第361話 事後処理

ーーきちんと綺麗に整頓された書庫のような場所。そこに銀髪の髪をした端正な顔の男が本を読んでいる。良く見ると机の上には数冊の本が積み上がってある。察するに長時間この場所で過ごしているのだろう。



ーー誰かを待つ為に。




ーーコンコン




ーー書庫の扉を叩く音がする。



『どうぞ。』



ーー男は書庫への入室を許可する。




ーーガチャ




ーー男からの許可を受け、扉を鳴らした者が室内へと入って来る。




「よく私をすんなり部屋に入れたね。」



ーー翠色の瞳をした女性がその神秘的な眼で男を睨む。



『別に俺はキミと敵対しているつもりは無い。それなのに部屋に入れないのは不自然であろう。何より俺は”ヴェヒター”の長だ。その俺が”三代目剣聖”であるキミを無碍には出来ないさ。』


「……。」


『こうしてキミと2人だけで話すのは初めてだな。で、何の用かな?』



ーー男は手にしていた本を閉じ、視線を翠眼の女へと向ける。



「わかってるでしょ。」



ーー女が剣呑な雰囲気を出し始める。

場合によっては一触触発の状態に陥りそうなぐらいの嫌な雰囲気が書庫に溢れている。



『フッ、田辺慎太郎の事かな?キミでもそんな表情をするんだな。』


「……。」


『怖い怖い。そんな顔をしないでくれ。せっかくの美人が台無しだ。』


「…まどろっこしい話はしたくない。何が望み?」


『望み?』


「タロウから聞いた。あなたが今回の件を不問にするって言ってたって。」


『フハハ、タロウか。随分と親密な仲じゃないか。』



ーー女が鋭い眼つきで男を睨みつける。



『おっと、これは失言だったかな?許してくれ。だが俺が田辺慎太郎に言った言葉は嘘ではない。キミが田辺慎太郎と接触して鍛えていた件、”聖剣”を他者に貸し渡した件、これは不問にしよう。当然ツヴァイにも言う事は無い。俺とキミとミリアルドだけの秘密さ。寧ろ、これからも田辺慎太郎と存分に密会すれば良い。』


「…は?」


『当然それを咎めはしない。俺が許可しよう。”ヴェヒター”の長として、アインスとしてな。ツヴァイにも言ったりはしない。俺とキミだけの秘密だ。』


「…見返りは?」


『そんなものは求めたりしないさ。俺は純粋にキミの恋を応援したいんだよ。』


「タロウとはそんな関係じゃない。」


『失礼、俺が言う事ではないな。理由を詮索するつもりはないよ。キミはキミの思うままにやればいい。』


「…あなたの首を絞める事になるわよ?」


『ツヴァイの計画について言っているつもりなら”その通り”にはならんさ。俺の”プロフェート”がそう言っている。そして、キミは必ずツヴァイ…あの女と袂を分かつ事になる。』


「…それは無い。私は…○○を裏切らない。」


『それはキミがまだ理解していないだけさ。その時が来れば必ず俺の言う通りになる。』


「…もういい。何も見返りを求めないというなら用は無い。遠慮なくタロウと会わせてもらうから。それじゃ。」



ーーリリが少し苛立ちながら部屋を出て行く。そしてアインスはそれをニヤけた顔で見送る。




『ククク、リリよ。どれだけ口でそう繕おうとも、魂を欺く事は出来んさ。』


「魂?」



ーーリリと入れ違いに部屋に入って来る男がいる。金色の髪を靡かせながら、アインスの右腕であるミリアルドが。



『相変わらずタイミングが良いな、ミリアルドよ。』


「タイミングが悪いような気がするがな。お前がその顔をしている時は答える気の無い時だ。」


『ククク、有能な男だなキミは。』


「褒め言葉として受け取っておこう。で、今後はどうする?」


『特に何もしないで良いだろう。バディイベントでも開けばいい。』


「なんだその興味の無い顔は?」



ーーアインスが全く興味を示していない事に疑問を感じたミリアルドはアインスへ尋ねる。



『事実、興味が無いからな。』


「何を言っているのか理解が出来ないのだが?」


『”その時”が来るのを待たないといけない。それはまだ少し先の話だ。それまでは時間を潰す事しか出来ん。退屈だ。』


「ならばお前がけしかければ良いだけの話ではないのか?」



ーーミリアルドのその言葉に、アインスは非常に失望したような顔を見せる。



『ふぅ…ミリアルドよ、お前は有能な男だが、男と女の事はまるでわかっていないな。』



ーーアインスの言葉にミリアルドは怪訝な顔を見せる。



『やれやれ。本当にわからないようだな。男と女が距離を詰めるには時間が必要なのだ。そして嫉妬にもな。』


「お前が何を言っているのか俺には全くわからん。」


『困った男だよキミは。とにかく時が来るまでは小休止だ。その間はツヴァイに好きにやらせるさ。』


「なんだか腑に落ちんがまあいい。了解した。桃矢にもそう言っておく。」


『頼む。俺は暫くここにいる。何かあったら伝えてくれ。』


「わかった。」



ーーそう言ってミリアルドは書庫から出て行く。



ーーミリアルドが出て行くのを確認したアインスは机の上に開いたままであった読みかけの本の続きを読み始める。



『だが…俺の”プロフェート”でも視えない未来はある。それは田辺慎太郎、貴様の未来だ。お前がツヴァイの正体を知った時にどういう行動に移るか。そして狂気に満ちた仮定の未来でのツヴァイとリリのどちらを選ぶか。更には、相葉美波、芹澤楓、島村牡丹、結城アリス、綿谷みくを含めた7人が絡んだ未来での数多の分岐。お前には決まった未来が無い。それが何を意味しているのかはわからん。そのどれが最良なのかもわからん。だからこそ俺は貴様の”サイドスキル”に”アレ”をやったのだ。貴様に与えた”改変の機会”、有効に使うが良い。そして俺の為、”彼の方”の為に働いてもらおう。ククク。』

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