第382話 あなたに託します

ーー本田莉緒にソロホームランを打たれた楓。だがそのまま崩れる事は無くどうにか5番、6番、7番を三者凡退で抑える。


ーー続く2回裏の2Aの攻撃。

花山院未央が同点のソロホームランを打ち1対1に追いつく。


ーー3回表。

8番、9番を抑えるが1番の三条累にツーベースヒットを打たれる。得点圏にランナーを置くが2番を三振で打ち取り難を逃れる。


ーー3回裏。

8番が凡退し、9番の楓の打順となるが変化球に対応出来ず三振に倒れる。


ーー4回表。

3番の細川梓にセンター前ヒットを打たれ、4番の本田莉緒。第1打席の嫌なイメージが脳裏に浮かぶ中、シンカーを解禁し莉緒に投じる。だが初見であるシンカーを真芯で捉えられ、バックスクリーン直撃のツーランホームランを浴びてしまう。心が折れかけた楓だが、未央が声をかけどうにか後続を抑える。

だが楓に明らかな疲れの色が見え始める。連投による疲労、精神的な切迫感により楓の身体は限界に近づいていた。


ーー4回裏。

2番、3番と凡退し、ツーアウトで未央が2打席連続となるソロホームランを打ち2対3に迫る。


ーーだが…5回表。

8番、9番をどうにか打ち取る楓。しかしながらその球に球威というものが感じられない。ストレートの球速も80km台に落ち込む中、三条累がバッターボックスに入る。



「未央ちゃんももうわかってるでしょ?」


「…何がですか?」


「勝負に絶対は無い。だけどもう芹澤さんは限界だよ。フォームも悪い。ケガする前に危険するかピッチャーを変えた方がいいよ。」


「…楓が諦めない限り投げさせます。」


「そっか。なら芹澤さんの為にもこの回で終わらせるよ。」



ーー未央のサインに楓が頷く。その顔は明らかに疲労の色が見える。肩で息をし、頬には汗が伝っている。限界だ。そんな限界の身体で楓はサイン通りシンカーを投げる。しかしフォームもバラバラのそんな状態で変化球が変化するはずがない。力の抜けた絶好球が真ん中低めに放たれる。それを累は強く振り抜き、センターの頭を越えるツーベースヒットを放つ。

たまらず未央は楓の元へと駆け寄る。



「楓!?もう限界だよ!ケガするよ!?」


「大丈夫よ…私は…まだやれる…」



諦めるわけにはいかない。私だけの問題じゃないんだ。タロウさんも巻き込んでいるのにシーンを失敗する事は出来ない。腕が千切れてでもこれ以上点はやらない。



「楓…」


「未央…戻って…私はやれるから…」



ーー楓の言葉を聞き未央は無言で戻る。

楓は執念で投げる。投げるしかない。自分のシーンクリアの為。慎太郎の為に。


ーーだが気合だけでどうなるものでもない。体力の失った楓ではストライクを入れる事すらも用意ではなかった。続く2番バッターをフォアボールで歩かせ、ツーアウト一、二塁で3番の細川梓。



「未央ちゃん。もう諦めなよ。芹澤さんの頑張りはわかるけど莉緒にまたホームラン打たれるよ。」


「ありがとうございます細川先輩。でも私たちはまだ諦めてません。」


「…そっか。なら遠慮はしないよ。」



ーー未央が楓にストレートを要求する。楓はもう変化球は投げられない。せめてコースをついて打ち取るしかない。未央はそう考えていた。そう考えてはいたが相手は都大会準優勝のチームのクリンナップを打つ細川梓。抑えられるはずがない。球威のない球は細川梓に打ち抜かれる。打球はピッチャーの楓を目掛けて飛んで行く。楓は反射的に利き手で打球を取るが強烈な打球によりおもいきり弾かれる。フォローに入ったショートが捕球するが一塁は悠々セーフの内野安打。ツーアウトながら満塁で4番の本田莉緒を迎える事になる。だが楓はもう投げられないだろう。なぜならーー



