変化に気づいた楓も目を細め、身体を包む金色のエフェクトを輝かせる。



「次は攻撃力の実験をさせてもらうわ。その目つきならバカな油断はしないだろうからいい実験体になりそうね。」



ーーグローリエの形状が盾から剣の形へ変化する。剣となったグローリエが攻撃対象を定め、斬撃を加える準備が整う。あとは主人の号令待ち。楓の声掛けを待つ。


ーー坂崎も金色のエフェクトが黄金色に輝き、自身の持つ最高の力で楓を仕留めようとする。楓との戦いに100%集中を始めた坂崎。本気になった坂崎のオーラは先程までの比では無い。両者の雌雄を決する時が来た。



「行くぞ。」



ーー坂崎が最高の踏み込みをする。

無駄の無い完璧な足運び。力と速度が必要な箇所に行き渡る。力が全て乗った振り上げられたゼーゲン。これを盾で防いでも盾ごと叩き割る事が出来る。そしてそのまま肉体も縦に裂く事が出来る。坂崎はそう確信した。勝ちを確信した。坂崎はニヤリと笑っーー

「ーーやりなさい。」



ーー主人の声にグローリエが動き出す。坂崎よりも圧倒的に遅れているグローリエだが、それを遥かに優る超スピードで坂崎へその刃を走らせる。その速度に気づく坂崎だが、仮に己の斧型ゼーゲンを受けられてもそのままグローリエごと叩き折る自信があった。何の問題も無い。そう判断した坂崎は全精力で楓に向けてゼーゲンを叩き落す。


ーーだが、




「ガバァッ…!?」




ーーグローリエが坂崎に向けて走らせるその刃は斧型ゼーゲンをも真っ二つに折り、その先にいる坂崎を鮮血に染める。ゼーゲンがあった事により致命傷は避けられたが決して浅い傷ではない。坂崎は両足を着き、楓の前に屈した。



「ちょっと…斬撃が鋭すぎよ。もうちょっとでコイツ死んじゃうところだったじゃない。」



ーー楓がグローリエに対して説教をする。理解しているのかしていないのか当のグローリエはフォルムをテトラポット状に戻し楓の周りをフワフワと漂っている。



「ま、いっか…この前よりは遥かに弱くなってるけどグローリエはやっぱり相当強力ね。2段階解放級が相手でも1基で格下同然の扱いか。あの白河って変態男を圧倒するぐらいだもんね。」



ーー楓がグローリエをまじまじと見つめる。



「ウフフ、遠近距離対応の遠隔操作兵器なんて最高じゃない♪ある程度の自律回路もあるみたいだし。でも基本の操作は私が脳波で操っているみたいな感じね。疲労感がすでに結構あるわ。自律させている時は私の体力みたいなのを使ってると思う。肉体的な疲労も出てるもの。この子たちを扱うには訓練が必要ね。」



ーー楓が軽く息を吐く。



「でも、今はそれは後回し、今は”あの”実験が先決よ。さてと、実験の答え合わせに行くわよ。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る