「楓!?」



ーー右手を抑えマウンド上でうずくまる楓。



「大丈夫…」


「手、見せて!?」


「大丈夫だから…」


「いいから!!」



ーー未央が強引に楓の手を見る。それを見た瞬間もう続投は出来ないと悟った。その手は腫れ上がり、軽く痙攣まで起こしていた。



「…終わりにしよう。早く手当しないと。」


「大丈夫よ…まだやれる…」


「やれないよ。この手じゃもう出来ない。」


「やるわ。私は例えこの手が使えなくなってでもやらなきゃいけないのよ!!」



ーー歯を食いしばり楓が立ち上がろうとする。だがそれを慎太郎が止める。



「楓、よく頑張ったね。」



ーー慎太郎はそう言いながらコールドスプレーを楓の手にかける。



「タロウさん…」


「保健室の先生呼んだからすぐ来るよ。」



ーー楓は泣きそうだった。慎太郎に優しくされる事と、この絶望的な状態に。



「まだやれます…!!私はーー」



ーー強く主張する楓の頭を慎太郎が撫でる。



「後は俺に任せて。」


「え…?」


「子供の…ましてや女子の戦いに男が首突っ込むのはどうかと思うが仕方ない。未央、受けてくれ。肩つくるから。」


「どういう…?」



ーー状況が飲み込めない楓。頭の中がクエッションマークで一杯であった。



「クラスマッチはギリギリの人数でやってる。だから当然不測の事態が起きた時の為のルールも存在する。ケガをした生徒と担任または副担任は交代する事が出来る。ただし、該当生徒のポジションのみに限定する。ってやつがな。」



ーー慎太郎が楓に微笑み、耳元でそっと呟く。



「ま、ベンチで見てて下さいよ。少しは楓さんのシーンに貢献しないと俺が来た意味なんも無しになりますからね。」



…ばか。あなたはいつだって私の人生に貢献してくれてますよ。



「…わかりました。後はお願いします。」



ーー楓が慎太郎にボールを渡しベンチへと引き上げる。彼に全てを託して。




ーー慎太郎が未央を座らせ投球練習を始める。スタンドからは女子の黄色い声援がこだまする。流石は慎太郎。この学校のほとんどの女子を惚れさせてやがる。

そんな中だが3Aの精鋭たちは本田莉緒の元へ集まり球筋を見極める。



「へぇ、結構早いじゃん。スピードガン表示は120kmだけどそれより早く感じるよ。」


「経験者か。球種はなんだろ。」


「なんだっていいよ。悪いけどここでダメ押しして勝負を決める。」



ーー数球投げた後、未央が慎太郎の元へと行く。



「結構速いねー!ピッチャーやってたの?」


「まあな。」


「ほうほう。んじゃサイン決めとこ。変化球は何投げられるの?」


「基本的に大体投げられるけど変化球はいらないかな。真っ直ぐだけでいいよ。」


「え?いや…流石にあのストレートだけじゃ本田先輩は…」


「いいからいいから。」


「でもーー」

「ーー田辺先生。時間も押してますしそろそろいいですか?」



ーー主審から催促が始まる。イケメン教師が女子とヨロシクしてるのがムカつくのだろう。醜男の妬みだね。



「あ、すみません。すぐやります。じゃ未央。そういう事だから。」


「…わかったよ。」



ーー未央が不安そうな顔でホームへ引き上げていく。



「あ、未央。」


「ん?」


「ミットは寝かさないで立てて捕ってくれ。ケガするから。」



ーー120kmぐらいの球でケガなんてするわけないと思った未央だがとりあえずは頷き定位置へと戻る。



「未央、アンタらは良くやったよ。」



ーーバッターボックスに入る莉緒が声をかける。



「本田先輩、ウチのセンセーをナメちゃダメですよ。」


「あの程度のストレートじゃ私を抑えられないのは未央が一番わかってるでしょ。どれだけ球種があったとしてもそれは同じ。」



ーー莉緒に通用しないのは未央もわかっている。今未央が願うのは莉緒が打ち損じる事だけであった。



「私が引導を渡す。さ、おいで。」



ーー未央が慎太郎にサインを送る。アウトコース低め。引っ掛けさせようという意図だろう。

慎太郎は頷き振りかぶる。満塁だからセットで投げる事をやめたのだろう。未央は慎太郎に言われた通りミットを立てる。

そして、慎太郎が投げる。



ーースパァーン。



ーー空気の壁を突き破るような音と、激しい轟音がミットから漏れる。

バックスクリーンに表示された球速は153km。それが表示されたと同時に球場は静まり返った。

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